three (side 鹿島)
「お疲れ様です、社長」
エントランスの受付で座っていた警備員が、慌てて立ち上がる。
「ご苦労さま」
苦笑いを見られたか、誤魔化そうとして上げた手を、そのまま目の前に掲げて、腕時計を見る。小さなダイヤが埋め込まれた文字盤と針は、エントランスの時計と同じ時刻を指している。
(店は、まだやっているだろうか)
大きく左右に開いたガラス製の自動ドアから外へと出ると、すでに黒塗りの高級外車が横づけされていた。
「お疲れ様でございます」
若い男が頭を下げてくる。
ご苦労さま、声を掛けてから開かれている後ろのドアから、車内へと乗り込んだ。
バタンとドアが閉められ、男が運転席へと乗り込むと、すかさず鹿島は声を掛けた。
「須賀くん。悪いが、少しだけ遠回りしてくれないか」
「かしこまりました」
「花屋に」
「サツキフラワーでございますね」
「ああ、頼むよ」
背もたれに背中を預けると、鹿島は目を瞑った。
「社長、差し出がましいようですが、」
「うん」
「確か、9時の閉店だったかと」
「そうだな、」
誕生日祝いに、肝心の花束が無いとは。鹿島は、簡単には怒りはしないが気に入らないことがあるとすぐに拗ねてしまう花奈の顔を思い浮かべた。
(欲しい品物はこうして用意したわけだから、花束がないくらいで機嫌を悪くすることもないだろうけど)
「わたくしのお誕生日のプレゼントですけど、」
二週間前のことだった。ソファの隣に座った鹿島にも見えるようにと、花奈はスマホの画面を近づけてくる。画面には目一杯に拡大されたチョーカー。細かいダイヤが所々に配された、ゴールドのデザインだった。
「これ、可愛いでしょう? わたくしに似合うと思いません?」
商品がこれでもかというほどに拡大されているので、値段は写っていない。
(……これはまた高そうだ)
心で思うが顔には出さない。
「いいよ、用意しよう。画像を送っておいてくれ」
花奈は、嬉しいと言いながら、頭を肩にもたせかけてくる。滑らかなウェーブのかかった栗色の髪からは、人工的な甘い香りが漂っていた。
鹿島はその匂いを思い出すと、なぜか途端に気分が萎えて目を嫌々にも開けた。視線をずらす。座席の横に置いてある小さな紙袋に目を留めた。
(このチョーカーがあれば、まあ、大丈夫……か)
鹿島は自分を説得するようにして、次には走り出した車から、窓の外を眺めた。
街の灯りが、視界を横切っていき、そしてそれは次第に速く流れていく。
(花奈は、今日で28歳、か)
目当てのものを手にして喜ぶ、花奈の笑顔を思い浮かべる。鹿島は、ふ、と口元に笑みを浮かべた。
(……俺は今、幾つだったかな)
鹿島は窓に寄りかかるようにして、目を伏せた。