twenty (side 鹿島)
「お疲れ様です。今日も暑いですねえ」
モリタに入る前にネクタイを緩めたのを見られたのか、小梅がにこやかな顔で声を掛けてくる。客はまばら。レジには多摩が入っているので、どうやら品出しに回されたようだ。
惣菜コーナーをうろうろとしていると、小梅が隣に並んできて、少し驚いた。
「こんばんは。今日も暑かったよ」
横をちらと見ると、ふふふと笑いながら、小梅も鹿島を見ている。
「あんまり暑いんで、今、冷凍食品のところで涼んでました」
人懐っこい笑顔。可愛いなと思った。
(ちょっと待て、可愛いなはまずいぞ。自分の歳を考えろよ)
頭の中で計算しなくても答えは出ている。そのくらい、ここ最近ずっと頭を占めていることだ。14歳の差は大きい、と。
(19歳から見たら、俺なんておっさんだよな)
花奈は、この前の誕生日で28歳になった。33の自分にも花奈の歳は丁度いいし、釣り合っているとも思う。
鹿島はそんなことをうだうだと考えながら、惣菜に手を伸ばした。
外食ばかりだった鹿島の夕食は最近、こうしてモリタの惣菜へと少しずつ移行している。
花奈と会う時はいつもスーツで食事なので、堅苦しい。こうしてネクタイも緩めてしまえば、首回りもとても楽になるのだということを、最近になって知った。
「あー」
残念そうな小梅の声に、鹿島は我に返る。
「惜しい。実はその隣のやつ、私が作ったんですよ」
手に取った春雨の隣には、ポテトサラダのパック。
「って言っても味付けは秋田さんですけどね」
「そうなの? じゃあ、こっちにしよう」
鹿島が、春雨を置いてポテトサラダを手に取る。
「え、良いんですか? 嫌いじゃないです? 玉ねぎ入ってますよ?」
そのきょとんとした小梅の顔を見ると、腹の底から小気味の良い笑いが上がってきて、鹿島は声を上げて笑った。
「ははは、玉ねぎは生なら食べれるんだ」
「普通、反対のような気がしますけど、ね」
「ポテトサラダは好物だよ」
「わあ、良かった良かった……」
良かったをもう一度言おうとした時、小梅の頭の上に大きな手が乗った。
「あ、うわ、秋田さん」
「こ・う・め〜。俺の作った春雨を差し置いて、切って混ぜただけのお前のポテトサラダを勧めるとは。良い度胸だな」
後ろから白衣のエプロンをした秋田が、小梅の頭を押さえつける。
「ちょ、ごめんなさいっ。だって、ポテトサラダが売れ残ったら、私の責任になっちゃうから」
鹿島は、ぶふっと吹き出した。
「春雨も買うから、まあ許してあげてくださいよ」
「まったく、鹿島さんは小梅に甘めえんだからよ」
「わわわ、ほらあ、秋田さんのせいですよ。大切なお客さまに余計なお金を使わせちゃダメです」
鹿島はその言葉を聞いて、心に引っかかるものがあった。
(……大切なお客さま、か)
秋田が離れていって調理場へと戻っていく。その後ろ姿を見ると、鹿島は先日交わした須賀との会話を思い出した。
「この後も、仕事なんだって?」
「はい。須賀さんに聞きました? 私、掛け持ちしているんです。ダブルワークってやつですね」
「夜遅くに帰るの、危なくない?」
「大丈夫です。次のバイト先、隣だし。家もここから近いんです。あっという間に着いちゃうから、大丈夫ですよ」
「そうなんだ。頑張るね」
へへと、そうは高くない鼻を人差し指で掻きながら、小梅が言った。
「……私、超絶、貧乏なんで。だから、頑張って働かないと」
この時、満面の笑顔で言った小梅の言葉が、鹿島の中にじわりと入り込んできたように思った。




