20話:大解放
「絶対ダメに決まってるだろ!」
「何でだよう!」
現在、祐二とミラが暮らしている家で使用人をしている元貴族の令嬢は困っていた。いつもなら家の主であるミラにからかわれている”鬼面の男”兼”錦の御旗”である祐二が彼女に対して見た事もないほど怒っており、それに対してミラが反発しているからだ
事の始まりは数十分前、”鬼面の男”として勇者である田中から”勇者税”を奪ってきて家に帰ってから、ミラが家にいないことに気づき使用人に彼女の行方を確認したところタイミング悪く、ミラが帰ってきてしまった。
明らかに散歩で着るようなものではない衣服に身を包み、金貨が数百枚入った袋を持っているミラを見て祐二は彼女が何をしてきたのか悟った、そして何故そんな事をしたのかミラに理由を問いただした結果、祐二は怒り出し喧嘩に発展してしまった。
「自分がどれだけ危ないことしたのか分かってるのか!しかも相手はあの海藤って、正気か!一歩間違ってたら、とんでもないことになってたんだぞ!」
「ユージにだけは言われたくないよ!ショボいスキルしかない癖に勇者に喧嘩挑んで!そっちの方が危ないじゃないか!」
「俺は別に良いんだよ!捕まっても見せしめに処刑されるだけだから!」
「いや、それ全然良くないけど、、」
祐二の発言に思わず冷静になりツッコミを入れたミラだが、それでも祐二は止まらない。
「でもミラは違うだろ!もし海藤達に返り討ちにされたら、その、、あれだっ!色々されるかもしれないだろ!」
「そんなの覚悟の上だよ!」
「んな覚悟すんな!」
その後も二人は言い争いを続け使用人は終始オロオロしていたが、やはり頑固な祐二は譲らず、ミラも祐二が自分の事を本気で心配しているのを理解し、喧嘩は収まる。
結局二人で話し合った結果、二人は別行動をせず同時に”鬼面の男女”として活動することにした。基本的に祐二が勇者に対峙し、ミラが見えないところで不意打ちなどをサポートする形で行えばミラに危険が及ぶ心配は減るし、民衆にとっても希望の象徴が増える為支持は得られるだろう。
「あー、それでミラ、その、そろそろ着替えてくれないか?」
「ん?」
喧嘩が収まり、空気も落ち着ついてきたところで祐二が彼女に着替えを促す。ミラの恰好は海藤襲撃時のままで体のラインがはっきりと浮かび上がっている。
言い争いをしていた時は気づかなかったが、落ち着いて見てみるとかなり扇状的な格好だ。しかも彼女が少し動く度に何がとは言わないが揺れるのだ。女性に対して免疫があまりない祐二にとっては目の毒で正直困る。
祐二が何故そのようなことを言い出したのかを理解したミラは、一瞬祐二をからかおうとも考えたが、喧嘩した後に下手にからかってまた喧嘩に発展する恐れがあったのでやめることにし、自分の部屋に戻ろうとする。その直前、
「フムフム、ユージも興奮すると、、、」
そのようなことをミラが小さな声で呟いたことに誰も気づかなかった。
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「それでユージ殿本日はどのようなご用件で?」
「アンタの所のお嬢さんについてだ。」
田中襲撃から翌日、背中に籠を背負った祐二はアルティの屋敷を訪問していた。目的は勿論、田中に狙われている元令嬢、アルティの事だ。
祐二を出迎えた女性狩人とアルティ、老執事は緊張した顔で彼の話を聞いている。勇者に”勇者税”が支給されたことは彼女も知っているのでいつ田中が来るかわからないので当然だろう。
そんな彼女の心配を察して祐二は此処にやってきた理由を話す。
「アンタ達は勇者田中にお嬢さんを買われたくないんだろ?それで俺から提案がある。」
「提案とは?」
「俺にお嬢さんを買わせてくれ。」
「!!」
祐二の発言に全員が驚く、別にこの世界では奴隷を買う事は罪ではない。唯アルティに付けられた値段が問題だった。
金貨三千枚、そんな途方もない金額が彼女に付けられており、それにより使用人たちは自分達の主を”購入”することが出来ず、莫大な資金を持つ勇者を指を咥えて見てるしかなかったのだ。
「ああ、別に本当にお嬢さんを奴隷として購入するわけじゃない。あくまで”俺が購入した”っていう形にしてほしいだけだ。そうすりゃお嬢さんは俺の所有物って扱いになって勇者は手出しできないだろう?それが出来ればお嬢さんは今まで通り、この屋敷で暮らしてもらって構わない。」
「そ、それは助かるのだが、金はあるのか?お嬢様を買う事が出来る程の金が?」
祐二の提案は彼女らにとっても嬉しいものだが、肝心の金が無ければ意味がない。予想通りの反応をする彼女らに祐二は自分が背負ってきた籠の中身を見せる。
「これを見てくれ、ちゃんと数えたから問題ないはずだ。」
「こ、これは金貨!!」
「きっちり三千枚だ。」
彼が背負ってきた籠の中身、それは全て金貨だった。光を反射し令嬢達の顔を照らす程の大量の金貨に言葉を失う。
「ん?おーい、おーい。」
余りの大量の金貨に令嬢達が驚き、動かないことに不安になった祐二が声を掛けるが反応した者はいなかった。
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机の上に並べられた大量の金貨、それを数え終えた老執事が祐二に羊皮紙を渡す。
「金貨三千枚確かに頂戴いたしました。後はユージ殿がこの契約書にサインしていただき、国の管理課に提出すれば、正式にお嬢様は貴方様の奴隷となります。ところでこれ程の大金一体どうやって?」
「聞かない方が良いぜ、ああでも、汚い金じゃないからそれは安心してくれ。」
さらさらと羊皮紙に自分の名前を書いていく、フェストニアに来た当初は言葉は通じるものの読み書きは全然で苦労したのだが、その甲斐あって契約書に書いてある契約事項を苦も無く読むことが出来る。この契約内容ならば、アルティは屋敷にほったらかしでも問題ないだろう。
自分の主が勇者へ身売りをする必要が無くなり、女性狩人が思わずアルティに抱き着く。アルティもそんな彼女に抱擁を返すが、同時に祐二に向って頭を下げる。
「ユージ殿、此度は本当にありがとうございます。何とお礼を申し上げていいか。このご恩は必ず返します。もし私にできる事があったら何でも言ってください。」
「それじゃ、早速頼みたいことがあるんだが良いか?」
「へ?」
アルティの台詞に対し、その言葉を待っていたように間髪入れず要求する祐二に対し、アルティと女性狩人の目が点になる。まさかこんな直ぐに礼を要求されるとは思っていなかったのだろう。
「それで、頼み何だが、、」
「ま、待ってください!心の準備を!」
続きを話そうとする祐二にアルティが待ったを掛ける。女性狩人と互いに見つめ合い、何かを覚悟したような目つきで祐二に視線を合わせる。何故か隣の女性狩人も緊張している。
「ええっと、それで俺の頼みなんだが、」
「いえ、皆まで言わなくても分かります。私を助けてくれた時点で薄々察していました。」
これから話そうとしていることを既に察している事に驚いてしまう。やはり伊達に貴族ではない、とてつもない先見の明だ。
「そうか、だったら助かる。」
「は、はい不束者ですがよろしくお願いいたします。初めてですが知識としてそれなりの事は知っています。」
「んん?」
「で、できれば、優しくお願いいたします。」
「ちょっと待て、何の話をしている。」
急に意味不明なことを言い出したアルティを祐二が止めるが、何故かアルティはキョトンとした顔をしている。
「すまん。改めて聞きたいんだが、アンタは俺が何を頼もうとしているのか一度口に出してくれないか?」
「そ、そんな事に女性に言わせるなんて」
顔を赤らめて照れるアルティに祐二は確信した。祐二とアルティの間で決定的な誤解がある事を。
「その、ですから。ユージ殿が求めてるのは私の初めてなのでしょう?ユージ殿でしたら私も後悔いたしません。」
「んなもん求めてねえ!」
「ええ!」
何をどうすればそのような発想になるのか、全く理解できなかったがアルティ達としては逆に祐二が求めない方がおかしいらしい。
すると女性狩人が立ち上がり、おもむろに衣服をはだけさせる。
「や、やはり、起伏の少ないお嬢様では興奮しないか!私は気づいていたぞ、ユージ殿の目的は私自身だと!お嬢様を盾に私の体を求めるつもりだったのだろう!私の目は鋭いからな、邪な視線には気づいていた!好きにするがいい!」
「悪徳狩人に騙された奴が何言ってんだ。とんだ節穴だろ。」
「もぎますよ、その胸。」
何故かノリノリな女性狩人に、祐二はホイホイと騙された癖に何言っているんだ?と言いたげな冷めた視線を、アルティは露になった自分とは違う大きな胸に親の仇でも見るような視線を向ける。
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その後、お互いの誤解が解けて改めて、彼女達に頼みごとをする。
「この頼みは奴隷商であるアンタ達にしかできないんだ。」
自分達がとんでもない誤解をしていたことに気づき、顔を赤らめながらも話を聞くアルティ。
「は、はい。それでどのような頼みなのでしょう?ああ、恥ずかしい。」
「それは、、」
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「ッチ!おいそこサボってんじゃねえぞ!」
金貨の為の金を採掘する鉱山で、現場監督を務める男達は奴隷たちに鞭を振るっていた。以前までは金の採掘は”採掘”という鉱物や化石を掘り当てることが出来るスキルを持つ彼らが行っていたのだが、”勇者税”を払えず奴隷になった者達が来てからは全ての仕事は奴隷に押し付けた。
元々なにか誇りがあってこの職業に就いたわけでなく、たまたまスキルが合致しただけで、隙あらば仕事をさぼっていた連中だ。彼らは自分達の代わりに奴隷を酷使する事に躊躇いを覚えなかった。
今日も仕事を奴隷に押し付け、豪華な昼食を楽しんでいると彼らに向って豪華な馬車が近づいてくる。その外見から中に乗っているのは恐らく貴族だろう。
こんなだらけた姿を見られては、どんな小言を言われるかわからない、急いで身だしなみを整え馬車が到着するのを待つ。
やがて到着した馬車から一人の女性がおりてくる。爬虫類の獣人でその佇まいや、後ろに控えている執事のような男から彼女が貴族なのだろう。
「初めまして、私セイン王国で元貴族をしていましたアルティ・レイモンドと申します。」
「へ、へえ初めまして、それで元貴族様がこんな場所にどんな御用で?」
元貴族とは言え、平民であった自分達とは一線を画す存在、可能な限り丁寧な言葉遣いを心掛ける男達をアルティは鋭い目つきで睨む。
「本日は商談で参りました。ここに存在するあるものを私に売っていただきたいのです。」
「ある物?それは一体?」
「私は現在奴隷商を経営しておりまして、こちらで働かされている奴隷を売っていただきたく参りました。」
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「で、上手くいったの?」
「半分上手くいった感じかな。」
祐二がアルティに頼みごとをして数日、狩人として害獣の駆除にやってきた祐二にミラが頼みごとの進捗を確認する。
「奪った”勇者税”で”勇者税”を払えなくて奴隷に墜ちた人を買うって発想は良かったと思うんだけどな。」
「やっぱり金額が足りなかった?」
「ああ。」
あの日祐二がアルティに頼み込んだ事、それは奴隷商である彼女達の立場を利用して”勇者税”が払えなくなり奴隷となって鉱山で働いている人を購入してほしいという内容だった。
鉱山で働いていた人達は”勇者税”が払えなくて奴隷になった者が大勢、逆に言えば”勇者税”の価値の奴隷という事で奴隷の売買ができる奴隷商ならその分の金を払えば売ってもらい、自分達の商品として扱えるため、祐二が渡した金貨三千枚を元手に鉱山で働いている人達を言い方は悪いが商品として購入してもらい手厚く保護してもらった。
唯一つ問題があった、それは奴隷の数が多すぎたのだ。とてもではないが祐二が持ってきた金貨三千枚では奴隷落ちした人全員を購入することが出来ず、女、子供、老人を優先した結果、鉱山で半分ほどの人数しか保護できなかった。
無茶をすれば金貨三千枚で全員保護することが出来たのだが、保護しているアルティ達は彼らの生活を保障しなければいけない。全員保護しましたが、その結果無一文になって奴隷含めて飢え死になりましたでは目も当てられない。
奴隷達への生活の保障も考えた結果、今回は半分保護という形になってしまった。
「それで今その元奴隷の人達はどうなってるの?」
「一応奴隷っていう扱いだけど、全員元の住居とかで暮らしてる。といっても一文無しだから生活はあのお嬢さんたちが保証してるけど。奴隷達へのの借金は無利子、無期限の形だけの借金になってる」
グレーリア大陸にある鉱山は、あの金山一つだけではない。他の鉱山にも”勇者税”が払えず奴隷になった者達はいる。
彼らを解放するためにもまだまだ勇者から”勇者税”を奪わなくてはいけない。祐二は気を引き締めるとまずは目の前の害獣退治に勤しんだ。
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「ん、こりゃぁ、不味いのう。」
物が何もなく、ただ白い空間が広がる部屋の中でサングラスをかけた老人が、宙に浮いているタブレットのような物を眺めて呟く。
此処はニスアなど世界を管理する神が住まう世界で、彼はそんな彼らを纏める中間管理職的な立場の主神だ。
彼は本日の業務として、フェストニアに転移した勇者達やスキルを授けた神が何か問題を起こしていないのかタブレットで確信していたのだが、転移者の欄を眺めていた所ある一人の転移者に注目する。
「ええと、名前は大和祐二、担当者はニスアと、ふうむ、トラルのアホみたいにチートを滅茶苦茶に授けてるわけじゃなし、そもそもあの子に非はないんじゃが、仕方ないのう。」
そんな彼が眺めているのは祐二が所持しているスキルの一覧、殆どがコモンスキルでたった一つだけレアスキルという何ら特筆すべきものではないのだが、よく見るともう一つスキルが表示されている、しかし何故かそのスキルはレベル表示やスキルのレア度の表示が文字化けしている。
・大和祐二
所持スキル
・音遮断Lv10(コモンスキル)
・遠見Lv10(コモンスキル)
・聴覚強化Lv10(コモンスキル)
・挑発Lv10(コモンスキル)
・大道芸Lv5(レアスキル)
・装填Lv●☆×▽(◎♪2◇◆スキ▲〇ル)
「厄介なことにならんと良いんじゃが。」
今回の話で二章は終了です。
此処から暫く主人公以外の人物にスポットを当てたサイドストーリーを展開していって三章に移ります。




