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6.ヨサク、勇者の先生《マスター》になる

 ヨサクが考えたのは、勇者であるフレアは力が強すぎて加減が難しいのではないかということだった。

 地道に教えればきっと加減できるようにもなるはずだが、まずは何かしらの成果がなければ面白くないだろう。


「まず、鍋に水を汲んでみよう」

「はーい」


 フレアは、こんな雑用すらやったことがないらしく、森の小川で水を汲むことすら楽しそうであった。


「まず、外の水は必ず一度沸騰させてから飲むこと。そのために必要なのはわかるかな」

「はい! 鍋に聖剣の炎をぶつける」


 紅王竜との戦闘を思い出して、ヨサクは顔を青くする。


「それは、森が火事になるからやめよう」

「はい!」

 

 もともと、炭焼きのために伐採していた場所だったから良かったが、森の中で炎を撒き散らされては山火事になってしまう。

 これは、責任重大だなとヨサクは気を引き締める。


「よ、よし。じゃあまず、次はかまどの作り方を教えるぞ」

「はい!」


 返事はいいんだけどなと、苦笑しながら、フレアは初歩の初歩すら知らないと想定し、注意深く観察しながら教えることにする。

 それは、難しいことではない。


 ヨサクが教えるのは、ど田舎の冒険者であれば常識的なスキルである。

 野営(キャンピング)のスキルがなければ、一日もたたずにヘタってしまうのが冒険者だ。


 不器用ながら、ヨサクが教えた通りにかまどをこしらえて炭に火をつけることができたフレア。


「よし、あとは水が湧くのを待つだけだ」

「ボク、こんなこと初めてやりました」


 そう言って、紅玉のような瞳をキラキラと光らせるフレア。


「うん、初めてにしてはよくできたと思う」

「にひひ」


 健康そうなギザ歯を光らせて、フレアは嬉しそうに笑う。

 都会の冒険者とは、一体どんな冒険をしているのかとヨサクは不思議になって聞く。


「フレアの冒険者ランクってなんなんだ。Aか、もしかすると伝説級のSなのか?」


 ヨサクが聞くと、首を横にふる。


「ボクはランク外だから、ランクはないよ」

「そうなのか。さすがにAはないよな」


 このあたりで一番大きなヒルダの街の冒険者ギルドでも、一番強いAランクが一人いるだけだ。

 いくらなんでも子供がAランクはないよなあと、ヨサクは思う。


 ちなみに背丈が小さく見えるがフレアは、この国の成人である十五歳だから大人であり、勇者であるフレアはSランクも超えた特別扱いをされている。

 フレアだけでなく、都会の強い冒険者ならドラゴンくらい倒すだろうと思っているヨサクも、どこかずれている。


「よしじゃあ、さっきの肉をこのナイフで切って入れてみよう。ぶつ切りになってもいいから、そっと、そっとね」


 さあここからだ。


「あっ」


 スパンッ!


「大丈夫。失敗してもいい、大丈夫だから。優しく、優しく撫でるように切るんだ」


 フレアは持ち前の怪力を発揮してまな板まで切ってしまったのだが、さっきよりはだいぶ力の加減ができている。

 もう、見ているだけでは耐えきれずに、ヨサクがフレアの手を持って教えてやる。


 すると。


 スパン!


「できた!」

「おお、上手い。その調子だ」


 フレアは、ついに普通の肉を切ることに成功した。

 何度もやるうちに、加減して肉を切ることがだいぶできるようになってきた。


 ヨサクはその間に新しいまな板を用意して、フレアが切った肉を持ってくる。


「よし。じゃあ、こっちの鍋に、切った肉を入れてみよう」

「はい!」


 あとは、煮えるのを待つだけだ。


「よおし、できたなあ」

「ヨサクは凄いね」


「どこが」


 何が凄いというのかと、ヨサクは不思議そうに聞く。


「だって、ナイフと木片だけでまな板でもサジでも何でも作っちゃうじゃん。まるで、魔法みたい」

「これくらいのこと、フレアでもすぐにできるようになるよ」


 木で道具を作るのは、村の子供でも見様見真似でできることだ。

 年寄りたちは腰が痛いだのなんだの愚痴りながら、ヨサクよりも熟練の技でなんでもやって見せる。


「そうかなあ」


 フレアは、素直だから教えればできるようになるだろう。

 やろうとしないからできないと思うだけで、やろうとすればできることは多い。


 きっと、フレアにこれまで誰も教えようとしなかっただけなのだ。


「ほら、フレアの作った料理ができたぞ」


 お椀によそってやる。

 ズズッと汁をすすると、フレアはにぃと笑った。


「美味しい」

「だろう。できたじゃないか。フレアは俺よりも強いし、俺が知らないことをたくさん知っているのだから俺よりも凄いよ」


 野草を煎じたハーブティーを用意しながら、そう言って笑いかける。

 そんなヨサクの横顔を見上げながら、フレアは自慢するように言った。


「ボクは魔物には詳しいよ! ほら、この竜の心臓は万病に効く秘薬になるんだって聖女が言ってた」

「万病に効く秘薬だって!?」


 フレアがヨサクに見せようと切り出してきたのは、グロテスクで巨大な心臓だったのだが、

 それに臆することなく、ヨサクは身を乗り出してきた。


 やけに乗り気なヨサクに、フレアはビックリして言う。


「う、うん……。薬にするのに、ボクは作り方を知らないんだけど」

「それなら薬師がいるから問題ない。どうか、それを俺に譲ってくれないか」


 村にどうやっても治らない死病で臥せっているばあさまがいるのだと、ヨサクは頭を下げる。


「もちろん、全部あげてもいいって言ったじゃん」


 勇者であるフレアが必要なのは、封印するために切り取った『邪神の欠片』だけで、あとは興味が無いのだ。


「いや、さすがにこんな凄いものをもらうのに、タダと言うわけにはいくまい」


 かといって、交換に渡せるものもないしと、困っているとフレアは言う。


「じゃあ、このヨサクの外套(コート)をくれるかな」


 フレアは、着せてもらった外套を握りしめて言う。


「もちろん、そんなものでいいなら構わないが、そんなものでは足りないだろう」


 それでは、あまりにもヨサクが得をしすぎていないかと悪く思う。

 フレアは少し迷ったように、言った。


「それじゃあ……。ヨサクがボクの先導者(マスター)になってよ」

「ああ、そんなことでいいのか。俺が先生(マスター)として教えられることなんて、そう多くはないが……そうだな、あとはそれくらいしかないか」


 ヨサクにあるのは、この身一つだ。

 俺は新米冒険者を教えるのは得意だからと、ヨサクは胸をポンと叩いて言う。


「ボクの先導者(マスター)になるって約束するんだね」

「ああ、俺は必ず約束は守る。お前の先生(マスター)となって、教えられることを全て教えよう」


 あとで、とんでもない約束をしてしまったとヨサクは知ることになるのだが……。

 ともかくこうして、ヨサクはフレアの先生(マスター)となったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 僕と契約してマスターになってよ。 恐らく日本語に近い世界なのだろうが、言葉って難しいよね。 あとマスターという単語から、セイバーが浮かんでくるミーム汚染。 頭の中の赤勇者が、赤セイバ…
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