twenty nine (side 鹿島)
「こんばんは。今日もお疲れ様です!」
「……こんばんは」
レジを挟んで、挨拶を交わす。レジカゴを置くと、中に入っている商品をいつものように手際よく、小梅がバーコードを読み取らせていった。
「鹿島さん、あまり飲みすぎてはだめですよ」
ここのところ、増えたビールの本数に気づいた小梅が、笑いながら言った。
「あ、うん。そうだな」
生返事で返す。
「少し控えないといけないとは、思っているんだが」
「疲れてると、つい飲みたくなるんですよねー」
隣のレジから店長がからかいの声を掛けた。
「小梅ちゃーん、まだお酒が飲める歳じゃないのに、飲みたくなる気持ちが分かるの?」
「えー? まあ、一般論としてですね……ね、鹿島さんもそうですよね?」
「いやあ、合っているよ。疲れていると、つい飲みすぎてしまうんだ」
「でしょ? 皆んなそうなんですって。ふふ」
小梅が屈託なく笑い、鹿島もつられて笑う。財布から紙幣を取り出そうとしていたが、小梅の次の言葉で手が止まった。
「あんまり飲みすぎると、ゴージャスな彼女さんにガツンと怒られちゃいますよ。ふふふ」
「え、っと……」
ちらと横を見る。後ろには誰も並んでいない。少しなら話ができるかと思い、鹿島は止めた手を動かした。
「実は、別れちゃったんだ」
別れた当初は、それなりにあったダメージも、やはり振った側だからだろうか、直ぐに和らいでいった。嫌いだったわけではないが、別れてみてたら何の未練も残らない。
やはり花奈を心から愛していたわけではなかったことに納得がいった。
(好きになるということは、相手に対していったいどういう気持ちを持つことなんだ?)
その時、自分には誰かと恋愛をすること自体、無理なのかもと思ったほどだ。
花奈については、別れて正解だったと思った。あのまま付き合って結婚となれば、毎日のように何かを買わされて買い与えて、ドレスや宝石にしか反応しない笑顔を、歳を取って墓に入るまで見続けなければならない。
ぞっとしたのだ。それに気がついて、別れた。ただその時、助けを求めるように頭を占めていたのは。
(……この子の、笑顔だけだった)
言葉は軽く出たが、気持ちは重かった。おどけて言うことにも失敗したのもある。
鹿島はもう一度、言い直した。
「……別れたんだ」
今度は寂しさがまとう、悲しい音がした。




