thirty seven (side 小梅)
カウンターへと戻り、真斗さんに尋ねると、「おまえぇ、やらしいこと訊くんじゃねえよっ。くすぐったいってのは、ほら、あれだ。布団の中でだなあ。いちゃいちゃしながらだなあ……おいおいおい小梅にはまだ早いってのっ」
ニヤけた顔で、お前にはまだ早いわっと、ちょい興奮気味で言いながら、デコピンを食らわせてくる。ふむ。期待はしていなかったけど、やはり大した収穫はない。
無口な隼人さんに、おちゃらけの真斗さん。それにしても、双子って。こうも似てないものなんだな、と思う。
閉店後のスーパー モリタを後にして、そんな似ても似つかない双子が経営する、喫茶店兼バー メープルへと、私はいつものようにドアベルを鳴らしながら入っていった。
頼まれていたアボガドと海老をカバンから出すと、真斗さんがいつものように賄いを出してくれる。カウンターのイスに腰掛け、隼人さん特製のピラフをスプーンで掬ったところで、注文が入る。
「小梅ちゃん、梅酒のソーダ割りちょうだい」
はあいと返事をして振り返ると、そこに鹿島さんの姿を見つけて、心臓が口から飛び出るほど、びっくりしてしまった。
(おわっっ、え? ええええ? なんでなんで?)
きっと口も顔もぽかんとしていたのだと思う。申し訳なさそうに頭を下げる鹿島さんの向かいに、スーツ姿の知らない男性がいるのをも見つけて、私も慌てて頭を下げた。
そして、くるっとカウンターに向かうと、真斗さんが梅酒のソーダ割りを作りながら、怪訝な顔を寄越してくる。
どうしよう、どうしよう。頭も心もパニックだ。いやいや、まずは花束の件、ちゃんと謝らないと。
梅酒のソーダ割りを常連の正木さんのところに持っていって、その時正木さんと何を話したのかはもう忘れちゃったけど、とにかく挨拶しなきゃと思って、私は鹿島さんの近くへと寄った。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん、元気だよ。この前は、すまなかったね。あれはその、君の花束のせいじゃないんだよ。俺の問題だから、君は気にしなくていい」
「そ、そうですか」
気になって気になって仕方がなかったけども。
「ちゃんとそう言わなきゃいけないってわかっていたのに、その、勝手に帰ってしまって。ごめんな」
謝ってばかりの鹿島さんに、私はほっと胸を撫で下ろした。
(お、怒ってない、かも)
「私、てっきりあの花束が原因だって思ってしまって……」
「本当に違うんだ。あの花束は心がこもっていて、とても気に入ってたし、嬉しかった。花奈も喜んだんだ。それは間違いない」
(そうだったんだ、とりあえず……良かった)
こくっと私が頷くと、鹿島さんがそわそわとしながら、目の前のコーヒーを飲んだ。
「お、お友達ですか?」
鹿島さんの前に座っている男性は、これまた恰幅の良い、これぞザ・大人の男性、という雰囲気を醸し出している。
「そうでーす。大同って言います。小梅ちゃんだね。初めまして」
鹿島さんよりも太く低い声。お腹の中に響いてきそうで、私は鹿島さんの声の方が好きだな、と思った。思ってから、うわと思い、慌てて「か、鹿島さんには、隣のスーパーによくお買い物に来てもらってて。どうぞ、ゆっくりしてってください」
「うん、よろしくー。じゃあ、ハイボール二つ」
「かしこまりました」
頭を下げて、カウンターへと戻る。ハイボールを二つ、真斗さんにお願いすると、途端に全身の力が抜けたようになって、足元からふにゃりと崩れ落ちそうになった。
少しだけ冷めてしまったピラフを目の前にして、イスに腰掛けた。スプーンを持つと、もりっと掬ったピラフを、ぐいっと口へと詰め込んだ。
真斗さんが、小梅っと叫びながら、慌ててグラスに水を汲んで渡してくれた。
「おい、慌てて食うな。喉につかえるってのっ! あーあ、ほらあ口についてんぞ」
真斗さんが口についたピラフを指ではたいてくれる。
(うわあ、どうしよう、恥ずかしっ。子どもかっ)
真っ赤になっているだろう顔を伏せて、手の甲で口を拭う。
けれど、もう会えないかもと思っていた鹿島さんが、目の前にいる。驚きと嬉しさとをピラフとともに喉に詰まらせながらも、私はそのままガツガツとピラフをかき込むことしかできなかった。




