プロローグ── 紅月百が案内人鳥になるまで(4)
「襲われそうな君をさらに襲ったのが謎の光線ってわけ」
「謎の光線……」
「私たちはそれを無差別光線と認識しているわ。なりふり構わず、一日に何本落とされるかも予測もできない」
「無差別……」
「対人間用ね」
(どうしよう。全くさっぱりわからない!!)
絶叫が治まった後、百は二階へと通された。そこは和を重んじたテイストで大宴会が開ける十分な広さがあるのに、大きな長机と座布団が和室の三分の一を占める。なんと勿体ない。
脳は容量範囲を超えた情報を拒否する仕組みがあるそうだ。まだ残るこだまも耳を圧迫する。正直きつい。
苦しそうな表情を見て取れたのか、正体不明の女は「その実態は私たちにもよくわからないんだよ」と腕を組んで深く納得する。違う、ちょっと違う。
(死んだせいでさらに馬鹿になったのか、僕)
「……うぅ、つまり……僕はその光線のせいで死んだ? 覚えが全くないんすけど」
「光線を受けた人は大抵そう言うわ。稀に自らに降りかかる直前までを覚えてる人もいる。……どちらにせよ、その光線を浴びちゃうとその人間は『存在しなかった』ことになるの」
「また新しい設定増やさないでください……」
つい体を前方へ伸ばしそうになる。難易度高めの数学を解き終えた後にやってくる疲弊に近い。そんな百に女は苦笑いをする。
「説明下手でごめんね。浴びた直後に今までその人が歩んできた歴史や活躍がなかったことなるんだよ。友人や親しい間柄からもその人に関する情報は一瞬にして消える。なぜなら最初から存在しなかったことになるからね」
そこまで聞き、倒れかけた体が起き上がる。
「無に帰する?」
頭に浮かんだ慣用句を口にすれば女は小さく頷き、目を伏せる。美しくも切なさのある動きに息を飲んだ。
「数百年経ってもこれといった解決策は申し訳ながらまだ見当たらない。君達を現実へ帰しても周囲の記憶も戸籍も戻らない。きついでしょ。未だ増え続けていく光線の原因も突き止めなきゃならないんだけど、色々問題が山積みでね。……そこでだ」
女は再び微笑みを口元に浮かべ、しんみりした空気を変えた。
「桃ノ湯では光線のせいで現世からいなくなった人達を受け入れ、傷を癒した後に異世界へ転生する」
異世界──現実世界とは異なる世界。
「また随分と話がぶっ飛んでますね」
「そう思う? でも、悔いを晴らすには絶好のリスタートの舞台じゃない?」
(悔いを晴らす、か……)
ライトノベル等に登場する主人が自分の死を機に異世界へ転生する人間の世界には数え切れないほどある。中には現実世界へ絶望し、異世界にて新たな自分を獲得するキャラもいた。
現実じみた話ではなかったが、そもそも今の状況ですら非現実的なので考えるだけ無駄なのかもしれない。
「あの、因みになんで僕は案内役を?」
無邪気に笑う女の目が鋭くなる。つい身構えた。
「ふっ、ふふふ〜。それはね……」
「それは……」
「そーれーはー」
「ごくり」
「……紅月百君なら異世界を創造するのに適任だからだ!」
「……はい?」
本当に「はい?」もしくは「は?」だ。世界の創造とは。神様じゃあるまいし。そもそも案内役が異世界を創造する自体、おかしい。
「意味不明です」
直球で投げたらストライク、バッターアウトだったようだ。女は胸を押さえつつ仰け反った体勢を整える。
「だ、だって、君のご両親は世界を創造するのが生業だったじゃないか」
「小説家と漫画家の息子だからってイマジネーション力が高いとは限りません。もしそうだとしたらとっくに家庭の金銭面を助けています」
そうだ。姉や妹も……いいや、あの二人の方がよっぽど創造力がある。じゃなきゃ未所属のバンドに歌詞を提供したりVtuber活動を行ったりしない。
「適任者は他にもいたはずです。不幸にも僕はその謎の光線とやらにやられましたが、創作や創造を得意とする者は世界中に沢山存在します。読者が必ずしも作者になるとは限りません」
「なるほど、得手不得手はあるから他の者に譲った方がいいと」
「はい」
そうはっきり断った。他者とはいえ彼らが歩む第二の人生の舞台を自分なんかが決めちゃいけない。ただの人間が神様みたいなことをしたら必ずバチが当たる。




