[超短編] 缶コーヒーの懺悔
私は、就職活動である会社の面接に行った。大きな会場に、100近い小さなテーブルが並べられ、学生が面接官と一対一で話しては、交代して退出する。
その日の私は、面接官との相性が良く、話が弾み、手応えがあった。終わって会場を出ると、ちょうど同じタイミングで終わった学生がいて、2人でエレベーターに乗る。
エレベーターが動き始めると気が抜けて、ふう、と声が漏れ出た。同乗していた学生が振り向き、話しかけてくる。
「どうだった?」
馴れ馴れしい、とは思いながらも、気持ちが昂っていた私は、まあまあ、と答える。
「俺も。時間があるなら、お茶飲みながら反省会しない?」
就職活動中によくあるらしいナンパかと気づき、授業があるから、と断る。
「俺、坂本祐樹。きみは?」
ぐいぐいくる。都内出身で、私大のナンバー1だか2だかの学生らしい。私は、5番手だか6番手の大学で地方出身の女子。もしかして、私の知らない就職活動の情報を持っている?そんな打算が働いた。背も高く、顔も悪くない好青年だ。こういう苦労知らずのお坊ちゃんが、上手く世渡りするのだろう、と勝手にやっかんだ。
聞かれるまま、連絡先を交換した。
何通かのメールのやりとりの後、車で迎えに行くから夕食を一緒に、と誘いがある。おかしな男でないのはわかったが、目的が違う。
結局、ニットにジーパン、という出で立ちで待ち合わせ場所へ行った。
助手席に乗るなり、不服そうな揶揄いの声がする。
「なんで、おしゃれしてこないの?」
「あは…車だし、ファミレスかと思って…」
そうだ、私の大学名ならキラキラとおしゃれしてくると思うはずだ。
「はい」
缶コーヒーが渡された。こんなに、テンションの低い私のために、わざわざ用意してくれていた。後悔が過ぎる。
軽さが先に立つが、誠実でなくはない。話も面白い。
その後、何度も私の就職活動の愚痴や相談に付き合ってくれたが、いつの間にか連絡を取らなくなった。私の目的は果たされたが、彼の目的に沿わなかったのは間違いない。
できる限り、恩や義理を返そうとした。しかし、それは彼が望んだものではなかったし、そう気づいても、どう正せばいいかわからず、一方的に利用し続けた。
お坊ちゃんらしい人の好さが彼の美徳だったのに。
あれから、車中で缶コーヒーを渡される度に彼を思い出す。きっと彼は私のことなど覚えていないだろう。
私は二十年以上経った今も、心がちくりと痛む。
2022年12月〜2023年1月 連載中
「喪服の乙女の異名をもつ嫁き遅れ令嬢が恋に落ちるまでの七日間」
異世界恋愛、魔法なし、ざまあなし、1月中に完結です。
あらすじ
家族大好き、自分の街が大好き、仕事大好き、悲壮感のない嫁き遅れ令嬢18歳。
恋が何かも知らない状態から、真っ逆さまに恋に落ちるまでの七日間。
全身が震えるほどの恋? 人生を変える恋?