ten (side 小梅)
「高望みなんですけどねえ……」
自信のなさが表れる瞬間。ちょっとだけ卑屈?
えへへ、と頭を掻きながら言うと、いつも多摩さんが良いようにフォローしてくれる。
「なに言ってんのよ。小梅ちゃんにはちゃんとハイスペックでチートな彼氏ができるに決まってるでしょ」
「ハイスペック? チート?」
「よくわかんないけど私の娘がねえ、いっつもそれ言うの。ハイスペックとかチートってのは良く出来た男っていう意味。小梅ちゃんならともかくよ。うちの娘にそんなの来ると思う?」
顔を歪ませて言う多摩さんが面白くて、私は笑った。
「私にだって、そんな人、現れませんよー」
「この前の花束の人、いかにもハイスペックって感じだったねえ」
「ふふ、そうですね。恋人に花束をプレゼントするなんて、絵に描いたような王子様です」
「本当にね……ねえねえ、メープルの双子のどっちか、まだ一人結婚していないよね?」
メープルとは、私がダブルワークしているお店のことで、スーパーモリタの隣の喫茶店兼バーのことだ。
「真斗さんですか? 独身と見せかけたバツイチで、しかも元ヤンです」
「ええええー。隼人くんの方はよく買い物に来てくれるから知ってるんだけど……真斗くんはあんま顔見せないからねえ。バツイチでも良いんだけど……元ヤンかあ。怖い?」
「怒らせると」
「うーん、うちの娘、気が弱いからだめだな」
「多摩さんにはお年頃の娘さんがいますってこと、一応伝えておきますね」
「うん、まあ、一応よろしく……あ、あとこれ良かったら食べてー」
多摩さんから手渡された紙袋。中を見ると、タッパーが動いてがさがさと音がした。
「パンの耳、たくさんもらったから、パン耳ラスク作ったんだ」
私は顔を上げて、言った。
「パン耳ラスクっ! 私、大好きですっ」
「でしょー。たんと食べな」
「多摩さん、いつもありがとうございます」
多摩さんはいつもこうしてスイーツを手作りしては、おすそ分けしてくれる。食料の中でなかなか手が出せないものナンバースリーに入っているスイーツ。三位がそのおやつで、二位は果物、一位はお肉だ。
私にとって、多摩さんのスイーツは格別で、おすそ分けをいただいた日はもうそれだけで、帰り道の足取りも軽い。
周りをキョロキョロと見回すと店長や秋田さんの姿はない。そっと、タッパーの蓋を取って、一つ口に入れた。
サクサクと、口にシュガーの甘みが広がっていく。
「んんーー、最高に美味しいです」
多摩さんが笑いながら、「小梅ちゃん、いいって! 堂々と食べなって! うちの店長がなーーんも文句言わない人だって、知ってるでしょ!」
バシンと背中を叩くので、ラスクの粉が鼻の奥から入りそうになって、むせる。
「多摩さんー、手加減してくださいよ。それに、秋田さんに見つかったら最後ですよ。小梅っ、サボってんじゃねえぞ! ってね」
「秋田っちのモノマネ、めっちゃ似てるう」
あはははと多摩さんと笑いあう。
閉店。
私はモリタのエプロンを脱いでレジ下の棚に突っ込み、タッパーをカバンに押し込むと、お疲れ様でしたーと叫んで隣の喫茶メープルまで走った。




