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four (side 鹿島)


「やはりもう閉店ですね」

「ん、そうだね」


耳に当てていた携帯を離すと、受話ボタンを切った。


皐月(さつき)に掛けたが繋がらない。もう食事の用意にでも入ってしまったのかもしれない」


古くからの付き合いである、皐月 沙織(さつき さおり)は、一度何かに没頭すると、携帯を絶対に取らない。花屋の仕事を終えてからは、遅い食事を摂るので、その間はまず連絡がつかないのだ。


「子どもがいると、本当にてんやわんやだな」


同級生と結婚して子どもができてからは、鹿島とは仕事で使う花を請け負うだけの関係となっている。


「どうしましょうか?」


控えめに訊いてくる須賀の声で、鹿島は握っていたスマホをスーツの胸のポケットに仕舞った。


「うーん、仕方がないね。このまま家に帰るしかないか」


鹿島は懸命に頭の中で花屋を探したが、仕事の取引にしか使わない、まるで自分とは縁のない花屋など、他には一軒も思いつかない。

須賀からも何らかの提案がなされないということは、須賀にも心当たりがないのだろう。しかも、ネット検索にも振られてしまった。


「いいよ、帰ってくれ」


鹿島が、はあっと大きな溜め息を吐きながら言うと、はい、と須賀は出していたハザードを消して、大きくハンドルを切った。


「ちょっ、と、待ってくれ」


鹿島の声で、須賀は再度ハザードに指を伸ばす。


「はい、何でしょう?」


鹿島は通りの向こうを見遣った。夜の9時を過ぎた通りには、すでに閉店している店が多い中、ぽつぽつとその看板に灯をともしている店もある。

その多くは居酒屋などの飲食店だが、その中にひとつ、大きなガラス張りの中で数人がうろうろと行き来している店が、鹿島の目に飛び込んできたのだ。


広い間口から、小規模のスーパーだと分かる。

看板の電気は消されているが、店内は煌々と電気を点けていた。


「あの、スーパーに花は売っていないだろうか?」


鹿島が言うと、すかさず須賀が声を上げた。


「社長、こんなところではセンスの良い花なんて、置いてありませんよ」


呆れたような口調で言う。


「そうなのか?」


買い物はもっぱらネットか、秘書である深水に任せてあり、鹿島はこのような地元の商店街のスーパーに立ち寄ったことは無かった。大型ショッピングモールも、大学を卒業してからは一度も足を運んでいない。


幼馴染である皐月が商店街にフラワーショップを出店すると聞いた時、鹿島はもっと場所を考えろと反対したことがあった。

根っからの商売人である鹿島には、売り上げが見込めない場所に店を出すということが、納得のできない自殺行為にも思えたからだ。


「彼の地元でやってみたいの」

「せっかく貯めてきた金をどぶに捨てるようなもんだぞ」


まず、幼馴染の結婚を、喜ばしく思えなかった。皐月とは幼馴染ではあるが一時期、恋人同士だったこともあった。


「私のこと、心から愛しているってわけじゃないみたいね」


付き合っている時、苦笑いで皐月にそう言われたことがあった。もちろん自分は皐月を恋人だと思っていたし、彼女を大切にしているつもりもあった。


「そんなことはない。ちゃんと、好きだけど」


それからすぐに別れて、皐月は新しい恋人を作った。ぽっちゃりとした背の低い男だが、皐月はその男といると、心底幸せそうだった。


(……俺は皐月を、こんな顔にはできなかったんだな)


気がついた時には、それが本当の恋ではなかったことを知った。


(けれど、恋愛なんてそんなもんだろ)


現在の恋人である花奈とも、そういう付き合いだ。花奈は欲しい物をねだってくるだけ、皐月よりは分かりやすい。


(花奈に都合のいい財布だと思われていようが、それは別にいい)


それだけの財力があることに、鹿島は誇りさえ持っている。叔父から受け継いだ会社を、市街の一等地にビルを建てられるほどに急成長させた自負もある。

そんな自分に紹介された取引先の社長の娘。才女とまではいかないが、お嬢様大学出身という経歴もあり、周りに紹介するにもちょうどいい。


「こんなところで売っているのは、仏壇に飾る花くらいなもんです」


須賀の言葉ではっとして意識を戻した。その言い方から、気乗りはしないようだが、車はその場から動かない。ミラー越しの須賀の目は、じっと探るように自分の動きを待っている。


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