fifteen (side 鹿島)
「それはすげえな」
焼き鳥を串ごと咥えながら、大同 匠は言った。
「普通、そこまではやらないだろ」
鹿島は生ビールを飲み干すと、手を上げて店員を呼ぶ。
「生中、もう一つですね」
店員が去ったのを見て、鹿島も焼き鳥を手に取って咥えた。
「だろ? 家まで運んでやるんだぜ。宅配ならまだしも、そんなサービスなんてあるか?」
「無いな」
大同の即答に、そうだよなと畳み掛けると、それで満足して、焼き鳥をほうばった。
大同は、同じく経営者仲間として、焼き鳥が塩かタレかで揉めることのできる長い付き合いの親友だ。大同とは、このような安い居酒屋でも楽しく呑むことができる。商売相手や競争相手などと呑む機会の多い鹿島にとって、大同は心の許せる友の一人だ。
「心が澄み切ってるな」
大同が、綺麗にさらえた串を串入れに突っ込む。
「ああ? どういうことだ?」
鹿島が、同じように串を突っ込むと、大同はすかさず次の串を掴んだ。
「おい、それ、俺の塩だぞ」
「たまには違うのがいい」
「だったら、頼めよ」
「いいじゃねえか。んー美味い」
すでに口の中で咀嚼されている塩を早々に諦めると、反撃と言わんばかりに、大同の皿からタレを掴む。
「俺らと違って善人、ってことだよ」
「ああ、そうだな……って、待て待て。お前は悪人だが俺は善人だからな」
「花奈さんは?」
突然、恋人の名前が出て、少しだけムッとする。
「……花奈は善人だよ」
「金をむしり取られているのにか?」
「人聞きの悪いことを言うな」
「本当のことだろう? あれ。見たぞ。チョーカーだっけ? コラボのやつ。お前、奮発したなあ」
「金額はいいんだ。たいして気にしていない。大同、花奈に会ったのか?」
「キタヤマの創立記念パーティーでな。めちゃくちゃ、見せびらかしていたぞ」
「ああ、そうだった。そういえば、着ていくドレスも買わされた。グリーンのだ」
店員が生中を運んできて、無造作に置いていく。鹿島はジョッキを持つと、喉へと冷えたビールを流し込んだ。
「不憫なやつ」
「うるさい」
「お前と婚約してると言いふらしているぞ」
「まあ、いつかそうなるだろうな」
「はああああ、」
大同が大袈裟に溜め息を吐く。
「お前が結婚するとはなあ」
「……結婚、か」
花奈なら申し分ない。取引先の令嬢だ。この先、商談にも有利になるし、美人だし、そこそこ有能とも言える。欲しがるものを買い与えておけば機嫌もいい。金はかかるが、妻として置いておいても、邪魔にはならないだろう。
「邪魔にはならない、ってな‼︎ お前、愛はないのかあ、愛は?」
随分とビールが進んで、酔いが回った大同を見るのは、まあ楽しい。けれど、花奈や花奈との結婚の話は、あまり乗り気にはなれない。
鹿島は、話題を変えようとして、回らぬ頭の中を探った。すると頭の中に、小梅の笑顔が浮かんだ。
鹿島が再度、小梅のことを話そうと顔を上げると、大同は腕組みをしたままゆらゆらと舟をこいでいた。




