twenty four (side 鹿島)
「要さん、青年商工会議所主催のパーティーですけど、確かパートナー同伴でしたよね」
ベッドの中で、花奈は絡まる髪を気にしながら、鹿島の方へと身体を寄せた。
「強制ではないけど、その方が好ましいようだな」
鹿島は天井を虚ろに見ながら、襲ってくる睡魔と戦っていた。
「もちろん、連れていってくださいますよね? わたくしのお父さまも招待されていると言っていたわ」
パーティー好きの花奈が仕入れてくる情報はいつも適正かつ的確だ。こうして外堀を埋められながらの情報に、鹿島はいつも断る理由の欠片さえ思い浮かばない。恋人の父親との同席ともなれば、公の場で結婚話へと距離を縮めてくるだろう。
「……ああ、」
鹿島は回らぬ頭で、生返事をした。
(パーティー……か)
なぜか。
たくさんの料理を前にして、わあっと喜ぶ小梅の顔が浮かんだ。そのふっくらとした唇が、興奮した様子で「これ、全部食べていいんですか?」と言った。
「それで、どんなドレスを着ていくのが良いのかしら?」
ごそ、と横でシーツが擦れる音に、意識を引き戻される。
「んー、この前の濃紺のやつでいいんじゃないかな」
「あら、要さん、覚えていないのですか? あれは前回、着たものですわ」
「別にいいじゃないか」
「まあ! そんな風に無頓着だから、わたくしが大同さんに叱られるのですよ!」
「叱られるって? 何を?」
「もう少し要さんを立ててあげてくれ、って」
「大同が?」
そういえば最近、何かのパーティーで花奈に会ったと言っていたな、まどろみの中思う。
「そうですよ。わたくし、パーティーの出席者の皆さんに、要さんがわたくしに同じドレスを着せていると思われるのは、我慢なりません」
(別に俺はどう思われようが、構わないのだが……)
大同が言ったという、『俺を立てる』ってのの意味が違うだろ、と不服に思う。すると、腹に鉛でも抱えたような異物感を感じて、胃の痛む思いがした。
今までは。目を瞑ってやり過ごしてきた『本音』がちらりと、こちらを覗いてきた気がして、鹿島は目を瞑った。
すると次には、マイバックを見せると、意気揚々としてポイントカードにスタンプを押す小梅の笑顔が思い浮かんできた。
「あと三つで、100円引きですよ。頑張ってくださいね」
そう言って、笑う。
「頑張って、はねえだろ。それじゃあ買いに来いって催促してるようなもんだぞ」
秋田が小梅の小さな黒髪の頭を、グーで小突く。
「痛あ、秋田さん、言っておきますけどこれはれっきとした営業ですよ」
「100円ごときで……」
「あっ! それ絶対に言っちゃいけないやつっ。100円を笑うものは100円に泣くですよ。100円って大きいんです。ウマイ棒が……」
「分かった分かった、10本買えるってんだろ。実際は買えねえけど」
「鹿島さんは、100円の重み、分かってくださいますよね? 100円あれば、チロルチョコが10個、」
「うるせえ、もう分かったっつーの。鹿島さんもこんなの相手にしてないで、さっさとこれ持って帰りな」
秋田が呆れ顔で、ビールの6本ケースを渡してくる。鹿島は笑って、それを受け取った。
「あはは、なんか漫才でも見てるみたいだ」
笑いが込み上げてくる。それはいつも商談の席で使う作り笑いではなく、心からの可笑しみの笑いだ。
「どうされたの? 何が可笑しいんですか?」
その声で正気を取り戻すと、花奈が覗き込んでいる。
自分の顔に、残る笑み。まどろみの中でさえ、小梅を思い出して笑っていたことを知ると、鹿島は正直それを心地よく思った。
「ん、何でもない。ただの思い出し笑いだよ」
「ねえ、そんなことより、新しいドレスを買ってくださらない?」
その言葉を聞いた途端に、げんなりする。
眠気もすっかり飛んでしまったが、このまま花奈と話し続けるのもおっくうだと思い、目を瞑った。
「要さん? 寝ちゃったの?」
(金に困らない生活をしているというのに……)
鹿島は常に何かに対する渇きのようなものを感じながら生きていた。物足りなさとして現実のもと、その姿は露わになっていく。小梅を思い出すだけで、それは乾燥した砂漠が水を吸っていくように、みるみる満たされていくというのに。
花奈の浪費癖に付き合うことで埋められるものでもないし、欲しいものをねだられる度に二人の溝が深まっていくことに、最近は辟易してしまっている。
「良いドレスを見つけたの。わたくしにとても似合うと思います」
疲れた身体に花奈の声がまとわりついてきて、さらに重だるくなった。
「ねえ、要さん、要さんってば! 新しいドレスを着たわたくしをご覧になりたくはないの?」
揺り起こしてくる花奈を無視していると、次には頬をつねってくる。
「新しいドレス買ってくれるとお約束していただくまで、寝かせませんよ」
猫なで声を出して可愛らしさを演出しているが、実際のところ鹿島はそれを一度も可愛いと思ったことはない。
「ちょっと、要さんっ」
眠ったふりも疲れるものだ、そう思いながらごろっと横になり、枕に顔を埋める。
すると根負けしたのか、花奈がベッドから出ていった。その足音で相当怒っていると分かる。
(面倒だな……けれど、初めて花奈の要求を無視してしまった)
しばらくすると、薄く開いたドアの向こうから、花奈のたかぶった話し声が聞こえてきた。
「もしもしママ? あのドレスなんだけどね。要さん、約束する前に寝ちゃったの……うん、分かってるって。また明日、頼んでみるけど。店長に言って、もう少し取り置きしてもらってて。え? できない? ……って、もういいっ、パパに代わって。パパから頼んでもらうから」
耳を、目を……五感の全てを塞ぎたくなる気持ちになる。身体は仕事で疲れていて、そしてそれと同様に心も疲弊していく。
小梅の笑顔を思い出す。何度も何度も。
すると途端に、すっと心が軽くなる。
一種の清涼剤のように、小梅の笑った顔は、鹿島を清々しくしてくれるのだ。
眠気が戻ってきた。眠れそうだ。そしてようやく、意識を手放した。




