かゆいかゆいの魔法はくすぐったい
「ね、一緒に帰ろ♡」
「うーん、無理!」
渾身のお誘いをスルーしたアイツの後ろ姿を見ながら、チクンと痛む胸に、魔法をかける
かゆいかゆいの魔法は私だけの魔法
喰らったダメージを跳ね返す、とっておきの魔法
広がる、広がる、私の記憶
ほんのり憧れた教生の先生と、内緒で手をつないだ瞬間
先輩の彼氏にこっそり渡した、小さなチョコレート
机の中に入っていた、へたくそな字で書かれたラブレター
ハートがくすぐったくなる、とびきりの魔法
思わずニコニコしちゃう、ナイショの魔法
「ライン交換しよ♡」
「彼女いるから、ごめんね」
にっこり笑って背中を向けたイケメンを見送って、ムカつく胸に、かゆいかゆいの魔法をかける
かゆいかゆいの魔法は私だけの魔法
不機嫌なオーラを吹き飛ばす、とっておきの魔法
広がる、広がる、私の記憶
かっこいいお兄さんにナンパされて、ドキドキした瞬間
真面目な委員長のメガネを外して、唇を寄せた時
読モのチェキ会で、金を積んでゲットしたハプニング
心がくすぐったくなる、とびきりの魔法
思わずにやける、ヒミツの魔法
「次いつ会えますか♡」
「すみません、仕事が忙しくて」
申し訳なさそうに頭を下げたおじさんに見切りをつけて、煮えくり返るはらわたに、かゆいかゆいの魔法をかける
かゆいかゆいの魔法は私だけの魔法
怒りで沸騰する私の頭を冷ます、とっておきの魔法
広がる、広がる、私の記憶
初めて告白をして、ありがとうと言ってもらえた瞬間
初めて好きな人に嫌いと言われて、平手打ちをお見舞いした時
初めて金でイケメンをゲットして、友達に自慢して回った日々
心がくすぐったくなる、とびきりの魔法
思わず笑ってしまう、ヒミツの魔法
声をかけてみようかな、やめようかな
私の事、好きかな
何が好きなのかな、話してもらえるかな
昨日のこと覚えてるかな、忘れてないかな
片思いをしていた頃の、くすぐったい気持ちを思い出す
抱きしめて欲しいな、抱きついちゃおう
甘やかしてくれるよね、好きなんだもんね
愛されてるな、うれしいな
いつプロポーズしてくれるかな、もうじきだよね
両思いだった頃の、くすぐったい気持ちを思い出す
かゆいかゆいの魔法は、くすぐったい
恋をしていた頃の、くすぐったい気持ちが、かゆくてかゆくてたまらない
思わず頭を抱えたくなるような
思わず大きな声を出したくなるような
思わず全身をかきむしりたくなるような
かゆいかゆいの魔法を発動するたびに思い出される、いろんなエピソード
いろんな恋を、してきたなあ
いろんな人を、好きになったなあ
いろんな事が、あったなあ
いっぱい失敗したなあ
いっぱい恨まれたなあ
いっぱいお金払ったなあ
恋をしなくなって、もう何年?
人を好きになったのは、いつのこと?
枯れた自分に、今日も一生懸命、魔法をかける
……大丈夫、私には、かゆいかゆいの魔法があるもの
くすぐったいと思えるうちは、まだ、大丈夫
くすぐったい気持ちが思い出せるうちは、まだ、大丈夫
仲良く手をつなぐおじいちゃんとおばあちゃん、くすぐったかった
会社帰りに見かけた学生カップル、くすぐったかった
昨日読んだ恋愛小説、くすぐったかった
くすぐったいという感覚があるうちは、まだ、大丈夫
まだ、大丈夫……
私は、新しい出会いを求めて、マッチングアプリのページを開いた




