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five (side 鹿島)



「そうなのか……けれど、仏壇の花以外は売ってはいないだろうか」

「……お誕生日ですよね? それはどうでしょうか」


花奈を何度かこの車に乗せて自宅へと送っていったこともあり、須賀も鹿島の恋人のことを承知している。

須賀のその言葉で、そうだ彼女の誕生日なのだ、そう思うとやはり何かサプライズ的な添え物も準備したい気持ちに駆られた。


「ちょっとここで待っていてくれ」


須賀は眉を寄せて何かを言いたそうな顔をしたが、鹿島はそのまま車を降りた。車の往来がないのを確認して、通りを横切る。

街路樹の脇をくぐり抜けると、スーパーの前で足を止めた。

見上げると、『スーパー モリタ』の看板は、すでにその灯を落としている。自動ドアの前に立つと、それは果たして開かなかった。


(やはりここも9時までか……)


諦めきれない気持ちもあり、自動ドアに手を掛ける。店内はまだ明るく、遠くからは人の動きが見える。中を覗くように、身体を傾けると、レジの側に立っていた女性が振り向いた。


(あ、)


鹿島は、しまったと思った。すでに閉店していると分かり切った状況というのもあり、図らずも隠れんぼで見つかってしまった子どものような気持ちになる。

女性が、小走りで寄ってくる。肩までの黒髪を揺らして、軽やかに自動ドアの前までやってきた。

ぐいっと、ドアを両手で開ける。その様子を見て鹿島は、自動ドアというものは自動でなくても案外簡単に開くのだな、と思った。そう思わせるほど、女性は鹿島より背も低く、小柄だった。


「どうされました?」


ドアの隙間から、問い掛けてくる。ドアに白く細い指が絡まって、それに視線を取られていると、女性が再度、声を掛けてきた。


「何か、ご入用でしたか?」


鹿島がドアから少し距離を置きつつ言いあぐねていると、女は首を傾げた。頬に黒髪がかかり、ふっくらとした唇を半分隠している。そして隠されてはいない半分のそれは、少しだけ微笑んでいた。

そのあどけない笑顔には、眩しいほどの「若さ」が存在する。


(まだ子どもじゃないか)


心で思ったが、その笑顔が怪訝な表情に変化していくのを見て、鹿島は慌てて、言った。


「あ、えっと、花束は売っていませんか?」


傾げていた首が、さらに斜めに傾いた。鹿島がその様子に気がついて、視線を落とす。

つけている黒いエプロンの『モリタ』の文字と同時に、肩紐につけてある名札も視界に入った。


『小梅』


(……こうめ、)


鹿島がどう読むのだろう、そう思っていると、女性が自動ドアをさらに開けた。


「花束ですか? それらしいものがあるにはありますが、」


はっとして顔を上げると、女性は少し困ったような表情を浮かべている。


「どなたかに贈るものですか?」

「え、ああ、はい。そうです」

「それなら、サツキフラワーさんに、」


すいっと肩から出て、左手を上げて指さす。鹿島が言おうとする前に、女性は声を跳ね上げて言った。


「あっ、もう閉まってますねっ」


シャッターの降りた花屋を見て、上げた左手を下ろした。


「そういえば、うちと同じ9時閉店でした。ごめんなさい」


眉を斜めにして謝る女性を前に、鹿島は慌てて言った。


「い、いえ、そんな」


「この辺にサツキフラワーさん以外、それらしい花屋さんは無いし、」

「いいです、いいです、閉店間際にすみません」


鹿島が謝ると、女性は続けた。


「お花はあるんですけど……何かのお祝いですか?」


問われて、答えてしまった。


「ああ、彼女の誕生日で……」


言ってから、バカなことを、と思った。恋人の誕生日の花束をこんな時間に用意しようとは、と。


もういいです、という言葉が口から出かかったその時。女性の後ろから、年配の男性が声を掛けてきた。


「どうしたの、小梅(こうめ)ちゃん」


『こうめちゃん』と聞いて、そのまま読むのか、苗字にしては変わっているから名前の方かと心で思ったが、事の次第が大きくなりそうで、鹿島は慌てて手を上げた。


「すみません、何でもないです。ありがとう」


踵を返して去ろうとした。


「店長、この方が花束が欲しいんですって。彼女さんへのプレゼントだそうです。でももうサツキフラワーさん、閉まってて」

「ああ、あそこの奥さん、時間より前に閉めちゃうからねえ」


中年の柔和な顔の男性も、ドアの隙間から外に出てくる。

慌てて鹿島は両手を上げた。


「こんな大騒ぎになってしまって。本当にすみません、もう諦めます。ありがとう」

「でも、彼女さんもお誕生日にお花を貰えたら、喜ぶと思いますよ」


小梅が言って、店長も頷いた。


「うちの花を使ってもらってもいいけどね。でもあれだよ、包装紙がない」

「ちょっと見てみましょうか」


鹿島は慌てて、いいです、と断ったが、店長が中へと促してくる。


「まあ、ちょっとやってみましょうよ。どうぞ、どうぞ」


鹿島が中へ入ったのを確認すると、二人は肩を並べて、レジ横へと歩いていく。


(……困ったことになったぞ)


二人の後を渋々ついていく。


(仏壇に飾る物を摑まされては困るんだが……)


鹿島は盛大に溜め息を吐きたくなったが、まだひやりと冷気が漂っている店内を歩いていった。

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