第1羽、男性は女性向けソシャゲがお嫌い?(5)
「紅月百君、転送について説明していなかったんだけど」
「ねえ、モモさん。僕はあの時、押し黙る小鳥遊さんにどう声を掛けるのが正解だったのでしょうか」
偶然にもモモと被った。転生作業の方が大事だ。お先にどうぞ、と聞かなくてはならない。だけど。
「僕は……あんな風にお礼を言われてほんの一瞬でも嬉しいと思った馬鹿者です! 何もできなかった癖に、本当に聞くだけしかできな……かった」
礼を言うならモモだ。モモだけだ。過去の闇に囚われた彼を救い、奮い立たせたのは彼女だ。
(結架ねぇや羽優も本当は何か言葉を掛けて欲しかったに違いない。女性はアドバイスより聞いて欲しい気持ちの方が高いと言うけど、僕が頼りないばかりに鼻から期待していなかっただろうし、自分で立ち上がるしかなかった)
「愚痴を聞くくらいなら誰でもできます。僕にあの笑顔も礼ももったいなすぎる!」
「はい、しー……。小鳥遊勇気さんが起きちゃうでしょ」
モモは振り返るなり、艶の良い唇に人差し指を当てて声を潜める。確かに体を休めているんだ。煩いに決まっている。
嘴を押さえると、モモは目線を合わせてくれる。鼻腔を擽る甘い匂い。
「ずみまぜん」
「よろしい。紅月百君の質問に対して私の答えは『わからない』よ」
「わからない。でも……」
モモは見事に小鳥遊を励まし、背中を押してあげた。それは小鳥遊が新しい自分になるための一歩となった。
「元からそういうのが上手い者もいれば、上手くない者もいる。私は後者寄りの中間かな。人間の繊細な心の動きって本人しかわからないものだもの。さっきは似たようなお客様がいらした時に学んだこと。つまりは覚えたことをそのまま繰り返したのよ」
覚えたことを繰り返す。今日だけでもかなりの放浪者の数だった。そしてモモは、過去にきた似たような悩みの人を覚えている
(それって凄すぎなのでは?)
「……それでも『わからない』と」
「そう。心って見えないものじゃん。何を考えているか読めたとしてもどうしてそう思うのか、どれくらい価値のあるものかなんて本人しかわからない。多分、ずっと隣にいたとしてもそうなんじゃないかな。響く時もあれば響かない時もある。きっと大正解は他にあるんだよ」
「……っ」
「まあ、慣れていくしかないのかな」
慣れ。自分も結架や羽優に慣れていたから深く考えずに済んだのだろうか。いや、きっとそうだ。
「そろそろかな」
話を切り上げ、すくっと立ったモモは奥の部屋に入る。ノックもなしに。
(そろそろってどういう意味だ? まだ数分しか経っていないぞ。もう呼び掛けるのか?)
桃尻という言葉があるようにモモの尻もホットパンツから強調するほどぷりん、と大きめだ。真後ろだとそれがはっきりわかる。紅月家の女達もそうであったが。
「うん。行ったね」
急に立ち止まられては困る。水掻きの足が余分に前へ出て、短いフリッパーを羽ばたかせ軸を整えようとしたが、その努力も虚しく前方に倒れ込んだ。
顔の両側をすべすべな脚で固定され、腹直筋を伸ばすかのようなポーズで見る羽目になった。
「えっ……」
視界の先にはぐっすり眠る小鳥遊──の姿はなかった。
(どこかへ隠れた? 隠し通路なんてあったのか? だとしても……)
不可思議だったのは、小鳥遊が着ていた黒のタンクトップが敷布団の上に脱ぎ捨てられていたこと。浴衣に着替え直した可能性もなくはないが、本人がいない理由にはならない。
「紅月百君、小鳥遊勇気さんは無事にカナミラの世界へ転生したよ」
「ど、どういう意味かもう少し説明を」
「手続きを終えると二階に現れる奥の間。そこで眠りに着くと転送される。起きたら待望の異世界生活だ」
「は……っ?」
「心配はないよ。転生先に行ってしまえば桃ノ湯であったあれこれは忘れる。現世の記憶は思い出すけどね」
次から次へと流れ込んでくる情報。脳はすぐにパンクし、脚が離れた途端に顔面を畳で打った。
(寝たら体ごと転送? 桃ノ湯で起きたことは忘れる……?)
和葉への後悔を話したことも、泣いたことも、なんであの世界を選んだことも。
『今度また会ったら美味い刺身でも食わせてやるよ!』
「ぜん、ぶ……?」
「うん。紅月百君がどんなヘマをしようが悩もうが、結局相手は忘れてしまう。ただ、放浪者さん達にとってはこの一回しかないの。第二の人生を自由に選ぶ権利は一度だけ。私達だけは決して忘れちゃダメだよ」