7話:決戦前夜
何度も武器の手入れを繰り返していく、籠手の腕に装着する為のベルトの締め付け具合や籠手に組み込まれたクロスボウの歯車やゼンマイのさび落とし、薬品が入った試験官の確認、粘着弾や催涙弾の確認、弓の弦の張り具合、何度も繰り返して、今が何回目なのかもうわからない程だ。
「ユージ、眠れないの?」
「ミラか。」
既に陽も沈み、多くの者が寝静まっている中、廃墟の中の祐二に割り当てられた部屋の明かりが消えていないことに気付いたミラが扉を開けて入ってくる。
「ああ、道具の手入れをしていててね。明日いざという時に故障しても困るから。」
「だからって、こんな時間まで起きてたら駄目だよ。」
「うん、これが終わったらもう寝るよ。」
心配そうに声を掛けるミラに彼女を安心させるために、軽く笑みを浮かべて返事をする祐二だがミラの表情は暗いままだ。
「怖いんでしょ?明日が来るのが。」
「・・・・・・なんでわかるかな。」
「伊達に娼婦をやってたわけじゃないからね。人の心を読み取るのは得意なんだ。」
自分の心の奥底の思いを言い当てたミラに祐二が感心しているとミラが「ちょっと待ってて」といって、一旦部屋を出ていく。
数分後、彼女は両手に武骨なカップに入れられた紅茶を持って部屋に戻ってくる。
「はいこれ、安眠作用がある紅茶、今日はこれ飲んでぐっすり寝て、明日に備えようよ。」
「・・・明日か。」
いよいよ明日勇者税強奪作戦を実行する。既に罠は張ってあり、クロスボウや拳銃、ダイナマイトや爆弾の習熟訓練も終えた。
準備は万端、作戦も可能な限り成功率を高めるよう様々なプランを考えた、例え一つのプランが失敗してもいくつものプランを巡らせており、勇者が所持するスキルに対するメタも織り込み済みだ。
「ユージはミツルギが護衛する馬車を襲撃するんだよね?」
「ああ、俺は御剣、ギールは美丘、アシュリーさんは如月、グリードは田中、後太田や武岡が護衛する馬車にはこっち側の人間を護衛として数人送ってる。」
祐二のカップを持つ手がカタカタと震える。
「怖いよね、やっぱり、今までとは規模が違うから。」
ミラの言葉に祐二は返事をせずに頷く。祐二が明日を恐れている理由、それは自分以外の人間が傷つくことだ。
今までは、実行犯は祐二一人だけだった。それ故に傷ついたり、捕まっても罰せられるのは自分一人だけだった。いや、正確にはミラも一緒に実行犯として活躍したのだが、彼女は基本後ろで控えてもらっていたのでやはり傷つくのは自分一人だけで済んだ。
だが今回は違う、今回は多くの人間が参加する上に、彼らに協力を求め焚きつけたのは祐二自身なのだ。
もし彼らが勇者税強奪作戦で怪我をしたら、自分が焚きつけた所為で死んでしまったら?祐二の脳裏に採掘所で助けを求める人々の記憶が蘇ってしまう。
先程の道具の手入れも一種の現実逃避のようなものだ。
「ほんと、情けないうえに自分勝手だよな。人手が足りないからって助けを求めたのに、できれば参加してほしくないなんて、しかもそれはただ単に自分の責任になることが怖いからだっていう最低の理由で。」
「ユージってさ、騎士とかには向かない人だね。でも僕はそういうとこ好きだよ。皆を巻き込まないよう、一人で頑張ってさ。」
祐二の肩にミラがもたれかかる。すると不思議と先程までの恐怖が薄れて、代わりに絶対に作戦を成功させようという気持ちが強くなってくる。
好きな女性にもたれかかってもらえただけで、やる気を出す自分に呆れ果てながらも、自分を支える為にそうしてくれたミラに祐二は感謝する。
「兎に角、もう逃げられないんだ。覚悟を決めて明日、絶対に作戦を成功させる。」
「うん。」
グイッと残りの紅茶を全て飲み干し、装備の手入れを終わらせる。もう祐二は大丈夫だと判断したミラは、カップを片付けて部屋を出ていこうとする直前。
「あっ、そうだユージ、景気づけに僕のおっぱい揉んでく?」
「ぶっ!!」
緊張をほぐそうと冗談を言って消えていった。
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そして迎えた翌朝、各国の納められた勇者税を乗せた馬車に騎士や勇者が集う。これから勇者税を一カ所に集めた上で、グレーリア大陸に所属している勇者全員を護衛に就け、セイン王国に運んでいく。
その量は膨大となる為、早朝から馬車の周りには多くの騎士達が集まっていた。
「そろそろ動き出す頃か。」
そして同じ時間、各国の勇者税運搬ルートにて祐二達も武器を構えて騎士達が罠にかかるのを待っていた。
「大丈夫、絶対に成功させる。」
勇者税の運搬ルートの一つであるセイン王国から少し離れた場所にある森林で心臓を押さえ、深呼吸をする祐二。そんな彼に緊張など知った事かといわんばかりの陽気な声を掛ける者がいた。
「あらあら、大分緊張してるわね。私と決闘した時よりも緊張していない?」
「黙ってろ、アンタがいると余計緊張すんだろ。」
「あら、お子様には私の色気は刺激的過ぎたかしら?」
「アンタが怖いんだよ。」
協力者たちから少し離れた場所で望遠鏡で辺りを見回していた祐二に気軽に声を掛ける者、それは魔族の王の一人で、祐二の腹に風穴を開け、ミラの顔の怪我を治したフェイだった。
何故彼女が此処に居るのか?それは野次馬以外の何者でもない。協力はしないし、敵対もしない。負傷者の手当てもしない。ただ見て騒ぐだけだ。
「そんなの当然じゃない。なんで私が敵国の内輪揉めに協力しないといけないのかしら?私は唯強い者と戦いたいだけよ。」
「だったら、今から俺達は勇者と戦うんだけど、協力してくれませんかね?」
「?何言ってるの?勇者なんて雑魚じゃない?」
その勇者相手に自分達は苦労しているんだが、といいたいところだが、フェイが参加しない理由も尤もなので祐二は彼女を無視することにする。
「まあ、貴方達の国の王様と密約を交わしていた王の一人は殺しておいたから、戦争を回避して報復を恐れる必要は無いわよ。」
さらりととんでもない事を言ったフェイ。やはり彼女には逆立ちしても勝てないだろうと祐二は確信する。なにせ頭を吹き飛ばしても復活したのだから。
「っ!!来た!!」
揶揄ってくるフェイを無視して望遠鏡を覗いていると、レンズの先に数十両の馬車が重厚な鎧に身を包んだ騎士達を両脇に抱えて、森の中に作られた道を進んでいく。
そしてその先頭には、俯きながら豪奢な剣を右手にブランと垂れ下げている御剣がいる。
「?何か雰囲気変わったかアイツ?」
明らかに地球に居た時とは雰囲気が違う御剣に疑問が沸くが、それを考えている暇はない。祐二は望遠鏡から、彼らの動きを観察し、実行部隊へと指示を出す。
「5、、、4、、、3、、、2、、、1、、、、、、今だ!!」
祐二が作った糸電話(工作のような物ではなく、本格的な戦場でも耐えられる仕様の特注品)で指示を受けた者達が、指先に小さな火を灯し、地面に埋まった爆弾やダイナマイトと繋がった導火線に火を付ける。
やがてそれは地面を伝って、爆弾とダイナマイトに伝わり、丁度御剣達が足を踏み入れた瞬間とタイミングが一致した。これも事前に綿密な計算、訓練を行った成果だ。
「行くぞ!!」
こうして、勇者税強奪作戦は始まりの音を告げる。




