forty five (side 鹿島)
酷い目に合わせてしまった。花奈が勘違いしてあんなことになるとは、思いも寄らなかった。
小梅に謝らなければと思うが、連絡先を知ってはいない。
どう考えても、スーパー モリタもしくは喫茶メープルへと足を運ぶしかなかった。けれど、どちらにも苦手な人種がいるので二の足を踏んでしまう。
モリタのシェフ秋田と、メープルの二人のイケメンだ。
秋田は小梅の恋人だろうし、メープルの二人も小梅を大事にしているようにみえた。
(……苦手というか……俺が彼らを気に入らないだけなんだろうけどな)
苦笑いで自分の気持ちを持て余す。
ふと、喫茶店の方は日付が変わるくらいまで働いていると、須賀が言っていたのを思い出した。
(……終わるのを待ってみるか)
どう考えたって謝らないといけない。
そう強く思って次の日、鹿島は通りの向かいに停めた車から、様子を窺うことにした。夜半まで車を駐車することを事前に皐月に頼んであり、了承を貰っている。
怪しいと近所に思われかねないが、今日一日だけだと思って、強行策に出た。
須賀は定時で帰してあるので、自らの運転は久しぶりだった。いつも通る道であるのに、ハンドルさばきも道順さえも、まったくもって覚束ない。
「はああ、なんだよもう。ここ右折じゃなかったっけ?」
情けないと思った。
事業は順調で会社の業績も良い。
経営手腕やその才能を自負しているのもあって、車の運転などという誰もが日常こなしている、そんな些細なことすら出来ないということに、軽くショックを受けた。
「ようやく着いた……」
サイドブレーキをかけると、シートベルトを外した。シートに身体を深く埋めると、どっと疲れが出た。
(とにかく、謝らないと)
謝罪の言葉を考える。
(花奈が勘違いをして……あんなことになってごめん、)
どう謝ったらいいのか考えているうちに、喫茶メープルの灯りが薄暗くなった。もうすぐ出てくるだろうか。
鹿島が暗がりの中、スマホを見る。時刻は、12時を回っている。
(こんな遅くまで……)
軽いドアベルと同時に、ドアが開いた。中から小梅が出てきたのを認めると、鹿島は慌てて車のドアを開けて飛び出した。
「小梅ちゃんっ」
呼ばれて、小梅はきょろきょろと辺りを見渡している。
鹿島は通りを小走りで渡って、小梅の元へと駆けた。
「あ、あれ、鹿島さん? どうしたんですか、こんな夜遅くに?」
薄暗がりで、小梅の表情ははっきりしない。
けれど、それより何より謝らねば、その気持ちが堰を切ったように、言葉となって溢れ出た。
「小梅ちゃん、この前は病院で……あんな目にあわせてしまって、すまなかった。花奈が勘違いして、その、とにかくごめんっ」
頭を下げると、小梅が両手を上げて、それを制した。
「わわ、鹿島さん、やめてください。私は大丈夫ですから」
がさっと音がして顔を上げると、小梅の上げた腕に、ビニール袋が掛けられている。中には、パックのようなものが透けて見えて、まかないを貰ったのだろうと想像できた。
「小梅ちゃん働き者だし、いつも明るくて皆んなに好かれてて……すっごく良い子ですね」
須賀の言葉が浮かんできた。
(俺だって、何か美味しいものでも食べさせてあげられれば……)
「気にしないでください。それより、その……あの後、彼女さんは大丈夫でしたか?」
見上げてくる。その瞳はきっと綺麗な黒だ。
「あ、ああ。すぐに落ち着いてくれたし、大丈夫だよ」
実際は、花奈が泣いているのを後に、小梅を追いかけようと病室を出てしまった。その後の花奈の様子は見ていない。
自分の所業を思い出すと、鹿島は自分がとても冷たい人間のように思えた。温かい小梅とは正反対。さらに言うと、鹿島は花奈ひとり御すことのできない自分を情けなくも思った。
「あの、」
小梅の言葉に顔を上げる。
「側にいてあげてくださいね」
「……もうそれはできないんだ。別れたから」
「鹿島さんと別れて、きっと悲しみで潰されそうになっちゃってるから」
「そうだとは思うけど、でも、」
「落ち着くまででも。お願いします。そのうちきっと立ち直ってもらえますよ。女は強いですから」
薄暗がりの中、小梅が微笑んでいるような気がした。そんな小梅に反発するなんて、できない。
「そうだね。わかったよ」
鹿島が短く返事をすると、それじゃと頭を下げて行こうとする。
「待ってくれ」
これをと言って、胸ポケットから一枚の名刺を出す。裏には携帯の番号を書き入れてある。
「改めて、お詫びがしたいんだ。連絡を貰えると嬉しい」
「そ、そんなこといいですよ」
「いや、こういうことはきちんとしたいんだ。必ず、連絡してくれないか」
小梅の小さな手を取り、ぐいっと押しつける。
小梅は慌てて、「か、鹿島さん、」と言って、名刺を押し上げるが、鹿島はそのまま車へと戻った。
バタンとドアを閉めてすぐにエンジンをかける。視界の端にはまだ小梅の姿が映っているが、鹿島はそのままアクセルを踏んだ。
心臓の鼓動が、どっどっと鳴っている。ハンドルを握る手に、じっとりと汗が滲んだ。
「なんだこれ、……はは、思春期かよ」
力のない笑いが漏れた。




