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thirty (side 鹿島)


「……別れたんだ」


重苦しい空気を拭おうと、鹿島は財布から一万円札を出すと、トレーの上へと乗せた。けれど、小梅はそれをいつまで経っても受け取らなかった。

見ると、俯いていて、顔が強張っているように見える。鹿島が慌てて、「小梅ちゃん?」と声を掛けて、話を続けた。


「ご、ごめんな。変なことを言って。別に大丈夫だから、気にしないでくれ」

「…………」


ぼそぼそと小さな声が聞こえた。鹿島が、え? と聞き返しながら、顔を少し近づけると、小梅が顔を上げて問うた。


「も、もしかして、は、花束が気に入らなかったんでしょうか?」


ぎょっとしてしまった。小梅の目に大粒の涙が溜まっている。ゆらゆらと揺れ、今にも溢れそうだった。


「あんなダサいの……やっぱり、さ、サツキフラワーさんで、た、頼んで、」


小梅の言葉がところどころ、消え入りそうに小さくなる。


「ちゃん、とした、花束……が、良かっ、たのに、わ、私が、勝手に」

「そんなことないっ、そんなことない!」


自分でもびっくりするような大きな声が出た。鹿島は焦って、カウンターに身を乗り出した。


「あの花束はすごく綺麗だったよ。そうじゃない、花束のせいじゃないっ」


言葉が矢継ぎ早に吐き出されていく。


「小梅ちゃんのせいじゃないよ。そうじゃないんだ」


小梅の両手が胸元でぎゅっと握られていて、それが鹿島の目に飛び込んできた。震えるほどに、力が込められている。

鹿島は顔を上げて、言った。


「違うんだ、俺に好きな……」


好きな?


(……俺は、何を言っているんだ)


鹿島は、泣きそうになっている小梅の方へ、そろそろと手を伸ばした。

その時。


「こうめっ」


背後から声がして、秋田が走ってくる。秋田は小梅に手を伸ばすと、あろうことか、その場で小梅を抱き締めた。すっぽりと秋田の両腕の中に収まっている小梅がその拍子に涙を零すと、秋田は小梅の頭をぐっと自分の胸に寄せた。


「大丈夫か、小梅。どうした、なんで泣いてる?」


秋田は小梅を胸に抱きながら、キッと鹿島を睨んだ。鹿島は呆気にとられたまま、固まっている。固まってはいるが、頭の中ではこう思っていた。


(……ああ、そういうことか)


「……悪かった。変なことを言ってすまなかった」


鹿島は、小梅へと伸ばしていた手を引っ込めて、代わりにビニール袋を掴んだ。そして踵を返すと、そのままドアへと進む。

誰の声も聞こえなかったし、何の音も耳には入ってこなかった。

通りを横切り車に近づくと、須賀は運転席でスマホを見ているのか、ほわりと顔が光に照らされている。


「社長、お帰りなさいませ」


気づいた須賀が慌てて降りてきて、後ろのドアを開けた。


その中へと滑り込むと、鹿島はいつものように目を瞑った。いつものように瞑っているのに、まぶたの裏は真っ暗のような気がして。それを振り払うように鹿島は何度も顔を横に振った。

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