thirty two (side 小梅)
泣き腫らした目が、ぼんっとボリュームアップしていて恥ずかしい。
あれから、どうしたの何があったの、と店長が慌てて駆け寄ってきて、私は秋田さんの腕の中で顔を上げた。
ずっと、秋田さんの胸の中に顔を埋めていたので、鹿島さんがいつ帰っていったのかわからない。
「小梅、鹿島さんもう居ねえから」
秋田さんは私の顔を見て、「ひでー顔だぞ、洗ってこい」と言って、背中を優しく押した。
「お前が悪いんじゃねーからな!」
背中に声が掛かる。秋田さんの、いつもの荒々しい優しさ。私はトイレへと駆け込んだ。
目が腫れて、パンダのようになっている。いや、これはパンダではない。メガネザル? か? 顔を洗ったけれど、ブサイクなのは元に戻らない。タオルを顔に押しつける。すると、またじわりと涙が滲んできて、涙はタオルの生地へとどんどんと吸われていった。
(彼女さんが……喜んでただなんて言ってたのは、きっと社交辞令だったんだ)
「……花束なんて、作らなきゃ良かった」
あの時、怖くて鹿島さんの顔を見られなかった。けれど心の中では、本当は。
私のことを、怒っているのかも知れないし恨んでるかも知れない。いや、きっと怒ってるし恨んでる。
(……もう買い物にも……来てくれないかも知れない)
涙が溢れてくる両目を、タオルでこすった。悲しみで、苦しみで、押し潰されそうになる。ひとりでいるのが怖くなり、顔はパンダのままだけど、私はみんなのいるレジへと戻った。
戻ると、心配顔の店長も多摩さんも、「小梅ちゃんは悪くない。気にしなくていいよ」と言って、肩を優しくぽんぽんと叩いてくれる。
人目を憚らず大泣きしたのもあってか、確かに恥ずかしさはあったけれど、それから私は少しだけ浮上していった。こういう時、人の優しさに助けられるんだなあ。
「ありがとうございます。もう大丈夫、元気が出てきました」
両腕を上げてガッツポーズをする。瞼は重いし、頬も引きつれているのがわかるけれど、精一杯力を込める。
「ちょっと、冷凍の方に行って、顔冷やしてきます」
冷凍のショーケースの方へと向かうと、冷凍食品やアイスクリームが所狭しと並べられているところに、顔を突っ込んだ。
冷気がふわっと顔を撫でていく。
(こんなんじゃ、真斗さんや隼人さんにも心配かけちゃうだろうな……)
モリタの閉店までに、この腫れた目がなんとかならないだろうかと思いながら、私は目を瞑って冷気を感じた。




