thirty three (side 鹿島)
「社長」
問われて、鹿島は顔を上げた。
「ん、ああ、すまない。何だったかな?」
「こちら、会議の議案書です」
「ああ、目を通しておくよ」
腕時計に目をやると、会議までは二時間ほどの余裕がある。時間があると思うと多少は気も安らいで、鹿島は目の前にある書類をぼうっと眺めていた。
(恋人同士だったのか……それであんなにも仲が良かったんだな)
人目も憚らず、抱き締めるとは。
(相手が花奈で、同じ状況なら、俺は同じことをできただろうか)
そう思うと、秋田がどれほど小梅を大切にしているかがわかって、胸が痛む。口内に渇きを感じて、鹿島は傍に置いてあった紙コップを手にして、コーヒーを口に注ぎ込んだ。
(あの後、小梅ちゃんは泣き止んだだろうか)
自分のせいだと思っている小梅を置いて、逃げるように帰ってきてしまった。
(俺、本当に最低だな)
ちゃんと訂正しなければならなかった。言葉にして、君のせいじゃない、自分の問題だと、きちんと説明しなければならなかった。
「これが仕事なら、失態もいいところだ……」
「何ですか? 社長?」
深水が、怪訝な顔を寄越してくる。
「ん、ああ。独り言だよ」
「社長、大変申し上げにくいのですが……」
「何だい?」
「花奈さまとのことは、その、」
言いにくそうに言葉を濁している深水に、鹿島は気にしないでくれと声を掛けた。
「俺が全部、悪いんだ。花奈には申し訳ないことをしたと思ってる。仕事には影響のないようにするから、君は普段通りやってくれ」
「そうですか。わかりました」
深水が空になったコーヒーのカップをさっと取ると、「それでは、できれば午後の会議までには、そのお顔を何とかしてください」と言って、部屋を出ていった。
「……深水はいつも容赦ないなあ」
午後の会議は、近々ある大きな商談への足掛かりを模索する重要な会議だ。そんな会議で、その腑抜けヅラは勘弁してくれと遠回しに言われたような気がして、鹿島は苦笑しながら書類に目を落とした。




