thirty four (side 鹿島)
「……お前なあ、いったいどういうつもりだよ」
声を落として鹿島は言った。怒りでむかむかと胸の辺りが熱くなっていて、出されたお冷を一気に飲み干して冷やす。
「どういうつもりって……恋人と別れて元気のないお前を慰めてやろうと思ってさ」
飲み仲間の大同が、唇の端を引き上げて、ニヤと笑った。
嫌な予感はあった。会社帰りにタクシーで迎えにきた大同は、その場で運転手の須賀を帰してしまう。飲みに行くぞと言う大同のタクシーに乗り込んだ時、大同は運転手に行き先を告げなかったのだ。
「どこに行くんだ?」
「まあまあ、良いところがあるんだよ」
その道中、行き先に検討がついた。幾らかの抵抗をしてみたものの、結局は強引に連れてこられてしまった。
鹿島は溜め息を吐きながら、店内をぐるりと見渡した。落ち着きのある店内はそう広くなく、こじんまりとしていて店員の目が行き届くような、よくある喫茶店だ。
テーブルはいくつかあるが、どれもデザインが凝っていて個性派、その傾向はテーブルに限らず、イスであったり雑貨が並ぶ棚にも見受けられる。
(……統一感はないが、センスの良さでカバーしているな。古めかしいようでもあって斬新さもある。なかなかの喫茶店だ)
カウンターの奥に二人、男性がいる。
一人は白いエプロンをつけた調理人。鹿島と大同が注文したオムライスを作ったのはこのシェフだ。デミグラスソースにコクがあって、料理に手がかけてあるとわかる。とても美味しかった。
もう一人は、黒のエプロンが似合う、背の高い男。
どちらもなかなかのイケメンで、歳も若そうだ。手際がいいところを見ると、頭の回転も良い。
(小梅ちゃんは、ここで彼らと働いてるのか……)
そう思うと、暗かった心がさらに陰鬱になる気がして、鹿島は頬づえをつきながら大きな溜め息を吐いた。
その様子を見た大同が、すかさず手をあげる。
「なんだよ、もうすぐ例の子が来るんだろ。もう少し待とうや。あ、すみません、コーヒーを二つ」
「あ、おいっ」
店内に掛かっている時計は、9時をもうとっくに回っていて、それを認めると途端に焦りが出てくる。
「メシは食ったんだから、もう行くぞ」
「まあ、待て。まだコーヒーを飲んでいない」
大同に向かって促す言葉を掛けるが、さっきから全てかわされてしまっている。
夕飯の時間はとうに過ぎているのに、店内はぼちぼちの客の入りだ。小梅が働くのは9時からだということなので、ディナーメニューではないだろうと思っていたら、店員がコーヒーと一緒に新しいメニューを置いていった。
大同がそれを見ながら、お、酒とツマミがあるぞ、と言う。
「ハイボールがあったかあ。しまったなあ、コーヒーやめてこっちにすりゃ良かった」
「大同、もう帰るぞ」
心の中ではまずいまずいと焦っていた。前のめりになって、声を落とす。
「お前、元気づけるとか言っておいて、俺の反応を楽しみたいだけだろ」
足で、大同の足を蹴った。
「そんなことはない。お前が元気になればなあって思って」
「嘘つけっ。小梅ちゃんがどんなか見たいだけのくせによ」
「まあ、それもある」
大同の告白に、もう一度足を蹴った。
「花奈とは全然タイプが違うし、お前が興味を持つような……」
その時、カランとドアベルが鳴って、入口のドアが開いた。
「すみません、遅くなりましたあ」
小梅の姿に、鹿島は頭を気持ち低くした。小梅は入ってきたその勢いで、カウンターへと向かう。
「おはようございます」
「おはよ」「はよ」
シェフが小梅へと、エプロンを投げた。
「隼人さん、新メニューあるならちゃんと教えてくださいよ。いっつも私、お客さんが注文した時に、メニュー増やしたことを知らされるんですから」
小梅が笑いながら、言葉を掛ける。隼人さんと呼ばれたシェフの返事を待つまでもなく、カウンターのイケメンが、我先にと被せてくる。
「わかってるってえー。後で俺が説明すっけどな。それより小梅、アボガド買ってきてくれた?」
「大丈夫です。真斗さん、抜かりはありませんよ」
ガサガサと持っていた袋を探って、中からアボガドを取り出す。
「あと海老ですよね。店長が、新鮮なのが入ったからこっち持ってけって」
ようやく、シェフが言葉を出した。
「……店長に礼、言っといて」
ぶっきらぼうにそれだけを言うと、シェフは海老とアボガドを持って厨房へと入っていく。
「小梅、飯まだだろ?」
残った背の高いイケメンが、チンと鳴った電子レンジから皿を出した。
「わあ、ピラフですね。真斗さんはもう食べました? じゃあ、いただきますっ」
渡された皿をカウンターへと置く。その様子をじっと見ていた鹿島だったが、テーブルの下で大同が足をコツコツと蹴っていることに気がついた。
「腑抜けた顔をしやがって」
「くそっ」
大同の小さな声が耳に届いて、鹿島は自分にも呆れて、顔を手で覆った。その時、隣の席に座っていた年配の男の客が、声を上げた。
「小梅ちゃん、梅酒のソーダ割りちょうだい」
はあい、と返事をして振り返る。
そして、その席の隣に鹿島の姿を見つけると、あ、と言って動きを止めた。




