18話:目的の為なら彼はいくらでも嫌われてやる
今回の話では、主人公はかなりの酷い事をしますが、それもちゃんと理由があります。理由は次の話で説明するため、どうかそれまで主人公を嫌わないでください!m(_ _"m)
「まさか、此処まで噂が広がるのが早いとは思わなかった。」
王城の宝物庫から勇者税を盗み出し、その金を鉱山で不当に働かされている奴隷たちに分け与えて、嫌、元の持ち主である彼らに返して数日、日用品の買い出しに来ていた祐二とミラ、元貴族の令嬢である使用人はあまりの噂の広まる速さに驚きを隠せなかった。
「うん、さっき八百屋のオジサンや雑貨屋のおばあさんも皆同じこと言ってたしね。」
「人の口には戸は建てられないという事でしょうか。」
祐二に同調するように答えるミラと使用人。彼女達の言う通り、買い出しをする際、店の店主と多少話すのだが皆同じことを言っていた。
『鬼面の男が王城に侵入し、”勇者税”を盗み出し奴隷に分け与えた』
皆、この話を嬉々として客に話し、客もその話を聞いて喜んでいた。鉱山で働く奴隷達に金貨を分け与えたのは数日前、しかも王都からは割と離れているのに今ではその噂は王都中に広まっており、国の騎士が苦々しい顔で噂をする国民を睨んでいる。
彼らとしてはみすみす逃がした男の話をされているのだから、たまったものじゃないだろう。
「でもさ、これだけ早く広まるってことはさ。皆その分ユージ、じゃなかった。鬼面の男に希望を抱いているってことじゃない?」
「”錦の御旗”としては一歩前進といった感じか。」
手を後ろで組んで振り返りながら、話しかけるミラ。中々に男心をくすぐるあざとい仕草である。一方の祐二は騎士達に内心謝りながらも、今後どうするかを考える。
確かにミラの言う通り、噂が広まるという事は皆それだけ興味を持っているという事だ。だからこそ次の一手が必要だ。噂と言うのは広まるのも早いが、収まるのも早い。もしこのまま何もしなければ、あっという間に噂は終息し、元の”勇者税”を徴収される苦しい生活に戻るだけだ。
”勇者税”を廃止するためには、”勇者税”廃止を訴える第一王女に国王の座を即位してもらうのが一番の近道だ。そして即位しやすい環境づくりとして、王都の民には”勇者税”継続に反感を持ってもらわなければならない。
そのために自分は”錦の御旗”として勇者や王族から”勇者税”を盗み出してきた。弱い立場の人の為に”勇者税”を盗み出し、分け与える。それにより人々に勇者に変わる新しい希望になると同時に、”勇者税”の存在に疑問を持たせる。
だからこそ、迅速に次の一手を打つ必要がある。国民が興味を失う前に”勇者税”に疑問を持たせる強い一手、それを頭の中で思案するが、やはり一つしか思いつかない。
「勇者から、直接奪うか。」
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「ダメだ、今すぐは認められん。」
「でも、噂が広まっている今だからこそ、やるべきだ。」
買い出しを終えて直ぐ、祐二はギールが所持している廃墟へ向かい、そこで鍛錬に励んでいたギールにある事を相談した。
それは”今夜、勇者の一人から勇者税を奪う。”と言う内容だ。噂が広まっている今だからこそ、更に大きなことをすれば、国民に”勇者税”に疑問を持ってもらうことが出来るはず。祐二はそう考えギールに相談したのだが、ギールは祐二の話を聞いた瞬間に反対をした。
「何で、今ここで勇者から”勇者税”を奪えば、王女達の目的も達成しやすいはずだろう。」
「確かにそれはそうだが、お前今の自分をわかっているのか?」
「今の自分?」
「はぁ、こういう事だ。」
ため息を吐くと、祐二の右足をギールは蹴り飛ばす。突然の激痛に思わず座っていた椅子から、倒れて地面に蹲る。
「痛ッ!!」
「まだ怪我が治っていないだろ。足だけじゃなく肩もそうだしな。いいか、確かに今のお前なら、不意打ちだったら五分、正面からでもいい所まではいけるだろう。だが、それは万全の状態でだ。勇者達はスキルに頼りきりだが、そのスキルがウルトラレアである以上、怪我をしている今のお前では絶対に勝つことが出来ん。それが理由だ。怪我が治るまでは絶対に勇者と戦う事は許さん。」
「いや、でも、、」
「?、どうした。何か理由でもあるのか?」
理由を説明しても尚、勇者に戦いを挑むことを諦めない祐二に流石のギールも違和感を覚える。確かに祐二は頑固な性格だが、石頭ではない。ちゃんとした理由があれば、それを受け入れる柔軟さも持っている。
なのに、勇者討伐にこだわる祐二、何かしらの理由があるのだろうか?一応彼の話を聞いてやろうと祐二を椅子に座らせる。
「えっと、まず最初に話さなくちゃいけないのは、俺の足を射抜いたのは多分田中だ。」
「勇者タナカだと?その根拠は?」
「あの時、王城の屋上には誰もいなかったし、耳を澄ませたけど騎士達は皆、出入り口を塞いでいて誰も俺が屋上にいるとは考えていなかった。そんな中で俺を見つけて暗闇の中で正確に矢を当てる事が出来るとすれば”千里眼”と”必中”のスキルを持っている田中だけだ。」
「ふむ、成程。確かに勇者タナカなら可能かもしれない。」
「で、俺が狙う勇者は田中だ。恐らくだけど俺は田中に勝つことが出来る。」
「タナカに勝つ?どうやって?」
身を乗り出すギール。勇者タナカの”千里眼”と”必中”のスキルは強力で、つい数日前までは勝ち目が無いとギールは考えており、祐二自身もそう考えていた。
だが、祐二は王城から”勇者税”を盗んだその日、田中のスキルのある弱点に気づいた。恐らくそこを突けばきっと勝つことが出来るだろう。
「それはだな、、、」
祐二からの説明を聞き終えたギールは、思案する。確かに彼の言う方法ならタナカに勝つことも出来るかもしれない。しかしそれでも危険な賭けには変わりない。今ここで下手なことをするよりも安全を重視して怪我が治るまで待ったほうが良いのではないか?そう考えるギールに祐二は再度彼に自分の考えを伝える。
「それと、もう一つやりたいことが俺にはある。あの日ギールに連れていかれた鉱山で働く人達を見てからずっと考えていたことが、それをどうしても実現したい。」
「やりたい事?」
「ああ、後はまあそうだな。知り合いが危険な目に合いそうだから、それを助けたいってのもあるな。」
田中に執着されている元貴族の令嬢で現奴隷であるアルティ、恐らく田中は勇者税を受け取ったら、直ぐに彼女を購入しようとするだろう。
以前田中に奴隷として購入され、今は祐二とミラの使用人として働いている元貴族の令嬢。彼女の話を聞く限り、恐らく田中はアルティにも碌なことをしないだろう。アルティとは特に親しいわけでもない。それでも顔見知りが不幸な目にあうのは見過ごせないのだ。
「はぁ、分かった。無茶はするなよ。必要なものは今から俺が用意してやる。」
祐二の強い意志をその目から察したギールは自分が折れることにした。
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「くそ、何で僕だけ他の奴よりも金が少ないんだよ!」
日が沈み、街灯が道を照らす中、勇者である田中は”勇者税”が入った袋を握りしめながら、ある場所へ向かっていた。それはアルティがいる奴隷商である。日も沈み、定食屋や酒場、娼館以外の店は全て閉店時間で奴隷商もその可能性が高く、本来であれば翌日の朝を待つべきだったのだが、”勇者税”を渡されたその日、田中は我慢が出来ず、夜も遅いというのに王城を抜け出して奴隷商へ向かっていた。
此処一か月、ずっと待っていた理想のヒロイン。それが漸く自分の手元に来ることに喜びを隠せず、気持ち悪い笑みを浮かべながら夜の街を走っていく。
今まで購入してきたヒロインは全員ダメだった。主人公である自分に全く心を開かず、怯えてばかりで全くストーリーが進まなかったのだ。
でも、アルティは違う。あの日、笑顔で自分にお茶を差し出しながらも悲しそうな目で助けを求めていた彼女、彼女こそがヒロインで自分は彼女と結ばれる主人公だ。間違いない。
そう考える田中だが、実際は唯の愛想笑いで助けなんて最初から求めていないことを彼は知らないし、知ったところでその現実を受け入れはしないだろう。
それから数分後、そろそろ奴隷商が見えてきたというところで田中に声を掛ける者が現れる。
「よぉ、アンタが勇者タナカ?」
「ああ、誰だ、、お前はこの間の!」
あと少しで目的地に着くというのに自分に声を掛けてきた無礼者に、不機嫌な声を出しながらも振り返った瞬間、田中は驚きで硬直した。
田中の目の前にいた男は、田中が数日前王城で起こった強盗騒ぎの際に誰も気づかない中、スキル”千里眼”で見つけ、自分の手柄にしようと足を射抜いた鬼面の男だった。
”まさかあの時の復讐か?”と一瞬弱気になりながらも、自分がチート持ちである事を思い出し、鬼面の男に怒りをぶつける。
「お前が金を盗んだせいで、そのとばっちりが僕に来たんだぞ!どうしてくれるんだ!お前が盗んだ金の分、僕に支給される勇者税の額が減ったんだぞ、海藤や如月みたいな屑は今まで通り貰っていたのにどうしてくれるんだ!」
祐二が勇者税を盗んだ結果、その分勇者に支給される”勇者税”も減る。しかし、盗まれたという事実を隠したい王は、田中に目を付け彼はあまり活躍していないという理由で彼に支給する”勇者税”の額を減らした。だが真実は既に噂として王都に広まっているため、田中は自分の”勇者税”が少ない原因を知っており、張本人である鬼面の男に怒りをぶつける。
一方の鬼面の男、祐二は田中が癇癪を起しながら、自分を責めていることに対し、小指で鼻の穴をほじるような挑発する動作で答える。
「知るか、バーカ。」
「なっっに!!」
「そんな事より、主人公ごっこは楽しいか?」
「!」
余りにもムカつく反応に一瞬で顔を真っ赤にし、叫びそうになるが次に男が言った台詞に何故か体が止まってしまう。まるで自分の心の奥底に他人が入って部屋を荒らすような感覚に囚われてしまう。
「王都で色々噂を聞いたけどさ、アンタやたら女に自分に功績をを自慢したり、優しい男だってアピールしたり、女の奴隷を買い漁って開放したりしてるんだって?もしかしてアンタ自分の事を絵物語の主人公か何かだって思ってる?」
「う、うう」
「最近王都でもそう言う小説が流行ってんだよね。一見冴えないスキル持ちの底辺の主人公が実はもの凄いスキル持ちで、自分を見下していた奴を見返したり、沢山の女から言い寄られる話。ああ、後他にも酷い環境の中にいる奴隷の美少女を助け出して、その女の子と結ばれて英雄になるっていう話もあるな。全くご都合主義すぎて笑っちまうよな。そんなうまい話現実にあるわけないのに。」
「ぐううぅ」
鬼面の男の話を聞きながらも田中の頭の中は鬼面の男への怒りで燃え上がっていた。男の話し方が今までの田中の行動が恥ずかしい物であるかのように言っているからだ。
幼い頃、テレビの中のヒーローに憧れて真似した日々、年を経て羞恥心が上回りそのような遊びはしなくなったが、鬼面の男はまるで今でも田中がそんなヒーローごっこをしているかのように喋り、田中の羞恥心を煽ってくる。
「で、さっき言ったアンタのここ最近の活動、完全にそれに一致してるんだよね。まっ実際は全部空回りみたいだけど。」
「か、空回りなんかじゃない!僕は活躍してるし、他の女も僕の凄さをいずれ分かるし、海藤や如月もいつか見返してやる!それだけじゃない、僕にはヒロインが居るんだ!彼女は、、」
「”空回りなんかじゃない”ねえ、それってつまり絵物語の真似事をしてるって認めてるんだよね?いい年してそんな事やって恥ずかしくないの?」
「く、ぐうう。」
反論したと思ったらあっさり揚げ足を取られて、再度言葉に詰まってしまう。恐らく田中も内心では恥じていたのかもしれない。ただ、それでも現状の生活の不満を唯一忘れさせてくれるものであるため、決して認めるわけにはいかなかった。
「一つ言っておくよ。アンタはこの先どんなに頑張っても、絵物語の主人公にはなれないよ。」
「な、何でだよ!」
「ああ、その理由は簡単。あんた気持ち悪いから。」
「は?」
これまでの自分の努力を否定する鬼面の男にその理由を尋ねるが、その理由は彼にとって、予想だにしない物だった。
一方の祐二も嘗てのクラスメイトに酷い暴言を吐くことに、内心嫌悪感を覚えながらも田中の弱点を突くためには、彼を怒りで我を忘れている状態にしなければいけないため、言葉を続ける。
「いやだって、アンタ毎日、女性を舐め回すような目で見て、自分の功績を自慢してさ。正直引くよ?王都の人間もうんざりしてたし、それにアンタ知ってる?アンタが買い漁ってた女性の奴隷、みんな陰でアンタの悪口言ってたよ。例えば”毎日無言で見つめていてキモイ”、”急に体を触ってきてキモイ”、”毎日同じ自慢ばかりでうざい”他にも色々あるよ。」
「あ、ああ、あああ」
「ハッキリ言っておく。アンタは主人公になれないし、女にもてることもないし、周囲の人間に認められることもない。諦めろ、それが現実だ。」
元居た日本ではそれなりに親しくしていたクラスメイトにこんなことは言いたくない。それでも祐二は勇者から”勇者税”を盗み出すと決めたのだ。だったらいくらでも嘗てのクラスメイトに嫌われようとかまわないし、悪役にも徹しよう。
そして田中は祐二の思惑通り、怒りで我を忘れて叫ぶ。
「ああああああああああああああ!ぶっ殺す!!!」
とうとう我慢の限界が来た田中が、襷がけにしていた弓を構える。相手は目の目に居て夜の時間だが街灯の光のお陰ではっきり見える。”千里眼”を使うまでもない、”必中”のスキルで相手の心臓を狙い撃つ。
弦から指を離し、矢を放った瞬間、鬼面の男が顔に何かをかざしたように見えたが、そんな物は関係ない。”必中”のスキルは狙った獲物は絶対に外さない。自分が放った矢は寸分の狂いもなく鬼面の男の胸を貫き絶命させるだろう。
そして、自分は鬼面の男を倒した勇者として皆に認めてもらうのだ。底辺から成り上がる勇者、まさしく主人公ではないか。
田中は自分を貶した相手を見返し、思い通りの未来が手に入ることを確信し、ほくそ笑んだ。
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