第8話
幕間
「雪ちゃん!」
病室に見覚えのある少女がスライドドアを開けて入ってくる。
「ふっ、どうしたの?歌音ちゃん。凄い元気じゃん」
「えっとね、いきなりだけどプリンあげる!」
歌音という名らしい少女は紙袋を渡す。佑たちと一緒にいた少女か。
「ほんとにいきなりだね、ありがと…ってこれ結構数あるね」
「雪ちゃんのお兄さんたちと、あと他のみんなとも食べてほしいなって」
「ありがと、歌音ちゃん。なんかいろいろ面倒かけちゃってごめんね。
あ、そういえばお兄ちゃんは元気かな、ほぼ毎日来てたのになんかここ2日来てないし」
歌音が少し気まずそうな顔になる。
「そ…そういえば見ないね、私も知らないかな。
ゴールデンウィークだから羽目を外してるんじゃないかな」
「あいつ不良気取りだからね、口調とか真似して変な人たちとつるんで…。
まぁ…お兄ちゃんがああなったのも私がいじめられるせいだけどね…」
「雪ちゃん!それお兄さんが言ったわけじゃないから雪ちゃんは気にしなくていいって何度も言ってるでしょ!
お兄さんはやりたいことやってる、ただそれだけだよ」
「あ、ごめんね…」
「すぐに謝るのもやめようよ、なんかこっちが申し訳なくなっちゃうじゃん」
「そ、そだね。毎日来るのもうざかったけど来ないのは心配になるね、シスコン呼ばわりしてたけど私も大概だなぁ」
「なるほどぉ、雪ちゃんはブラコン」
「違うよぉ」
そんな他愛もない話が病室で永遠と続いていた。
雪という少女は左足を怪我しているようだ、そういえばこれについて佑がなにか言ってた気がするな。
興味がなかったから全く覚えてないが。
第8話
時刻は8時、ニュースがずっと流れている。音は耳に入るが内容が全く頭に入ってこない。
沈黙が続いていた。
目の前にいるライが何も考えられないかのような虚ろな表情でずっと俯いている。
「ライ、大丈夫?」
と肩に触れる
「あ、はーくん…」
と意識がふっと戻ったようにこちらを見てくる。
「いやはーくんって誰だよ」
「あ、ちがっ…。隼人は覚えてないの…?」
「覚えてないね、嘘だとは思ってないよ。でもその状況が想像できないって言うか…」
「そうだよね、なんであんな状況になってたのか私にもわからないし…。あれがなんなのかわからないし」
「この宝石になにかあるとかかなぁ」
と触ってみたが、冷たいだけで特に何もなかった。
ふと裏を見ようと左手に持ち換えた。
その瞬間夜と名乗った名前のあの少年が渡してきたペンダントを思い出した、なぜ忘れていたかもわからないがなぜか忘れていた。
えっ、僕早くも老化かな…
そのことを思い出したと同時、手の中のペンダントが消滅し、また手元にペンダントが出現した。うまく持てずペンダントは落ちた。
「なんだこれ…」
「なにこれ…」
その様子を見ていたライもわからないようだった。
「思い出した記憶の中で僕が能力使ってたとかないの?」
「うん、思い出したのは本当に断片的だからね。
というよりこのペンダント似てるけど形違うものだね、洗濯しようとして見つけたけど、これ隼人が服に入れっぱなしにしてたやつだよ。
ディザイアみたいだったけど私が貰ったのと違ってなんか機能しなかったからどうでもいいかなって洗面に放置してた。」
「気になったなら、放置するなよ…」
「えへへ…、というか私が貰ったのは…どっか行ったのかな」
とライが目を瞑る
「うーん、何も感じないね」
「あと隼人の能力…わかんないけど多分物体の位置を動かすことができる関連のやつかな。サイコキネシス的な、これこそ超能力って感じするけどディザイアにしては珍しいというか、見たことないというか」
「もう一回やってみるか。あのリンゴを…」
と机に置いていた果物のかごの中のリンゴに左手をかざして力を込めてみたが、
………
特に何も起きなかった。
「ライ、何か条件とかそういうのあるのか?」
「うーん、強力なものだったら割と条件みたいなのあるけどそのものだけで完結するものが多いからなぁ。ほら見たでしょ?氷のディザイアの雪が降るの、そういうものがあるね」
「へぇ…、つまり氷のやつは雪降ってる環境じゃないと発動しないけど、発動すると雪降らせられるから単体でできてるってことか」
「でも条件あるもののほうが珍しいけどね、基本は無条件だよ」
また手に力を込めてみるが…
「うーんどれだけやろうとしても無駄か…」
「まぁ、別に時間ないわけじゃないんだから気長に調べて行こうよ」
「それもそうだな…」
「今日はどうする?橘歌音さんが言ってた、如月佑さんの妹、雪さんだっけ?…に攻撃を仕掛けた集団あたりを探るのがよさそうだけど」
「言ってもそれ以外情報ないしなぁ」
「…あれ?」
とライがテレビを指さした。
「嘘だろ…どういうことだ…?」
テレビにはずっとニュースが映っていたのだが問題はその内容だった。
夜凪町の事件の死亡者の身元が判明したというものでその人物の氏名が如月佑、椿葉迅だった。
真二のこともあって思うところがないではないが謎の方が大きい。
「発見されたのは3日朝みたいだけど、場所があのアパートってことは多分あの夜のあとかな…」
とライが考え込むようにそう話し出す。
「このこと橘さんはあの様子だと知らなさそうだけど…うーん」
「まず原因がわからないね…、さっき言ったとおり雪さんに仕掛けた人たち探る方がよさそうだね」
「雪さんに直接聞くのは無理だろうな、あまりに不躾だし…。
橘さんに聞いてみるのが一番良さそうだけど、普通に帰しちゃったから連絡先知らないんだよなぁ」
「とりあえずあの付近にでも行ってみる?」
「このままじゃなにも進まないしそうするしかないかな…」
それでアパート付近に来たわけだが…
特になにもなかった。
まぁ当然といえば当然だが。
「うーん全部片づけられたとかかな。ディザイアとかそういうのも含めてどこにも反応を感じないね」
「思ったんだけどディザイアの反応とかって?」
「そういう系統の能力だよ、探知っていうより感知みたいな表現が合うかも」
「色々あるんだね、僕もなんか役に立てればいいのになぁ」
「隼人も使いこなせるようになるときがそのうち来るよ」
「そうだといいんだけど」
お腹が空いてきた、ふと腕時計を見ると時刻が11時25分を指すところだった。
「もうすぐ11時半か。ライ、この辺りでご飯食べていくか?」
「うん。この辺かぁ、うどんとかどう?」
「うどんか、この辺だとあの店くらいしかないな。よし」
と場所はすぐ近くのれんを除けて引き戸を開けた。
店主は厳つい顔のすごく元気なおじいちゃんだ。
「お、久しぶりじゃねぇか。白衣の方の兄ちゃんはまた引きこもってるのか?
おお!嬢ちゃん、兄ちゃんの従妹とかか?」
こちらはまだ何も言ってないのにどんどん言葉が出てくる、ほんとに元気なおじいちゃんだ。
「相変わらず元気ですね」
「おう、俺はいつも元気だぞ!んで嬢ちゃんは、攫ってきたのか?」
と言いながら店主が大きくガッハッハと笑う。
「冗談になってないですよw、まぁ従妹とかその辺です」
「そうかそうか、まぁ優しくしてやれよ」
「ライ、昔真二の家にちょくちょく泊まってた時によく来た店で、まぁ世話になったとまでは言わないけど世話になった人だ」
「十分世話になっただろ、心外だなぁ…爺さんなくぞ…」
と店主が大げさに涙を拭くような仕草をする。
ライが
「こ、こんにちは。隼人がお世話になってます。」
ぺこりとお辞儀をした。
「礼儀正しい嬢ちゃんだなぁ、兄ちゃん負けてんじゃないか?」
「別にそんなことないっすよ」
「ほんとかぁ?んで、今日は何にするか?いつも通り温玉か?」
「温玉で、ライはどうする?」
「じゃあ、私も温玉で」
「温玉二つか、テレビでもみて待っててくれ」
と店主が準備し始めた。
テレビとは言われてもこれよくわからない番組が映ってるだけだが…。
「隼人、いい人そうだね」
「めっちゃ元気なだけだけどな」
と言うとライが少し笑った。
温玉はすぐに来た、トッピングも店主が勝手にするので楽だ。
ただ、ネギが苦手なことを知って店主は毎回ネギを多めに入れる、食べられない量じゃないから別にいいんだけど…。
「カップのうどんよりおいしい」
とライが言った、
「そりゃ作ってるしな」
まぁインスタントはお湯入れるだけで作れるのがメリットだから一概に優劣を決められるのもではないが…うん、うまい
と店主が来た。
「なんか今日はいつもより人少ないな、サービスだ」
と温玉を2つ皿にのせてやってきた。
「マジですか、ありがとうございます!」
「いいの?」
ライの問いかけに店主はグーサインで返した。
「ライ、今日はこの後どうする?」
「一応この辺見に来たはいいけど収穫なさそうだしね…」
「目撃者とかいたらいいんだけど、こっちは一般人だしなぁ」
「もう少しだけこの辺り歩いてみる?」
「そうだね、僕も何もなしに帰るのは少しあれだし」
「にしても、ほんとに美味しいね温玉」
「でしょ、まぁここで温玉以外頼んだことないんだけど。
そういえば真二はこれだったね、激辛のやつ。なんかこのメニューをリクエストしたとかなんとか」
「真二さん辛いの得意な人なんだね、私苦手だからなぁ」
「辛いの得意な人凄いよね、尊敬する」
と会話しているうちに食べ終わった。
「爺さん、会計!」
と1000円を出した
「おう、お釣りは…貰ってくぜ」
「普通は逆でしょw」
店主は笑いながらお釣りを渡してきた。
「にしても今日は人少ないな。兄ちゃん何か知ってるか?」
「多分この辺で事件あったから危惧して…とかじゃないですかね。
あと今日祝日ですよ、自営店で気づかず祝日も店開いてるの店主くらいですよ」
「え…ほんとか兄ちゃん…」
「マジですマジです」
「まぁ今日開いたおかげで縁もあったわけだしいいか…、またな。元気でな兄ちゃん」
「じゃあ、また!」
と店を出た。