クラウス・M・エンゲルス
ボクらはさっきの人に、別の部屋に案内された。羅針盤を刻んだ部屋とは打って変わって明るく、開放的な印象の部屋だった。
机には大量の書物と紙が置かれていた。
「さあカロル、そこに座って。」
指さされた椅子に座る。その時さっきの人た椅子を引いてくれた。そして美味しそうな紅茶と茶菓子を出してくれた。
クラウスはローブを脱ぎ、近くの椅子に引っ掛けていた。あの頃から変わらない眩しいほどの金色の髪だった。でも顔つきはすっかり大人になっていた。
「じゃあどこから話そうかな…まずイリスについてからだね。」
彼はゆっくりと話し始めた。
「大昔イリスは唯一の魔法の国だったようなんだ。むしろ魔法を扱える人しかいないほどだったんだ。今は魔法を使えない人もたくさん住んでいるけれどね。
ある日から突然、魔法を扱える人が消えていった。ひとり、またひとりとね。原因はわからないまま、どんどん消えていった。
何十年、何百年という月日が流れて、イリスの人々は気がついた。禁忌魔法がどこかで使われたんじゃないかって。禁忌の魔法は色々あるけれど、そのうちの一つに召喚魔法があるんだ。移動魔法じゃ星のような軌跡が残るからね。
召喚魔法は昔からほんの数人しか扱えないんだ。大量の魔力を消費するから使いすぎると、死ぬ。それに、召喚された人は無事かどうか…生きているかは術者の技量によるんだ。だから昔に禁忌魔法に数えられるようになったんだ。
禁忌の魔法を扱ったものは全員で聖断にかけるんだ。それがイリスの掟だった。だからずっと探しているんだよ。召喚魔法なんて使う魔法使いをね。
探すうちにわかったんだ。誰がどこでそんな魔法を使っているのかってね。それが中央国家のフリージアだったんだ。」
「フリージアが…?」
大陸の中央にあるフリージアは大陸全土を収める国だ。フリージアを中心とし、周りにフィスカやイリスがあると聞いたことがある。まあ多分フィスカは国境を封じているから助け合いもしない、孤独な国だったのだろうけれどね。そういえばフリージアは行ったことはもちろんないけれど、栄えていて綺麗な国らしい。とても誘拐なんてしているようには思えなかった。
「そうなんだよ。これみて。」
クラウスは手紙のような紙を渡した。ええと…『フリージア もう誰もいない 宝ですべてを 世界を 』?
手紙は走り書きで最後の方は汚れて見えなかった。
「これは…随分前にフリージアにいる消えた魔法使いから来たものなんだ。この最後の印はイリスのものだ。」
確かに手紙の端っこには国旗のような独特の出デザインの模様が描かれていた。
「フリージアには何かあるんだよ。宝が何かはわからないけれどきっとイリスを変える何かなんだ。」
だから僕らはそれを探しているんだ。
「そうなんだね…」
なるほど…フィスカもなかなか平和な国ではなかったけれど、イリスにも事情があるんだな。
「それで僕がクラウス・M・エンゲルスって名乗っているかって言うとね…僕がイリスのトップなんだ。」
王様とは違うんだけれどね、と付け足す彼。
「え…?どう言うこと…?魔法使いを取り返すためのリーダーってこと?」
「だいたいそう言うことさ!カロルは理解が早いね。」
ズズっと紅茶を啜る彼は大人びて見えた。あの頃のクラウスじゃないみたいだった。
「僕ら3人がこの国に来た時からこの国は衰退していたんだ。魔法使いがどんどん消えていって、人口は減っていったみたいなんだ。他国から侵略してきた盗賊が多く蔓延っていた。そこで僕らは彼らを助けたんだ。盗賊はレオンとフェリンが倒して追い払ってくれて、僕は治癒魔法で治療したんだ。そしたら治癒魔法ってのは僕にしか扱えないらしんだ。」
「え?治癒魔法ってクラウスしか使えないの?」
「そうらしいよ。魔力の純度が違うらしいって言われたよ。」
クラウスは続ける。
「みんなを助けた後、イリスのことについて教えてもらったんだ。ずっと昔から人が消えていくこと、どんどんと衰退してく現状をね。僕も助けたいと思ったし3人で協力してこの国を回復させたんだ。その時僕の魔法が讃えられて、リーダーのような立ち位置になってしまったんだよ。」
クラウスは頭が切れるし、リーダーにはふさわしいと思った。すごいなぁクラウスは…
「エンゲルスっていうのはイリスの童話に出てくる強いやつなんだよ。僕も強くなりたいなって思ってそうしたんだ。リーダーならラストネームがないとダメってあいつらがいうからさ。」
紅茶を持ってきてくれた彼を指さす。
この国に来て平和だけってわけじゃなかったんだ。
「あとね、リーダーになったのは、魔法使いを取り返すだけが目的じゃないんだ。イリスには歴史を記している書物が一冊もない。」
一冊もない?そんなことあるのだろうか?クラウスは続ける。
「この国には歴史や年表とか、過去の情報が全くないんだ。その中で唯一過去のことが記されているのが、童話なんだ。今まで話したイリスの過去は童話に書かれていたんだ。童話を全て信じているわけではないんだけれど、『偉大な国家は全てを知っています。エンゲルスはそれらを知るために、世界の真ん中に向かいました。』って書かれているんだ。それってきっとフリージアのことだろう?だから知りたいんだ。歴史の全てをね。」
「人が消えていく出来事を知る人々も、召喚魔法かもれないと気づいた人々も誰ももうここにはいないんだ。童話に書かれたことがイリスの歴史と言っても過言じゃない。今の若い人たちは何も知らないんだ。それに、童話を全部信じる人も少ないしね。唯一召喚魔法じゃないかと気づいた、大魔法使いは…この国のリーダーは先月亡くなった。」
そんな…じゃあ誰もイリスの不可解な出来事について知ろうとする人はいないんだ。クラウスと数少ない魔法使い以外は。
「歴史を知ることができれば何か変わるかもしれない。それにフリージアにはカロルの探すあの男がいるかもしれないだろう?」
あの男…青薔薇の刺青男だ。姉さんがフリージアに行って探すように遺してくれた。きっと行けば何かわかるだろう。ボクも歴史について知りたい。
「そうだね…ボクも知りたい。魔法を使えるっていうことは少なくとも部外者じゃないはずだ。」
もしかするとその宝が関係しているのかもしれない。クラウスとだったらきっと何でもできる。そんな気がしていた。
「まあ部外者でもカロルには色々助けてもらうつもりだけれどね。」
そうニコッと笑うクラウスはやっぱり幼さが残る、昔のままだった。
「じゃあ僕らのこれからについて話すよ。その前に紅茶のおかわりでも貰おう。」
そう言って仲間の1人を呼び、一度休憩とした。