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プロローグ──紅月百が案内人鳥になるまで(5)

「……ふっ、そっか」

「なんで笑うんですか。こっちは真剣に答えています」

「馬鹿にしてるんじゃないよ。確かに紅月百君は神様じゃない。ただの人間だ。私も了承している」

今、この女は百が考えたことを読み取った?

桃色の瞳が金色に淡く光った理由がわからない。束の間の神秘に身震いがした。

(恐怖なのか?)

女は一体何者なんだ、と名前を聞きそびれていたことにも気づく。

「そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はモモ。桃ノ湯で番頭兼、異世界案内サービスの責任者を担当しているの」

笑顔の裏に嘘がなさそうだと感じるのは、どうしてだろう。こちらの気持ちを急に読み始めた赤の他人なのに。

「……紅月百です」

「改めての自己紹介ありがとう。一連の流れで君が真面目なんだとわかった上でスカウトしたい」

「何度言われても……」

「私もこのサービス自体を始めたのは割と最近なんだ。だからまだ素人に毛が生えた程度。被害を受けた人々──放浪者の皆様のため、日々勉強は怠らないし要望には出来る限りお応えする。そんな中で人間が創る世界は、人が人のために尽くす業は凄いと実感させられるよ」

尊敬の眼差しを毛すら生えない素人に向ける。

「ね、紅月百君」

そしてやはりというか合点がいった。

(モモさんは人間ではないのか)

出会った時からモモは『人間』というワードをよく使用する。同じ種族であれば『私達』、自分を含まない場合でも『彼ら』が理想的だ。

「なんでしょうか」

「君達は無の状態から挑戦し、新しいものを産みだす生き物だ。私のサポートとして人間の知恵を貸して欲しい」

二つの旋毛が見えるまで下げられる。見た目はまるで人間で未だ頼んでいることは意味不明だ。

(僕達のために必死になっているのは伝わる)

耳に残るこだまもすっかり消え、取るべき行動は一つだった。

「わかりました。お役に立てるかは全く自信がありませんが、僕に出来ることなら引き受けます」

「ほんと!? 言質取ったよ!?」

がばっ。顔を上げるどころか机にまで身を乗りだす。桃が押し潰されている。

(でかい子供みたいな人だな)

「はい。バイト未経験なんで迷惑かけるかと思いますが……」

「いいよいいよ、全然平気! 三食寝泊まり、風呂完備だから生活は任せておいて。それにそれに頑張ってくれた暁にはどこでも好きな異世界へ転生して、活躍させてあげちゃうよ!」

感激のあまり手も握られた。ふわふわで艶々。ほんのりと温かく感触は人間のそのもの。キラキラしたオーラが僕に降り注ぐ。

「あの」

「うん、なあに?」

「異世界への転生はしなくて構いません」

「……へっ? 割に合わないし、新しい異世界生活もいいもんだと思うよ?」

優しく包む手を握り、視線を返した。モモに心の中を悟られたとしても悔いは異世界じゃ晴れない。

「無差別光線の解決策が見つかってからでいいです。それでいいので……僕を現世へ帰してください」

百の家族は誰一人、高校をまともに卒業していない。

妹はまだ中学生。姉は教師と問題を起こして退学。両親に至っては在学中にデビューしたので退学。

「僕は……僕は……」

悔いは他にもある。童貞を捨てられなかったことや紅月家の皆ともっと一緒に過ごしたかったこと。

「僕は高校を卒業したい!」

「高校……って。異世界でもスクールはある……」

「あの高校じゃなきゃダメなんです。家族が最後に遺し、叶えてくれた選択肢を無駄にしたくない。どんな厳しい労働でも寝床がなくても大丈夫ですから、何千年経ってからでもいいですから……お願いします!」

勢いよく頭を下げ頼み込んだ。相変わらず無茶な願いだと思う。

『ぼくね、こうこうをそつぎょうしたい。かあさんと、とうさんとおなじこうこうにかよいたい!』

両親と姉の母校でもある星乃頂高校の制服に袖を通した時、『頑張れ』『おめでとう』『かっこいいじゃん』『百にぃ男前だ』と背中から祝福が届いた気がした。

周囲の記憶や戸籍が戻らないと知っているあたり、一度戻った人間がいるのだろう。だったら。

「自分の新しい道は自分で決めたいです」

意を決してモモの瞳を射抜く。鳥肌が立ち、握り締める手は震えた。

しばらく時間が流れ、傍から見たら新種の腕相撲か握手みたいに映るだろう。口火を切ったのはモモだった。

「あんな目に遭ったのに現世に戻りたいとは私には理解しかねる」

心を読むだけでなく十五年送ってきた半生も視えるのか。淡く光る金色から目を離せない。他者からすれば谷を描いたものなんだろう。

「ここでの一日と人間界の一日はラグがあるし、手続きも面倒なんだけど君の意志は固そうだ。なるべく尊重しよう」

「あ、ありがとうございます……うっ!」

(なんだ、なんだこれ。頭がガンガンで耳の中がぼわぼわする。身体中が圧縮されて、体が焼けるように熱い……皮膚が、息が……!)

モモの内側にある手が滑り落ち、座っていられない。畳の上に蹲り、口を鯉のようにパクパクするが呼吸が上手くできない。

(僕、死ぬのか……? このゆめみたいな場所で死んだら本当に死者に?)

目蓋も上げていられず、畳を擦りながら歩み寄るモモの顔すら視界に入らない。

「……はぁ。桃でいくらかは回復できてたみたいだけど、放浪者が桃ノ湯に居続けると消滅しちゃうのはなんとかならないかな」

(消……滅……?)

バクバク、ガンガン、ドンドン、バキバキ。体どこかで嫌な音が鳴り、意識も朦朧としてきた。味わったことのない恐怖で泣きそうになる。

すると、汗ばんだ髪を滑らかな指がかきあげた。ぼんやりした世界で口元を和らげ、「死なせないから」

「他にも細かな条件があったけどこれで契約書に目を通して貰う手間が省けた。君とご家族の願いはきっと叶えてみせよう。頑張った子が報われないのは望んでいないからね」

額にぷるぷるで柔らかい皮膚が触れ、半分まで持ち上げていた瞼が劇場から降りる銀幕のように落ちた。真っ暗になった空間で意識は遠がるが、苦痛も燃える熱さもなくなっていった。


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