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プロローグ──紅月百が案内人鳥になるまで(2)

紅月百の半生が大波乱だと思えないのは、この先も続いたであろう残り年数と後半の短期間に起きた怒涛の日々を比較できないからだ。

記憶の大部分を占める環境はほぼ家。引きこもりではなく、単純に貧乏で修学旅行の二回分しか地元を出たことがない。暇を持て余すのは父が書く小説と母が描く漫画。どちらも恋愛ジャンルで界隈が別々だった。

「百合こそが至高!」

「薔薇こそが最高!」

沼は違えど夫婦間は砂糖菓子にさらに砂糖をかけた甘く初々しいもので、

「雅俊さん」

「み、雅さん!」

特に母である雅の方がベタ惚れ。酒に酔えば惚気が始まる。三十路を超えても乙女思考だ。

後は姉と妹の話し相手。相手の聞き役に転じるのはなかなかハードだったが楽しかった。

そして紅月家の女組は全員巨乳だ。唐突の話題転換ではあるが中学生の妹ですらCのサイズを嫌がる。かつ夏には揃って裸族。裸なのは冷房が効かないため。冬ですら下着姿でうろうろさせるので宅配の受け取り等は百や父が行っていた。

「百〜、パンツ取ってくれる?」

「百にぃ、ブラのフォックが届かない……」

「百くぅーん、ママのボンキュッボンはまだまだ不滅よおお!!」

三者三葉という言葉があるが、晒していることは変わりない。何かと性癖が壊れる音がする。

(今夏もメロンが豊作だな)

幼少期から続く光景、英才教育を受けきた百は巨乳の女性はおろか女性の裸にも動じなくなり、好みの女性像は性格共に大人しめで胸に影ができない人だ。

(僕はそうなっただけで、外出時に視線の的になるのは多少仕方のないことなんだが)

澄まし顔で妹の隣に立ちながら腕を引く。姉には婚約者がいるし、母には言わずもがな相手がいる。

「百にぃ、いつもありがとう」

「いいよ別に。さっ、新作見てくんだろ? 今回はきちんと店員さんに胸のサイズを測って貰うんだぞ」

「……それ、彼女さんの前では言わない方がいいよ。気遣いでも幻滅されるから」

「わかった、わかった」

だからまあ妹の付き添いも、家での恒例行事も、金銭的余裕が無くても……家族がいれば毎日が賑やかで楽しい。バイトしながら高校を卒業し、安定した企業に就職すれば家族にいくらかは楽をさせてあげられるだろう、妹も新作を我慢せずに済むだろう。未来には希望があり、賑やかな日々もまだ続くと信じて疑わなかった。

その日は年に何回かあるご褒美デー。両親の結婚記念日だった。

「うん、じゃあ今日は委員会で遅くなるから。僕抜きで始めんなよ」

パーティーの準備に奮闘する家族の声を最後にスマホを切る。

数時間後、窓を打つ雨は激しくなっていき「帰宅する頃にはびしょ濡れだな」とため息を吐いたところで再度スマホが震えた。

(また姉貴か。今度はなんだ? 代わりにケーキを取り行けとかそんな頼み事か?)

「……なんだよ」

特に画面も確認せずに電話に出た。渋く嗄れた男が『紅月百さんでよろしいですか?』と緊張感を持って質問された時はまだ間違い電話だと認識していた。

「──え」

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