第1羽、男性は女性向けソシャゲがお嫌い?(2)
「ようこそいらっしゃいました、桃ノ湯へ」
そんな挨拶と共に開く玄関。足を踏み入れるのは多種多様な人間達。私服やパジャマ、仕事着等、制服でやってきた百と同じように服装も違ければ年も少年から老人まで幅広い。
(こんなに被害に遭ってるのか……)
「新入り、座布団足りるか見てきて。千枚!」
「あ、はい!」
従業員はペンギンの百だけでなくウサギや子犬、シマウマなんて動物もいるが一番目立つのは、
「番頭のモモです。女湯があちら、男湯があちらとなります」
「泣きそうなことあった? あったかー。じゃあまた後で聞くね。お風呂上がりにピーチミルクも無料で用意してるからゆっくり入っておいで」
「おばあちゃん、ゆっくりでいいよ〜。前通らせてね〜」
俊敏に大勢の放浪者を相手しているのかと思ったら、どう見ても複数のモモがいる。テキパキと事をこなすので次々やってきても捌けていた。
(心を読む能力だけじゃなく、自分をコピーできるのか)
「新入り早く!」
「わ、わかりました!」
思わず振り返っていた顔を戻し、階段を慣れない足取りで上がっていく。
段差が低いのも、エレベーターが装備してあるのも従業員のためなんだろう。
(本当にここは一体……モモも何者なんだ!?)
一気に押し寄せた嵐は二階へと進んでくる。
「いいお湯でした!!」
襖が豪快に開かれ、刈り上げの男を筆頭に入浴が済んだ人々がぞろぞろ。
「あ、まだ桃饅やピーチミルク貰っていない人は一階にいるアライグマとタヌキまでお願いします! 無料提供ですし、お代わり自由なので! マッサージチェアが嫌な方は当店自慢の番頭がエステルームも完備しております」
アライグマまでいるのかここ。従業員の多様性に驚いてると「まだ食べていないわ」「あ、あれ貰えたのか」「エステですって!?」
ガヤガヤしながらホカホカの放浪者達が降りていく。隣を見れば二匹のウサギがにんまり笑っている。なるほど、そういう策か。
(エステなんていつの間に始めたんだ?)
「更なるサービスを受けられると聞いたんだが、ここで合っているか!?」
廊下にはハツラツな声の刈り上げ男と何人かの少女達が残った。少女は男に怪訝な顔をし、ネコの手招きによりすぐに離れていく。
男とバチりと目が合い、ない肩が跳ねた。
(初の客来たぁああ!?)
あいにくモモは席を外している。奥にいるネコはサポートが必要ないのか、少女達の悩みを真剣に聞いて涙ぐむ彼女の頭を撫でている。なかなかイケボで紳士な三毛猫だ。
三十代半ばくらいの男はそのまま真っ直ぐ足を進め、数枚重ねた座布団の後ろから転げ落ちそうになる。
「大丈夫。私がサポートするから安心して」
ころんといきそうなのを阻止された。頭上にはピンクのグラデーションが綺麗な瞳を持つモモがいる。二階で目まぐるしく準備をし、全く顔を合わせていなかったせいか安心感が大きい。
(息一つ乱れていない。色々聞きたいことはあるが、まずは仕事だ)
背中から伝わる体温に支えられ、座り直すと男は胡座をかいて待っていた。
三日間の研修で教えられた通りに挨拶をする。
「初めまして、僕があなたの案内役を務めるペンギンです」
「うむ、見れば見るほどペンギンだとわかるな。ここは面白い。和葉さんとの動物園デートを思い出すなあ。温泉旅行には行けなかったが。しかし、案内役とは何に対してだ?」
隣の座布団に正座をするモモと目配せした。これはいけるわよね、そう言われた気がする。
「異世界転生への案内です」
男は目をぱちくりと瞬かせ、顎を摘む。暫し考える時間も余裕ができるように見えて実はそんなことない。鳥の小さな心臓はバクバクだった。
「異世界……転生……。オレが!?」
状況を飲むより驚愕した自分の顔を指さす。
これも想定内だ。
「はい。これからあなたには異世界に転生して貰い、そこで第二の人生を歩んでいただきます」
「オレが、オレが……異世界転生?」
男は宙に浮いた自身の両手を見比べし、瞳を揺らがせていた。混乱は付き物だろう。
「混乱するのもわかります。ですが、あなたに残された道はただ一つです」
提案というより勝手にこちら側が運命を押しつけているようなものだ。雄叫びを上げ、指示に従わない場合もある。
(そんな時は「私に任せて」とモモさんに濁されたけど、本当に大丈夫なんだろうか。そもそも異世界転生する場面なんて研修では見てないぞ)
「オレが異世界!? フォオオ!! めちゃくちゃ夢があるなぁ!」
憧れを前にした少年のように瞳を輝かせた男は大袈裟に笑った。どうやらお気に召したらしい。
もう一度モモへ目配せしようと後方を向くが、忽然と消えている。
(さ、サポートとは!?)
まあいい。後は世界の要望を聞き、その人物に合った異世界を見つけるか創る。
モモ曰く人間界には様々な世界が存在するから放浪者が希望した場合はそこに入れ込むことも可能、だそうだ。
まじないが強力じゃないというのは謙遜ではないのか、一から創らなくていいのは楽だが著作権は、という疑問は全てはぐらかされた。
「サンプル一覧がありますので気に入ったところがあれば仰ってください」
用意したファイルを机に早速置き、彼に合う世界を探す。表紙には『小鳥遊勇気』。男の名前が記載されていた。
「おおっ、3D!?」
小鳥遊の驚きに初見を思い出す。まさに目ん玉飛び出すほど似た反応をした。
フリッパーを少し曲げるだけでも掴める厚さそれはファイルのようで実はファイルじゃない。個人の情報を元に作成された異世界一覧が開いた途端に浮き出る。
「めちゃくちゃリアルな演出だな! これは……橋と湖が綺麗な場所だな。地元にそっくりだ」
(よし、掴みはOKだ。ここには……あっ、一人放浪者が行った形跡がある)
因みに被ったとしてOKらしい。融通が効きすぎではないのか。
進行するよりも先に小鳥遊は操作をする。ようはタブレットみたいな構造のため、無駄に握力や知識を使わなくて済む。タブレットの購入は諦めたが授業の一環として利用していたこともあり、百でも操作できた。
「うわっはあ! こ、これ、職業を勇者とか魔法使いとか自由に選択できるのか!?」
職業選択欄に気づくとはしゃぎ、鍛え上げた腕を振る。
「そうですね。あとは現世でもあったサラリーマンもあればアイドルの世界に飛び込むほうろ……転生人もいるそうですよ」
「ほっほお! ならなら、パイロットとかもあるか?」
「ありますよ」
「すげえなここのペンギン!!」
まるで旅行先でも決めるかのように楽しそうに見えて一安心だ。
(第二の人生くらい自由に選択して欲しい、そこで現世の悔いを晴らして欲しい、とモモが理想を唱えていたな)
研修会では研修員一羽に対し、熱く語るモモを思い出す。
『そんでね、しあわせになって欲しいんだあ』
純粋な子供みたいに夢を語るモモ。今まで何人の放浪者の旅立ちを見送ったかは知らないが、彼らが今そうなっていたら嬉しい。
「……あっ」
手が止まり、小鳥遊の太眉が寄る。
「どうかされまし……」
途端。小鳥遊の目は充血し、大粒の涙を零した。
(え、いきなりどうしたんだ!?)
ティッシュもタオルも用意されておらず、拭いて貰うこともできない。あわあわテンパる百なんて関係なく、肩を震わせ男泣きし始めた。
先ほどまで順調良く上機嫌に一覧を見ていたではないか。ふと顔を上げ、男が最後に目を留めた映像をじっと見る。高画質、リアルタイムで流れる映像には見覚えのある制服が映る。
(母さんが無理矢理、父さんにコスプレさせていた衣装に似てる?)
『雅俊さんならカナミラ学園の制服似合うと思って裁縫頑張ったの! 学生時代の雅俊さんよりも渋みがあってかっこいいわ』
テンションが上がり撮影会を始める母が記憶を邪魔してくる。
(カナミラ学園……母さんちょっとうるさい)
記憶に残る映像を早送りし、これも違うあれも違うと頭を振る。
『宮野奏羽仕様のバッジだって刺繍したのよ。ほらパティシエグループで華の王子と呼ばれている』
小さな愛くるしい瞳をかっ開いた。小鳥遊は鼻水を垂らし、机に涙の湖を作っている。
「夢を叶える、ミラクルだって起こそう……女性向けソシャゲの『カナミラ』ですか?」
ピクリと眉で返事をされた。映像では宮野奏羽が薔薇を散らしながら女主人公を姫抱っこしている。
「あぁ、そうだ。オレから和葉さんを奪い取った憎き『カナミラ』……っ! あいつだけは絶対に許さない!」
小鳥遊はそれだけ言うとひっ、ひっ、と鼻を鳴らす。顔全体がぐじゅぐじゅで相当ショックな出来事があったようだ。
「あの、聞かせて貰えませんか?」
「……うえっ?」
「僕は聞くことしかできませんが、それでも良ければ吐け口の相手になります。カナミラと小鳥遊勇気さん、そして、小鳥遊さんの大事な方との間になにがあったのか教えてください」




