一つ目の真実
翌朝―――
あーよく眠れてしまった。あいつの準備もできた。久しぶりに触るけど大丈夫かな…?
お気に入りのワインレッドのシャツに黒のストレートパンツ。これがボクのお気に入りだ。着替えて、朝ごはんを食べるために階段を降りた。カバンの中身を確認する。忘れ物はないみたい。
腰にホルダーを引っ掛ける。この重みは久しぶりだった。それでもなんとなく安心する重みだった。
これはーーボクの相棒の銃ー銀と黒のベレッタだ。もう触らないと思っていたんだけどなぁ。
独りになった時、シスターが「この町で生きたいなら自分の身は自分で守りな」ということでボクに銃の扱いを教えてくれた。その後、ボクは1人で珈琲店を開いたんだ。
今思うと教会で銃なんてちょっと物騒だよね。
それにリボルバーの方がかっこいいよなぁと思う。
というかボクはもう銃は使わないって思ってたのに…
自分の身を守るためには使うしかない。
そうだ。お気に入りの茶葉だけ持っていこう。この先この店に戻ることはないかもしれないし。
あと…3、4時間くらいかな?彼女と待ち合わせた時間。はあドキドキするなぁ。姉さんの言葉の意味を知ることは怖いことだけれどもボクがずっと望んでいたことだ。ああ緊張するな…
あれから3時間は経った。ドキドキしても仕方ないならゆっくりと紅茶を飲んで待っていた。するとコンコンという音がして彼女が店に入ってくる。
昨日は銃は隠していたのに今日はホルダーが見える位置にある。昨日ボクに見せちゃったし隠す必要もなくなったんだろう。
「ちゃんと逃げずにいたんだな」
昨日の彼女の態度とは打って変わってがさつな、男らしさが見える態度だった。
「それじゃあ悪役のセリフですよ」
「まあなんでもいいさ…何から話すか…」
彼女は1人でこの店に来たようだ。つまり誰も血を流すことはないはずだ。よかった。できればあいつは使いたくない。
「君は…どこまで知っているんだ?カール」
「僕の名前知っているんですか?」
「ああそこからか…じゃあとんでもない事を教えてやろう。私とエルシャは従兄弟だ。」
はい???
姉さんの従兄弟???
ということはボクの従兄弟でもあるのか。
そんな話聞いたこともない。彼女の言っていることは本当なのだろうか…
「怪しいって顔してるな。そりゃそうだろうなぁ。でも私だって君がエルシャの弟だなんてびっくりだよ。悪いが全然似ていない。」
確かにボクと姉さんは目の色から違う。姉さんは綺麗な翠の色だったけどボクは溶けそうなほどの赤い目をしている。遺伝で最も出るのは瞳なのに。
「まあそこはどうでもいいんだ。エルシャの…君の父親は誰か知っているか?」
「知らないです…言葉が分かるようになった頃には姉と母と暮らしていましたし、その時父はいなかっです。」
父の話を聞こうとすると母がひどく嫌な顔をするので聞けなかった。
母さんはボクが生まれた時から病弱で姉さんが自立する頃ボクは姉さんについていって2人で暮らしていた。なんでも子どもに伝染る病気だから離れて暮らせとのことでボクらはここに残って母さんは違う国に移動していった。
その後母さんがどうなったかは知らない。最初の頃は母さんから手紙が来ていたけれどいつしか来なくなってしまった。
姉さんと暮らしていた町には一応母さんの知り合いの人達がいたしその人たちには仲良くしてもらっていた。
それもあの日までは。姉さんが死んだその日、その人たちも一緒に殺された。だからもうその町には人は誰もおらずフォイルらのアジトの1部になっている。
彼女は続けた。
「そうか。あの日…エルシャはあいつらに殺されただろう?その理由は知っているか?」
「姉さんが…あの町にいる人たちをあいつらから守ろうとしたから…」
「半分正解だ。本当は…エルシャはフォイルとの子だからだ。」
……??
フォイルとの子ども…?姉さんが…?
じゃあボクも…あいつと血が繋がっているということなのか…?
なんで姉さんはあいつらから逃げていたんだ?実の子どもなら逃げる必要もないだろう…?
「姉さんはなんで逃げていたんですか…?」
「エルシャはフォイルの跡を継ぎたくなかったからだ。お前が産まれる前、エルシャは母親とフォイルの元から逃げ、フリージアに行った。それで君が生まれて平和になったのにエルシャは君とフィスカに戻ってきた。」
「カール、君とエルシャは…実の兄弟じゃない。」
そっか…
正直なんとなくそんな気がしていた。姉さんとは目の色も違うし、何より魔法の扱いがボクとは違いすぎる。
ただ、血が繋がっていないかもしれないという事実に目を向けたくなかった。だから姉さんに聞いたことはない。
彼女は続けた。
「なぜエルシャがフォイルから逃げているのに君と一緒にフィスカに戻ってきたのかは知らない。母親の病気が感染るからと聞いてはいるがそれが本当ならわざわざフィスカに戻ってくる必要もないだろう。」
それもそうだ。わざわざこのフィスカに戻ってきて、危険な目に会うよりかはもっと平和なサイクラームやイリスに行けばもっと安全だったはずだ。
「一つ可能性があるとしたら教会のシスターがこの国にいたからだろう。教会のあのシスターはエルシャが最も信頼していた人だからな。」
だからボクらは教会で暮らすことになったのか…
「教会は母親もエルシャも過ごしていた場所だ。母親は世界の過ちについて知っている。それと…」
世界の過ち…姉さんも言っていた。でもこれはボクがいくら情報を集めても知らなかった。それなのに母さんが知っている…?
「青い薔薇の刺青の人…それはシスターと母親しか知らない。」
シスターは知っている?ならなぜボクらは教会に行き事実を教えてくれなかったのか?
ボクがまだ幼かったからなのか?
それとも…
「姉さんは教会に被害がいくのを恐れたのでしょうか?シスターも姉さんも秘密を知っているのであれば必ずフォイルは姉さんを探し出すはずです。そういうことでしょうか?」
「そうだ。だからエルシャは協会とは程遠い町で君と暮らしたんだ。」
じゃあなおさら、なぜ姉さんは姉さん自らボクに事実を教えてくれなかったのか?
「それは君らの能力に関係している。生きているうちでは確実に発現しない能力…それを君たちは持っている。その能力欲しさにフォイルは追っていたんだよ。」
ボクらの能力…?ボクはひとつも魔法すら上手く扱えないのに…?何かの間違いじゃないのか?
「とにかく今はそれは話せない。シスターが全部教えてくれるさ。だから教会まで行くぞ。」
ん??
シスターは死んだのではなかったのか? シスターを…教会のみんなをボクは救えなかった。
ボクが珈琲店を営んで間もない頃、シスターがボクに宛てた手紙をくれた。それが
『この手紙を受け取ったら教会に来てくれ』
ただそれだけだった。
教会に行ったらシスターもみんなもいなくて。でも中は血の海だった。綺麗なステンドグラスにも真っ白な壁にも一面、血が跳ねた後があった。
誰か生きている人がいないか、中に入ったらチャペルの中央に全く血に濡れていない手紙があって。
『秘密がフォイルにバレた お前は身を隠して来るべき日まで生き延びろ』
その瞬間、教会は爆発音とともに崩れ落ちた。
誰が爆破したのかそれはボクにもわからない。ボクはその場にいたけれど、姉さんの呪いで死ななかった。
シスターに生きる術も何もかも教えてもらったのに、みんながいたからボクは生きて復讐しようと思ったのに。
その人たちすらボクは守れなかった。
なのに…
「シスターは生きている?あの時死んだのでは…?じゃあみんなも…彼らも生きているんですか?」
「違う。フォイルたちにシスターの持っている情報がバレたんだ。だからシスターは情報をもっていると思われそうな教会の人全員で自殺した…ってことにしたんだ。それでシスアター今はイリスにいる。」
シスターはイリスの出身だったはずだ。だから今イリスにいるという話は不思議ではない。
「イリスにいること自体は驚きではないですが…僕はこの国を出れません。姉さんの呪いがあるので…」
「呪いの解き方は私が知っている。君がシスターに会いに行く覚悟があるのであれば解いてやろう。」
彼女に呪いが解ける? 彼女はそれだけ強い魔力を持っているのだろうか…?
「今ここで全てを知る必要はない。なんといっても君はまだ弱い。全てに抗う力と覚悟があれば教えられるが君は納得しないだろう。だから…シスターが知っている情報を直接聞いた方がいいだろう。」
うっ…痛いところをつかれるな…
とにかくシスターに会いにいかなければならないようだ。
しかしそれよりも気になることがある。
「なぜボクやシスターにここまで協力しているのにフォイルの依頼を受けているのです?」
「それは…自分を…家族を守るためだ。あいつらに逆らったら私の家族は殺されるから。」
彼女にもいろいろあるようだ。なんとなく深くは聞いてはいけないような気がした。
「わかりました。ボクには…ボクにも果たすべきことがあるようですね。」
「そうだ。理解が早くて助かる。準備はできているな?」
「はい、できています。行きましょう」
その時、気がついてしまった。彼女の手が震えていること。
ボクは気がつかないふりをして店のドアを開けた。
ドアの前には大勢のフォイルの仲間がいた。
「すまない……」
ん?なんて?
彼女の方を向いたときにはもう彼女は透明になって消えていた。
この目の前の光景を見れば明白だ。
彼女はやはりボクのことを裏切っていたようだ。
「お前がカールか?」
「うーんどうでしょうか?」
明らかにリーダー格っぽい男がボクに問う。
あーあここで喧嘩なんてしたくなかったな。
街の人が、助けてくれたこの店を汚したくはなかった。
「リリーが報告していたんだから間違いない。我らが世界の王になるため貴様が必要だ。我々に従え。」
彼女、リリーって言うんだ。そういえば名前聞かなかったな。
「ボク行かないといけないところがあるので、どいてもらってもいいですか?」
「殺されてぇのか!!!」
いかにも下っ端のような人が叫ぶ。ああうるさいなあ。
彼女は透明になる瞬間確かに言った。
『南東の国境で待つ。』
だからボクはこいつらを適度に散らしてそこまで行かなきゃ。
そうしなければ何も解決しない。
ボクは目の前にいる人たちに告げる。
「じゃあ武力行使でいいんですね?」
「何言っているんだお前?」
奴らが一斉に僕にナイフや剣をむける。
武力行使でいいみたい。仕方ない…やるか
ボクは即座に両手で背中にあったホルダーから銃を抜いた。
そして、いかにも下っ端そうな男の手を撃ち抜いた。
音は聞こえなかった。でも確かに男は叫び声を上げながら倒れた。ふふ、みんな何が起きているかわからないみたい。
「こいつを捕まえろ!殺すなよ!」 リーダー格の男が怒鳴る。
はぁ…さあいくぞ。
「本気で殺らなきゃボクは捕まえられませんよ」
そう言ってボクは一歩大きく踏み出し、左右にいた敵を撃ち抜いた。
やはり銃声はしない。みんな撃たれているのかわからず困惑している。
それもそうだ。ボクの銃弾は見えない。ボクの魔力を込めているから。
銃弾の代わりに小さく力をためた魔力を飛ばしている。仕組みは大体そういう感じ。
ボクは魔法が大して扱えない代わりに物に魔力を込めることを必死で練習した。
この国自体、攻撃タイプの魔法が有能だから、殺れなきゃ殺られる。自分の身は自分で守れ。それがシスターの口癖。
相手がボクに斬りかかろうとするけど、避けて腹に思いっきり膝を入れる。振り向いて肩を撃ち抜く。弾切れはボクには関係ないからこちらに襲いかかる人を順序よく撃ち抜く。
1人、2人…と相手は倒れていく。
「早すぎる…なんだこいつ…!」
「早く誰か捕まえろ!」
そんな声が飛び交う。だけどこいつらの中にはボクの速さについていけるものはいないだろう。
銃を撃つ時は足が最も効果的。立ち上がれなくなるから。ボクは足と肩ばかり狙う。
…あと5人かな?
決して頭は狙わない。撃たれた部分を魔力が侵食し、痛みを与えているから。銃弾はないから血も出ない。
頭を打つと直接脳に影響するからその人は二度と起き上がれなくなる。
心臓は動いているのに脳は動かない。それはきっと死よりも重い。
シスターには殺したほうが楽なのになぜと言われたけれど、復讐の相手には苦しんで死よりも苦痛な瞬間を永遠に与えたいから。そう答えたらシスターはニヤッと笑って、じゃあもっと強くなれと言った。
だからボクはこの力を磨きに磨いた。おかで少しは強くなったかも。
あとちょっとだな…南東の国境付近まで行かなきゃ。
「風切り!!!」
風を切るような大きな音が聞こえたかと思うと相手の刃物はボクに届いていないのにボクの腕には大きな切り傷ができた。
血が腕から噴き出る。 ああ、痛いなあもう。
この中に少しは強い奴がいるみたい。
風切りは斬撃を具現化してナイフとか剣とかの形を作る。もしくはすでにあるナイフなどに魔力を纏ってそれを武器として扱う。この街ではそういうやつがほとんどだ。
でもこいつはそれに加えて纏った力を斬撃として飛ばせるみたい。魔力を大量に消費するはずだからこいつはなかなか強そうだ。
間合いを取りすぎると斬撃が飛んできて厄介そうだな…
「早くこいつを捕まえろ!!!」
男が怒鳴る。
でも僕は怯まない。必死に訓練してきたのだから。
復讐のために。
残りのやつらを撃ち抜いてリーダー格の男の足元に滑り込む。
そして男の顎めがけて思い切り銃を振るった。
グリップの底が男の顎に思い切り当たった。
骨が折れるような…聞きたくもない音が響く。あ、グリップちょっと歪んだかも。
どんな生き物だって顎を殴られたら脳震盪を起こす。めんどくさい敵にはこれが有効だとボクは思う。
男が倒れると同時にホルダーに銃をしまう。
よかった効いているみたいだ。生き物じゃなかったらどうしようかと思ったよ…やっぱり撃つだけじゃ間合いを詰められた時、うまく対処できないな。なんかいいのないかな。
まあ国境に行ってから考えよう。少し時間かかちゃったなぁ。
僕は奴らがしっかりと倒れていることを確認した後、南東の国境に向けて歩きだした。