thirty eight (side 小梅)
「おばあちゃんー、来たよー」
病室に入ると、いつもと同じ光景。眠っているおばあちゃんは、いつも幸せそうだ。
私はカバンを長イスに置くと、ベッドの横に置いてあるイスに腰かけた。ここはいつでも私の定位置。
私と一緒で、おばあちゃんにとっても、私が唯一の血の繋がり。そう確認する場所でもあって。
「おばあちゃん、この前話していた鹿島さんって人、覚えてる?」
私は、ベッドに頬づえをついて、おばあちゃんの匂いを確認した。そっと、手を取る。すると、ひやりとした手の体温。ぐっと握ると、ピクッと跳ねた気がした。
「今度はねえ、メープルに来てくれてね。もう驚いたのなんのって」
私は、ふふふと笑いながら、おばあちゃんに話し掛けた。
眠りに就いているおばあちゃんには、何でも話せる。モリタで起こったことや、メープルでの出来事。そこで働く大好きな皆んなのこと。たまに、死んでしまったお父さんお母さんの思い出話などなど。
泣きながらでも笑いながらでも、おばあちゃんには何だって話せるんだ。仕事の愚痴だって、オッケー。
ただ一つのことを除いて。
「鹿島さんのお友達も一緒だったんだけどね、大同さんっていうんだけど。これがまた面白い人でね、」
お金の話はしない。
入院費がどれくらいいるとか、貯金が底をついたとか、そういうことも話さない。おばあちゃんに聞かれて困ることは、絶対に話さない。
「……だけどね、私は鹿島さんの方が良いかなあ……って」
私は思い浮かべた。
家の引き出しに眠っている通帳の数字も、限りなくゼロに近い。
けれど、もうすぐお給料日だから大丈夫、なんとかなるはずだ。それまでは冷凍してとってある白ご飯があるし、明日秋田さんが新作を作るって言ってたから、味見でおかずを貰えるだろうし。
おばあちゃん、私は大丈夫だからね。
「こういう話はやっぱ照れるなー……でもね、私ね。やっぱり鹿島さんが、」
ベッドの上に置いた両腕に頭を乗せて目を瞑ると、眠気がやってきて意識が遠のいてゆく。
「……好きだなあって……」
おばあちゃん、聞いてる?
私は大丈夫だよ。
こうやって、好きな人もできたし。そういう人のこと、推しって言うんだよ?
いいの、いいの。
私なんて、全然つり合わないのわかってるんだ。恋人とかにはなれないから、「お友達」ってことで。
それでもすごいことなんだよ‼︎
だって、鹿島さんはおっきな会社の社長さんなんだからね‼︎
時々、買い物に来てくれて少し会話ができたら、それでいいなって。
それに、いつも話してるでしょ。モリタやメープルのみんなが優しくしてくれる。
私、自分で言うのも何だけど、人には恵まれているから。
だから、心配しないでね……。
いつのまにか、おばあちゃんの側で、眠ってしまっていた。




