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forty two (side 鹿島)


鹿島がベンチから腰を浮かせながら、「どうした花奈、」と声を掛けた直後。花奈はつかつかと歩いてきたかと思うと、二人の前に立ちはだかって、狂ったような声を出した。


「要さん、この子はなんなのっ‼︎」


栗色の髪が乱れ散った。

唇はわなわなと震え、もともときつく見える切れ長の目がさらに釣り上がり、これでもかというほどに見開かれている。


「花奈、この人は関係ない」


鹿島が立ち上がって説明しようとすると、「やっぱり女だったのねっ」と大声で遮った。


「あんたが要さんを横取りしたの? この泥棒猫っっ」


鹿島は慌てて、花奈の腕を掴んだ。


「やめろ、花奈‼︎ この子は違う、関係ない人だっ」

「要さんも要さんよっ‼︎ こんなのひどいわっ‼︎ わたくしのお見舞いに、浮気相手を連れてくるなんてっ‼︎」

「花奈、落ち着けっ」


花奈が腕を伸ばす。伸ばした先には、顔面蒼白の小梅。持っていたカバンをぎゅっと抱えている。

花奈は、その伸ばした腕で、小梅の腕を掴んだ。


「あ、痛っ」


掴んだ腕を引っ張り上げる。その反動で、小梅が床へと倒れ込んだ。


「何するっ、やめろっ‼︎」


鹿島が慌てて小梅に寄る。その拍子に花束が床に落ちた。


「あんたのせいよっ。あんたのせいで、私こんなにも苦しんでるのよっ。責任とってよっ」


花奈が落ちた花束をがばっと拾う。そして花束を持つ腕を思いっきり振り上げ、小梅めがけて振り下ろした。

一瞬の出来事だった。

ばさばさっと大きな音がして、小梅の側頭部に、バシンと花束が叩きつけられた。

鹿島はそれを見て、血の気を失った。


「やめろっ、やめろ‼︎」


立ち上がり、花奈の両腕を押さえる。揉み合いになり、無残にぐちゃぐちゃになった花束は、ばさりと落ちた。


「こんな地味な女のどこがいいのっ‼︎ こんな、こんな見すぼらしい、貧乏くさい女のどこがっ」


かっとなった。

むかむかとせり上がってくる嫌悪感。綺麗だと思っていた花奈の醜さが、鹿島をついにおかしくした。


「花奈、いい加減にしろっっ」


振り上げた右手。怒りで我を忘れていた。


「鹿島さんっ」


小梅の声で、はっとしてその手を止めた。自分が何をしようとしていたか、思い知らされる格好で、鹿島は正気を取り戻したのだ。


「だめですっ! そんなことやめてくださいっ」


それは、叫び声に近いものだった。


「だめです、だめです、だめで、す……」


そして、何度も呟くように言い続ける。言い続けている間、その声は震えを含んでいった。

はあはあと息を切っていた呼吸を、押さえ込んで落ち着かせる。鹿島は冷静さを取り戻すと、「少し待ってて」と小梅に投げて、鹿島は花奈の腕を取った。

花奈は打たれそうになったことにショックを受けたのか大人しくなり、そのまま鹿島に連れていかれた。

部屋のベッドに寝かすと花奈はさめざめと泣き始め、鹿島は少しの間、その様子を見ながらベッドの傍で立っていた。そのうち花奈が、わあっと声を上げて泣きじゃくる。次第に鹿島の心は冷えていき、その場にいられなくなった。

病室からそっと出る。

花奈の泣き声がドアで遮られて耳に届かなくなると、途端に小梅のことが気になった。

焦る気持ちを抱えながらエレベーターに乗る。一階の待合いで、きょろきょろと小梅の姿を探した。


「小梅ちゃん、小梅ちゃん、」


小梅がすでに去ってしまって居ないと分かると、胸は絞られるようにきりきりと痛んだ。鹿島は痛む胸を押さえて、その場に立ち尽くしてしまう。

足元には、散らばった花びら。

無残な残骸。さっきまで美しかったものの末路に思えて、いたたまれなくなった。


「小梅ちゃん……」


鹿島は病院を飛び出した。

温い風が鹿島の頬を掠めていったが、それに気づかないほど、鹿島は夢中になって小梅の後ろ姿を追った。


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