twelve (side 鹿島)
ほんの気まぐれだった。
カラーとラナンキュラスの花束のお礼を言いたかったわけでもない。
取引先の社長の息子がバーを出店したと聞き、サツキフラワーへ開店花の依頼の電話をすると、皐月が「ちょっとカタログを見に寄ってくれない?」と言った。
「花は任せるよ」
『カタログががらりと変わったのよ。悪いけど、選んでもらわないと困る』
「めんどうだなあ」
『今度はちゃんと、お茶ぐらい出すから』
電話越しにくすくすと笑う皐月。
鹿島は、やれやれと思いながらも、仕事帰りにサツキフラワーに寄った。カタログから商品を選び、コーヒーを飲んでから店の外へと出ると、視界にあのスーパーが飛び込んできた。今日は閉店前の時間なので、客もまばらにいる。
(ちょっと、買い物でもしていこうか)
軽い気持ちで、自動ドアに立った。店内へと入ると、右手のレジに小梅が立っているのが見えたが、先に買い物と思い、店の奥へと進んでいった。
(こんな風に買い物するなんて、コンビニぐらいしかないからな)
そのコンビニさえ、一ヶ月ほど前のことだ。このスーパーでいったい何を買ったらいいのか、迷いながらもビールの6本ケースを一つ、手にした。
ワインの棚の前へと移動する。
(ああワインはやはり、良いものは置いていないな)
見たことのないワインのラベルと値札を前にして、鹿島は苦笑した。
(まあでもビールなら国産だし、どこで買おうが同じだからな)
ビールを持って店内を横切り、レジへと向かう。
レジは二列だったが、小梅の方へと並んだ。前に並んでいる客に話しかけているのか、笑顔を振りまいている。
(愛嬌のある子だ)
前へと進む。小梅は鹿島の顔を見つけると、ぱあっと笑顔を浮かべた。
「この前のっ! 花束の人っ」
「あの時はありがとう。助かったよ」
「あ、喜んでもらえましたか? 彼女さんに」
「ああ……すごく喜んでいたよ」
そう言いながら、鹿島はにこっと笑顔で返した。
誕生日の次の日の朝、まだキッチンのシンクに横たえられていた花束を、鹿島は牛乳を飲み干しながら、遠い目で見つめていた。
花奈はまだベッドの中だ。仕方なく引き出しから花瓶を出すと、中に水をなみなみと注ぎ入れ、そして花束を入れた。
透明なガラスのシンプルな花瓶にラナンキュラスが色を添えて、とても美しかった。それをシンクに置いたまま、鹿島は当分の間、見つめていた。
そして結局。
花奈は花束を持って帰らなかった。
帰り際、「リングを忘れないで。ちゃんと深水さんに頼んでおいてくださいね」と念押ししながら。
子どもに言い聞かせる母親のような花奈の顔が、脳裏に浮かんでは消えた。
「とても気に入ってもらえたよ。ありがとう」
「良かったあ。すごく気になっていたんですよ」
ふふふと笑いながら小梅がビールのバーコードをレジへと通すと、鹿島は胸の内ポケットから財布を出した。
「クレジットカードで」
ブラックのカードを受け皿に乗せる。すると、小梅は眉を下げると、申し訳なさそうに言った。




