5話:異世界での暮らし
息を潜め呼吸を整える。全神経を集中させ獲物を見据える。手を離すのはまだ早い、チャンスは一瞬だけ決して逃してはいけない。獲物が警戒をとき休憩を取ろうとする。"今だ"、手を離す。
弦から手を離し発射された矢は50メートル程離れた位置にいる兎に見事命中した。今まで何度も逃げられた獲物をようやく仕留められたことに嬉しさを感じるとともに兎に対して申し訳ない気持ちもある。
"せめて、全部無駄なく使わせてもらおう"と考える祐二。エゴかもしれないが仕留めた獲物の体の全てを無駄なく使うこと、それが供養になると彼は考えている。
「ふぅ~、ようやく一羽仕留められたよ。」
弓を肩に掛け、ため息をつく祐二。今彼が使っているのは狩猟用の弓で、二本のしなる木を土台に動物の皮や骨で補強をしたものだ。安価な素材で作れる割に射程距離や威力が高くこの辺りの地域でよく使われているらしい。
フェストニアに転移してから三週間ほど経ち、ようやく異世界暮らしにも慣れてきた。最初の一週間は集落の人達との顔合わせやルールの確認、貨幣や法律など暮らしていく上での一般常識などを学び。二週間目からはスキルの使い方と狩猟について、アシュリーや別の猟師の方に教えてもらっていた。
幸い、”遠い異国の大陸から来た青年だし、グレーリア大陸の常識は知らなくて当然だろう”と集落の人達が勘違いしてくれたおかげで、嫌な顔一つせず親切に教えてくれたのだが。
「朝から初めてもう正午近くだぜ。こりゃもっとビシバシ鍛えなきゃな」
祐二の後ろで、彼の手際の悪さにさらなる特訓を行わせようとする声が聞こえる。
「バンさん。いつから俺の後ろに?」
「テメーが最初に深呼吸開始してからだよ。何回呼吸すれば気がすむんだ。呼吸してんのか息切れしてんのかわかんなかったぞ。」
彼の名はバン、集落に住んでいる猟師で祐二が来る前は彼とアシュリーで狩りを行っていたらしい。(畑を荒らす動物や魔物の相手はこの二人以外にも武闘派のスキルを持つ人も参加する。あくまで飼育や食用の動物と魔物を仕留める”狩り”を二人で行っているのだ。)
バンは顎髭を生やした40代の男性で、集落で20年以上猟師を行っている。スキルはレアクラスの”狙撃”とアンコモンの”暗視”、コモンの”遠見”の持ち主で全てのスキルレベルがMAXのLv10という一流かつベテランの猟師なのだ。
ちなみに家族構成は、妻と織物で生計を立てている娘が二人で、家庭でのヒエラレルキーは最底辺である。集落でも何度か奥さんから逃げ回り男連中に匿われているのを見たことがある。祐二に匿われた事もある。
「それじゃ明日から更に鍛えるとして、今日のところはアシュリーの嬢ちゃんに成果を見せてやんな。それに午後からは、罠の設置の特訓とスレーヤ婆の所に薬草と茸持ってくんだろ。さっさと血ぬき済ませていきな。」
「あっ、そうだった。そんじゃお先に失礼します。今日もありがとうございましたー。」
午前は弓を用いた狩りの訓練、午後は罠の設置の訓練というのが現在の祐二の生活スタイルだ。弓はバンに、罠はアシュリーから教わっている。
アシュリーも10年前までは弓を用いて狩りを行っており、それなりのスキルとレベルでバンに後れを取らない技量の持ち主だったらしいが、十年前からある理由で弓を使えなくなり現在は罠を用いた狩りをしている。
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「アシュリーさん、ただ今帰りました。今日は遂に獲物を仕留めました。ていっても兎一羽ですけど。」
二週間、弓づくりから獲物の解体までみっちり教えてもらったのに、その成果がたった兎一羽であることに祐二は自分が情けなくなる。
そんな祐二の態度を見て、アシュリーは少し怒ったように祐二の顔の前に人差し指を突き付ける。まるで”メッ!”といたずらをした子供を叱っているような雰囲気だ。
「そんなにしょぼくれないの、誰だって最初は小さな獲物だし、それにこの二週間ユージ君は寝る間も惜しんで頑張ったよね。なのに自分の努力を否定するようなこと言っちゃダメ!」
「うっ、そっ、そうっすかね?」
「そうだよ。君はもっと獲物を仕留めた自分を褒めてあげて、私も君を褒めてあげるから。この二週間でよく獲物を仕留めました。頑張りましたね。」
そう言ってアシュリーは祐二の頭を撫でる。三週間同じ屋根の下で暮らしてきて分かったのだが、彼女は世話焼きというか過保護というか、自分のことを年の離れた弟か息子のように見ているのではないかと祐二は考えている。
狩りの特訓の時は厳しい時もあるのだが、それ以外は基本的に祐二に対してやたら甘い。もし祐二に自立心や世話になっているアシュリーの役に立ちたいという感情がなければ、彼は瞬く間にダメ男になっていただろう。それくらい甘いのだ。
「それじゃ、この兎でお昼ご飯にして、その後で罠の特訓を始めようか。蒸し焼きとスープどっちがいい?」
「スープでお願いします。」
「了解♪、本当だったらアタシが弓も罠も教えられたら手間も掛からなかったんだけど。ごめんね。」
アシュリーの謝罪に対して「仕方ないすよ」と返事をする祐二。実際、彼女から両方教えてもらったほうがバンの負担も減るし予定も調整もしやすい。だが今の彼女は弓を使えないのだ。
彼女が弓を使わない理由、それを祐二は知らない。彼が知っているのは、十年前から弓を使わない、それだけだ。
人の過去の詮索は、するのもされるのも嫌いだ。祐二は、彼女の過去を知らないし知ろうとも思わない。ただ今の生活をアシュリーが、喜んでいるそれだけで充分だ。
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「スレーヤ婆さん。頼まれた薬草と茸持ってきたぞー!」
午後の罠の設置の訓練を終えた後、祐二は集落の中の一つの家を訪問した。先日、此処の家主から森で薬草と茸とを採取してくるように頼まれたのだ。
「そんな大きな声出さなくても、聞こえとるよ。少し待ちな」
家の奥から杖を突きながら家主が姿を現す。70代から80代くらいでスレーヤという名前の老婆だ。”調合”と”毒判別”のスキルを持ち、普段は薬を作成しそれを商人に売ったり、集落の医者に卸すことで生計を立てている。
「今日も間違いはなしと、アンタもだいぶ薬草や茸に詳しくなったね。見習いから半人前に昇格してやるよ。」
この老婆は、祐二が猟師を目指していると知ると彼に薬草や茸を採取を依頼してきたのだ。薬の材料ならバンやアシュリーに頼めばすぐ手に入るのだが、それを祐二に依頼する理由、それは祐二に生きる知識を与えるためだ。
森で活動する猟師にとって怪我などを負った際、近くに生えている薬草を使えば治療ができる。だが薬草の中にも毒になるものもある。茸もそうだ、食用の茸と毒茸がある。知識を持っているものと持っていないもの、この差は生と死を分けるのだ。
「それじゃ、今日のお代の傷薬と後、済まないけどこの風邪薬をユミルの所に持って行ってくれないかい?」
「薬をユミルさんとこに?」
「ああ、なんでもユミル嬢ちゃんのお袋さんが風邪をひいたらしくてね、医者から作ってくれないかと頼まれたんだよ。」
ユミルというのはこの集落で唯一の鍛冶師だ。17歳の女性で年が近いせいか祐二ともよく話す。双子の兄がおり、兄は集落の門番をしている。一度魔物が集落に来た時があったが、一瞬でケリをつけており今の祐二では逆立ちしても勝てない。だが、スケベな性格が災いし集落の女性たちからは信頼はされているが恋愛対象としては見られていない。もっとも本人は気づいていないが。
スレーヤから薬を受け取り、エミルの家へ向かう祐二。彼としてもユミルに会いにいくのは嬉しいことだった。彼女はニスアやアシュリーと異なり貧相な体型で、話していても緊張することのない気の置けない会話ができる貴重な女友達なのだ。
朝は弓の練習、昼は罠の練習、偶に集落の人達に頼まれごとをする。勇者として栄光に満ちた生活ではないが、祐二は今の生活が気に入っていた。
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それは、祐二が異世界に来てから丁度一ヶ月が経った時、夕飯を食べ終えた時だった。
「町に降りる?」
「うん、ユージ君もだいぶ集落の生活に慣れて来たし、ニスアちゃんも明日集落に来るらしいから、一緒に町に降りてもいい時期かなって。」
アシュリーの話を詳しく聞くと月に何度か、集落から少し離れた町の商店街に野菜や果物、織物などを納品するらしい。
それに今回祐二を同行させようということらしい、祐二としても集落以外の世界に興味もあるので、参加したい。
「集落の外には俺も興味ありますし、是非とも参加させてください。」
「それじゃ、明日早速町に行ってみようか。朝は早いから今日はもう、お風呂に入って寝たほうがいいよ」
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「この集落で、暮らしてもう一ヶ月か、早いもんだな。」
風呂に浸かりながら、集落での生活を振り返る祐二。ちなみに、フェストニアには風呂はある。水洗トイレもある。といっても日本の様にガスや水道が通っているわけでは無い。
魔法を使用しているのだ。スキルがなくても日常生活レベルの魔法は努力すれば誰でも使える。その為、お湯を沸かすことや水を流すことは特に負担ではないのだ。今、祐二が入っている風呂も大きなタライに、アシュリーが火の魔法で温めた水を入れたものだ。
「他のみんなも一ヶ月こっちで暮らしてるんだよな。」
今まで集落での生活に慣れるので精一杯だったので忘れていたが、異世界転移したのは祐二だけではないのだ。他のクラスメイト42名も一緒にフェストニアで暮らしている。
「みんな大丈夫かなー?御剣達とか羽目外しそうだけど、委員長や武岡がいれば大丈夫か?」
祐二の頭の中では、クラスメイト達が今この異世界で何を行なっているのか、それを想像している。
御剣達自称不良グループ、彼らは自分たちを不良だと思っているが実際はただの小悪党である。自分よりも弱そうなものには威張り散らし、強そうなものには媚びへつらう。そんな彼等は元の学校でも悪い意味で問題児だった。
そんな彼等を諌めていたのが、クラスをまとめる委員長三井と義理人情に厚い本物の不良の武岡だ。小悪党が問題を起こそうとしても彼等が目を光らすことで、抑え付けていたのだ。
「って言っても、みんな戦争で戦うんだよな」
この世界に呼ばれた理由、魔族との戦争。本来なら祐二も参加しなければいけないのだが、弱い自分では参加しても足手まといになるだけだ。そして参加しないくせに上から目線で心配するなど、クラスメイト達から見たら"何様のつもりだ"と思われるだろう。祐二は自分の心配を失礼なものだと判断して自己嫌悪する。
そんな自己嫌悪に囚われていたからか祐二は、脱衣所から浴室に向かう足音に気がつかなかった。
「ユージ君、お風呂で寝てない?もし起きてるんだったら湯あたりしちゃうから、そろそろお風呂から出たほうが良いよ。」
裸に薄いタオルを体に巻いたアシュリーが、浴室に入ってきた。彼女もそろそろ風呂に入りたく、また祐二の長風呂を心配していたのだろう。巻いたタオルは、すぐにでも地面に落ちそうである。
「ちょっ!!何入ってきてんすか!俺もう出ますから!脱衣所で服着て待っててください!!」
「えー、でも服脱いじゃったし」
ふたたび服を着ることを拒否するアシュリー、今の彼女の状態は、上半身は胸が隠しているタオルから零れ落ちそうで、下半身は太腿なのか尻なのか判断に困るレベルの際どさでタオルが隠している。
とてもではないが15歳の少年には耐えられない。祐二は急いで腰にタオルを巻くと脱衣所に飛び出した。果たして今晩早く寝ることができるか、それは誰も知らない。
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