six (side 小梅)
いつもの時間、お店を閉めて後片付けをしていると、自動ドアの向こう側に誰かが立っていた。
(あれ? 業者さんじゃないし……誰だろ?)
近づいていくと、背の高いスーツ姿の男性。
中を覗き込んでいて、何か用事がありそうだった。
すぐにも駆けつけて、自動ドアを手動で開ける。すると、男性は驚いたような顔をして、私を見た。
「何か、ご入用でしたか?」
声を掛けると、途端に狼狽えた。目が泳いでいる。その様子を見て、あ、大人なのになんだか可愛いなと思った。
高校を卒業する前から働き出していた私の周りには、あまり大人の男の人はいない。
スーパーのレジで働いていると、たくさんの買い物客と知り合いにはなるけれど、ここモリタがある商店街は、商店街自体がもう、さびれてしまっている。そうなると客層は決まってきていて、その中に「これぞ大人の男性」という人は存在しなかった。
こうしてスーツを着た会社員にも、ここスーパー モリタではあまり遭遇しない。夕方になるとたまにいるけれど、おじさんが多いかな。
私は、これは本当に珍しい出来事だと思いながら、問い掛けの返事を待った。
「あ、えっと、花束は売っていませんか?」
その優しい声のトーンに、私の心臓が跳ねた。そう低くもなく暗くもない。
けれど、言っている内容。これはよくわからない類のものだ。ここは、スーパーであって、花屋ではないのだから。
モリタの道を挟んで斜めにあるサツキフラワーさんを紹介する。けれど、サツキフラワーさんの皐月さんは、閉店時間の前にいつも笑顔でシャッターを容赦なく閉めてしまう人だということに気がついて。
あららと思うが、この近くに他の花屋はない。
「お花はあるんですけど……何かのお祝いですか?」
「ああ、彼女の誕生日で……」
そっか、そうだよなー。彼女いるんだ。
私は、心のどこかで少しだけ落胆しつつも、スーツのよれを直しながら手持ち無沙汰にしている男性を見て、これは何とかしなければという気持ちになった。
私の後ろから店長が出てくると、男性は困ったような顔をして、「こんな大騒ぎになってしまって。本当にすみません、もう諦めます。ありがとう」と謝った。
その優しい言い回しに、私はとっさに「でも、彼女さんもお誕生日にお花を貰えたら、喜ぶと思いますよ」と返してしまった。
きっと、この男性もそんな恋人の笑顔を期待したに違いない。
こんな遅くまで仕事をしてから、彼女の誕生日に駆けつけるくらいなのだから、二人は本当に愛し合っているのだろうな、と思った。
(……羨ましいな)
比べるのもダメなことなんだけど、私が帰る家には誰もいない。
空っぽの家で暮らしている私にとって、その「愛」はとても眩しく、そして温かく、尊く見えた。
もちろん、ここモリタに来れば、頑固だけど優しい店長、口は悪いけれど私を構ってくれる調理担当の秋田さん、家事のことや料理の心配をしてくれるパート主婦多摩さんがいるし、モリタの閉店後に掛け持ちして働いている隣の喫茶メープルには、双子のお兄さんたちがいるにはいるから、寂しくはないけれど。
(でも……やっぱり私を好きだって言ってくれる人がいたら、どれだけ幸せなんだろうって……)
小さく思うと、さらに羨ましい気持ちが増えてきて、困ってしまった。