nineteen (side 鹿島)
「僕の彼女がですねえ、昆布好きで、昆布のお菓子を探してて」
須賀の第一声で、なぜか鹿島はほっと胸を撫で下ろした。
(須賀くん、彼女いるんだ。知らなかった……)
お互いに突っ込んだプライベートの話はしない。須賀には運転手兼、秘書の深水のサポートを頼んでいるが、運転中は鹿島が携帯で喋っているか、眠っているかなので、こうしてじっくりと対面で話したこともなかった。履歴書は頭に入っているが、それには恋人の有無などは書いていない。
「昆布とは、若いのに珍しいね」
「渋いものが好きなんですよ。こたつとか抹茶とか」
「へえ。歳上なの?」
「いえ、歳下です」
須賀もまだ若いはずだが、と頭の中を探る。履歴書からいくと今は25歳くらいだ。
「若いね」
年寄りみたいな言い方だ、と思って、苦笑する。飲み仲間の大同に聞かれたら、きっとバカにされ大笑いされるだろう。
「小梅ちゃんの方が若いですよ」
話題が戻り、ドキッとする。
「そ、そうなんだ、彼女は幾つなの?」
「まだ19です」
鹿島は驚いて、仰け反った。
「ええっ若っ」
(うわ、ついこの前まで女子高生だったのか)
「ですよね。あの歳でもう働いているなんて、感心しますよ」
「大学生か……」
「大学は、行ってないんじゃないかな」
「え? じゃあ、高卒で働いてるのか?」
「……平日の昼間もフルで入っているみたいし、たぶん」
「若いのに、すごいなあ」
感心していると、須賀が昆布の菓子が三つも入れられたビニール袋をガサと音をさせて、助手席に置いた。
「彼女、この後も仕事入っているんですよ」
その拍子に横に置いたカバンがバタッと倒れた。思いも寄らぬ須賀の言葉に、耳を疑って、手を離してしまったのだ。慌てて背もたれにカバンを立てかけ直した。
「え? 今からか?」
腕時計を見る。閉店時間の少し前だ。
「隣に喫茶店がありますよね」
「喫茶メープル?」
「はい。モリタが終わると、そっち移って日付け変わるまで働いています」
「嘘だろ。それはすごいな」
小柄な身体に元気な笑顔。けれど、まだ子どもだ。そんな丸一日ぶっ通しの働き方を夜遅くまで続けているとはと思うと、頭の下がる思いがした。
「っていうか、須賀くん、小梅ちゃんに詳しすぎだろ」
須賀が「小梅ちゃん」を連発するので、うっかり自分も名前呼びをしてしまった。少しだけ照れる。けれどそれにはスルーで、須賀が言葉を続けた。
「あの後、結構モリタで買い物してるんですよ」
「……あの後って?」
「花奈さんの誕生日の日です。社長、花束作ってもらったって……」
「あの日?」
「それから次の週だったかな。サツキフラワーにカタログを選びに行かれたじゃないですか。その時に、飲み物を買いに行ったんです。ここら辺、自販機がないから」
「そうだったんだ……」
最初は、驚きだったはずだ。
「その時に小梅ちゃんと話したんですよ。その……花束についてお礼を言おうとして」
「……ああ、そう」
どうして須賀くんがお礼なんか言うんだと思ったが、ふいっと横を向いて何とか気持ちをスルーさせた。
「花奈さんが、花束を気に入ってくれて、社長と上手くいくと良いんだけどって、そればかり心配していましたよ」
「…………」
須賀と小梅が自分が知らない時間を共有している。驚きだけだったはずの心が、またもやもやとし始める。
「小梅ちゃん働き者だし、いつも明るくて皆んなに好かれてて……すっごく良い子ですね」
「……そうだな」
鹿島は、胸に手を当ててから息を深く吸うと、車の窓から見える景色に、目を移した。




