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forty three (side 小梅)


病院の会計係の人に、支払いが滞ると給料を差し押さえることになりますよ、と言われてしまった。

通帳を持参して給料日にどれだけの金額が入るのかを説明し、支払日を延ばしてもらうように説得して、了承を得た。

最初はなかなか納得してもらえなかったが、とりあえず何とかなってホッとする。

話の間中、私は緊張して頭を下げてばかりだったからか、話が終わっても頭がふらふらしていて、ようやく一階のエントランス近くまで辿り着いた。

そこでどっと疲れが出てしまったのだ。

会計カウンターの前の待合いのベンチに腰を下ろす。

少しの間、放心状態。

気がつくと、病院の待合いは電気が落とされて、薄暗くなっていた。


(……定休日の水曜日も、どこかで働こうかな)


商店街の店は水曜定休が多いので、働くなら駅近くまで出なければならない。

そんなことをぼんやりと考えていると、理由もなく涙がじわっと滲んできた。

鼻の奥にツンと痛みが走る。

ずずっと鼻をすすり上げていると、すぐ側にある夜間診療用のドアが開き年配の女性が足早に入ってきて、そして目の前を通り過ぎていった。

生温い風が、さっきまでかかっていたのだろう冷房の冷気と混じり合って、まだらな空気が漂ってくる。


(……こんなことしてても仕方がない。もう、帰ろう)


病院から駅までは、歩いて10分ほど掛かる。電車に乗って商店街までは、30分以上の道のりだ。

明日からはまた仕事。働かなきゃ。

重くなった腰を上げようとした時、カサカサとビニールが擦れる音が響いてきて、廊下の奥から男性が歩いてくるのが見えた。

その足音も、次第に大きくなってくる。

ぼんやりと見ていると、あれ? と思った。見たことのある姿。


「あ、あれ、小梅ちゃん?」

「え、鹿島さん?」


信じられないことが起きた。夢でも見ているのかと思った。どん底だった気持ちは、ふわっと浮き上がって、どんどんと上昇していく。

鹿島さんは驚きながらも、遠慮がちに隣にそっと座ってきて、「どうしたの? どこか具合でも悪いのか?」と優しく訊いてくれた。

心配を掛けたくなくて、慌てておばあちゃんのことを話した。

さっきまで、真っ暗闇のどん底にいたのに。それなのに今は、天にも登る気持ちだ。それもふわふわと現実味のない。

だから、これから起こるちょっとした事件によって、結局はまたこの世界のどん底へと戻ることになるとは思いも寄らなかったのだ。

鹿島さんが持っていた花束を横へと置いた。

ピンクのスイートピー。可愛らしい花束だから、きっと可愛らしい女性のお見舞いに違いない。

私が作った花束と全然違う、本物のフラワーショップのデザイン。洗練されたラッピングに、オシャレな幾何学模様のリボン。

それだけで少しだけ、胸におもりを抱えたような気分になった。

ただ、花束を見ているだけなのに。いたたまれない気持ちになったのも事実だ。


「……綺麗な花束ですね」


言葉にすると、なんとなく自分が惨めに思えて後悔した。


「え、あ、うん」


鹿島さんが、返事を返してくれる。

その曖昧な返事に、私は鹿島さんを困らせているんじゃないか、という気がした。慌てて言う。


「喜びますよ」

「そうかな」

「絶対です」


にこっと見上げると、鹿島さんは困ったような顔になる。

やっぱり、そうだ。きっと困ってる。

あーあ、もう帰ろう。

悲しみに押しつぶされそうになり、本当に押しつぶされる前に帰らなきゃ、そう思った時、鹿島さんの驚いた声がした。


「どうした、花奈」

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