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thirteen (side 鹿島)



「すみません、うち、カード使えないんです」

「え、あ、そうなの?」


初めて断られたな、そう思いながらカードを受け取ると、慌てて財布へと仕舞った。仕舞っている間に、小梅が話し掛けてくる。


「いまどき、カードが使えないなんて、はあ? ですよねえ。本当にすみません」

「君が謝ることじゃないよ」

「ふふ、アナログ店長が頑固で、頑固で」


温和な店長の顔を思い浮かべる。


「え、あの店長がかい?」

「ゆるキャラみたいな見かけに騙されちゃ駄目ですよ」


一万円札を差し出したのを、小梅が頭を下げつつ両手で受け取る。


「それにしてもですよ。時代遅れも甚だしいですよ! スマホ決済ができないのはまあ許せるとしてクレジットカードが使えないだなんて! 原始時代ですかってことですよ」

「はは」


慣れた手つきでレジからお釣りを出す。鹿島にそれを渡してから、ビールを袋に入れた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


鹿島が受け取ると、小梅が笑った。


「こちらこそ、ありがとうございますっ」


短いが、心地よい会話だった。


(こんな買い物なら、また来てもいい)


そう思いながら、レジ横の荷台にビールを置いて、受け取ったままの釣り銭を財布へと仕舞おうとした。


「小梅ちゃん、今日も元気そうね」


振り返ると、少し腰を曲げた老齢の女性がレジに並んでいた。カートに乗ったカゴには、食料品がなかなかに積まれている。


「古賀さん、久しぶりだね」


小梅が、ちゃきちゃきとレジを済ませている。その様子を斜めに見ながら、鹿島は小銭を財布に入れた。

その間も小梅とお婆さんの会話は尽きない。聴いているだけで、何度も吹き出しそうになった。


そして、鹿島がビールを持って、立ち去ろうとした時。

荷台の隣に、どかっと大きな音をさせて、商品で山盛りのレジカゴが置かれた。

驚いて見ると、小梅が抱えてきたようだ。


「わ、すごい」


鹿島が、思わず口走ると、隣に立つ小梅が笑って言った。


「力持ちでしょっ」


小柄な身体にまるで似合わないその言葉に、鹿島は笑いそうになった。けれど、実際笑ったのは、お婆さんだった。


「ははは、小梅ちゃんってば、頼りになるんだから」


お婆さんが手提げバッグを渡し、それを小梅が受け取った。


「ふふ、古賀さんにだけだよ。こんなサービスっ」


二人はにっこりと見合って、袋に食料品をどんどんと放り入れていく。空になったであろうレジを見ると、先日花束を作ってもらった時にレースのナフキンを持ってきてくれた中年の女性が、いつのまにか代わりを務めている。


「多摩さん、ありがとうっ。いってきまーす」


小梅が声を上げる。


「いいよー、いってらっしゃい」


袋に詰め終わり、あっという間に空になったレジカゴを戻すと、「じゃあ、古賀さん、行こうか」


小梅はいっぱいのレジ袋を両手に持って、お婆さんの横を歩いていく。

鹿島は呆気に取られていたが、重そうなレジ袋を見て、小梅の隣へと走った。


「ひとつ、持つよ」


このような行為は、レディーファーストを声高に主張する花奈に調教されて、自然に身についている。


「いえいえ、大丈夫です」

「えっ、と、ご家族?」


店の外で問う。違いますよ、という答えと、「小梅ちゃんはねえ、いつも私の家まで持ってきてくれるのよ。年寄りに優しいの」


「え? そうなの?」


スーパーのレジ係とは、そんなことまでしなくちゃいけないのか、と正直思った。

えへへ、と笑って、小梅ははにかんだ。


「お得意さまだもの」


がさ、と音がして、小梅が歩き出す。


「それじゃ、さようなら。良かったら、また買いに来てくださいねー」


小梅の代わりに、お婆さんが手を振った。鹿島は、ビールを持つ手を替えてから、手を振った。


二人、並ぶ背中。小梅の小柄な体も、お婆さんの曲がった背中も、どちらもが小さく見える。

暗闇に。溶けるようにして、消えていき、小梅の笑い声だけが残った。

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