幕末ティーン
「退屈だなあ」
星野あかりはファストフード店の窓から街路樹の花びらが風になびくのを見下ろしてため息をついた。鞄から取り出した模試の結果を、ハンバーガーの包装紙とともに丸めてくずかごへ捨てた。
階段を降りているとき、あかりは黒い外套に身を包んだ巨漢とぶつかりそうになった。身をそらせたあかりの足元が覚束なくなる。
「あれれ」
脱げたローファーが宙に舞う。逆さまになった青空をあかりは駆ける。手も足も空を切っていく。こちらを眺めている黒い外套の男はニヤリと嗤っていた。
「おい、おぬし。死んでいるのか?」
堅くて細い突起があかりの頬を撫でる。驚いて飛び起きたあかりの目の前には、おかっぱ頭の少年がいた。
「サトルじゃない。変な格好で何してんの」
「ひいっ。頼む、食わないでくれー!」
着物の少年は頭を両手で隠してその場に蹲った。
「今日は塾じゃない。あんたがサボるの珍しいわね。いいわ、お姉ちゃん黙っておいてあげる」
あかりは震える少年の肩に触れた。
「ん、おぬし優しい妖怪だな」
「なーにが妖怪よ。ふざけているならさっさと塾に行きなさいよ」
「さっきからわけの分からぬことを。わしはサトスケと申す」
どこからどうみてもあかりには弟のサトルにしか思えなかった。
はっとして辺りを伺うと、街路樹も、往来の車もなく、ファストフード店さえ消えていた。
「ねえ、ハンバーガー屋さんはどこ?あんたがここに連れてきたの?」
「何を言っておる、おぬしが原っぱで寝ていたところを起きるまでつついていただけだ」
そう言ってサトスケは左手の小枝を放った。
「そうだ、ケータイ」
スマホを取り出したが、通信圏外であかりは肩を落とした。
「おぬし、名は何という」
「あかり、よ」
「変わった名じゃの。およ、足を怪我しているではないか。うちに来い」
うっすらと赤くなった踝を擦ると、鈍い痛みにあかりは顔をしかめた。
「ちょっとひねったみたい」
「動けるか?」
あかりはかぶりを振った。
「待っていろ、薬草を採ってくる」
サトスケは一目散に駆け出した。
一人になるとあかりは急に心細くなった。
「一体ここはどこなのかしら」
するとスマホが振動して画面に文字が現れた。
『星野あかり 江戸へようこそ。お前はここで先祖を守らなければならない。さもなくばお前は消えてしまう。死にたくなければ指示に従え。健闘を祈る GM』
読み終えると同時に森から悲鳴が聞こえた。
「サトスケ!」
あかりは弾かれたように走り出した。