thirty five (side 鹿島)
小梅と視線がかち合った鹿島は、焦って頭を下げた。その様子を見て、大同がニマニマとにやけている。
ムカつくと思いながらも、小梅が気になって仕方がない。鹿島はちらちらとカウンターの方ばかりを見ていた。
「正木さん、今度はちゃんと梅も入れておきましたよ」
「そうそう、これがなきゃ梅酒って言えねえよ」
「でも結局食べないんでしょ。見るだけのための梅だなんて」
「こんな不味いもん、食えるかよ。梅のエキスなんて、これっぽっちも残ってねえぞ」
カウンターから、イケメン店員が「小梅、うちの梅は不味くねえって、ちゃんと言え」と言う。
小梅は苦笑しながら、梅酒ソーダ割りを隣のテーブルに運んで置いた。
そして、横にすすすっとずれると、少し緊張した面持ちで、こんばんはと頭を下げた。
「お、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん、元気だよ。この前は……」
鹿島が言葉を迷いながら、続ける。
「この前は、すまなかったね。あれはその、君の花束のせいじゃないんだよ。俺の問題だから、君は気にしなくていい」
「そ、そうですか」
小梅が視線を落とす。口を結んで、眉を下げた。
「ちゃんとそう言わなきゃいけないってわかっていたのに、その、勝手に帰ってしまって。ごめんな」
「私、てっきりあの花束が原因だって思ってしまって……」
「本当に違うんだ。あの花束は心がこもっていて、とても気に入ってたし、嬉しかった。花奈も喜んだんだ。それは間違いない」
こくっと頷くと、黒髪がさらっと波うった。
「お、お友達ですか?」
小梅に振られた大同が、意気揚々と答える。
「そうでーす。大同って言います。小梅ちゃんだね。初めまして。お噂はかねがね、ってぇ!」
鹿島が大同の足を蹴り上げた。
「か、鹿島さんには、隣のスーパーによくお買い物に来てもらってて。どうぞ、ゆっくりしてってください」
「うん、よろしくー。じゃあ、ハイボール二つ」
「かしこまりました」
小梅がカウンターへと戻ると、大同が言った。
「お前なあ、犯罪だぞ」
「やめろ」
「まだ子どもじゃねえか」
「もう18だ」
「じゃ未成年ではないのか」
「うるさい、やめろ」
「鹿島、お前……」
「わかってるから、今はやめろ」
鹿島はおしぼりを広げて顔を隠すと、盛大に溜め息を吐いた。大同はそれ以上は何も言わなかった。
運ばれてきたハイボールを喉に流し込むと、軽く酔いが回ってきて、カウンターの中、二人の男に囲まれている小梅を見られなくなった。
大同は、そんな鹿島を横目で見ながら、何かにつけて小梅に話し掛けている。軽く声を掛けられる大同のその姿を見て、なんとなく羨ましく思った。小梅とはまだ少し、ギクシャクしているような気がしていたからだ。謝罪はしたが、小梅を泣かせてしまったことに罪悪感すら感じている。
「鹿島。お前、見てられんかったぞ」
ハイボールを二杯ずつ呑んで精算し、タクシーを捕まえるべく大通りに出て歩いている時、大同がそう言った。
「何がだ?」
「目が泳いでた」
「んー、まあな」
「小梅ちゃんばっかり見ていたと思ったら、次にはじいっと枝豆見てただろ。小梅ちゃんと枝豆を交互にだな。こう、こんな感じに」
大同が首を振ってから、呆れた口調で言う。
「キモいっつーの」
「……キモいおっさんかあ。俺、最悪だな」
ほろ酔い気分なので、まだ多少正気は残っている。
「別に取って食おうってわけじゃないんだけどな」
「おっさんの純愛かあ」
「そんなんじゃない。違う」
「違わない」
「まったく……口ではお前に敵わないな」
タクシーを捕まえるべく、二人で手を上げては、何台もその場で見送った。




