16話:王城潜入(その2)
後編です。こっちは少し長めです。
王城に侵入者がいる事を知らせる笛の音、それにより王城に勤務している騎士達は皆戦闘態勢に入っていた。剣を使うものは既に剣を抜き、弓を使うものは矢を弓に番え、魔法を使うものはいつでも魔法が使えるように詠唱や刻印の準備をしている。
それは第一王女の近衛騎士であるギールも同一であった。王女達を自室に待機させ、自分は部屋の前で剣を構える。だが彼は侵入者が此処には来ないことを知っていた。
「見つかってしまったか、だがここを離れるわけにはいかない。絶対に捕まるなよ。」
王城に侵入し、勇者税を盗んだ人物、その正体が祐二であることをギールは知っている。彼自身が祐二を王城に招き入れたのだから、それだけではなく”錦の御旗”として彼を見出し、彼を鍛えてきたのだ。すべては”勇者税”を廃止するために。
そしていよいよ計画実行の日、逃走用の馬も用意して作戦を開始したのだが、何かしらのアクシデントがあったのだろう。祐二は兵士に見つかり王城は大騒ぎになっている。幸いなのは侵入者の目的がまだ判明しておらず、何処を警備するかで意見がまとまっていない事か。
王城の騎士は、手当たり次第に侵入者を探しているがそんな効率の悪い方法では、祐二に逃げる時間を与えてしまう。何とかその間に祐二が無事逃げることをギールは願う。
本音を言えば、ギールも祐二をサポートしたい、近衛騎士である自分ならば、直属の部下でなくとも王城の騎士に命令を下すことが出来、わざと指揮系統を混乱させることが出来る。しかし近衛騎士の役割を放り出して、騎士に命令するのはどうしても怪しまれてしまう。そこから王女達や自分が祐二と関りを持っていることがばれてしまう可能性もある以上、下手に動くことはできず、職務を全うするポーズを取る事しかできない。
「ギール、彼は大丈夫かしら。」
「アイツは俺が厳しく鍛えました。そこら辺の騎士なんかには負けません。アイツを信じましょう。」
扉越しに第一王女が祐二の心配をしてくる。だが、今の自分達は何もすることが出来ないのだ。ただひたすら祈るだけ、”せめて、勇者とは鉢合わせないでくれ”ギールはひたすら願った。
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大騒ぎの王城の中を疾走している祐二は、次の角から三人の騎士がやってくることを”聴覚強化”で察知し、武器を構える。さらに相手の動く音に集中していると、相手の騎士達が剣や弓を構える音が聞こえる。どうやら向こうにも”聴覚強化”かもしくは、壁を透視するスキルの持ち主が居るのかもしれない。
「3、2、1、今だ。」
とうとう、騎士達と鉢合わせる直前、祐二は身を低くし、地面をスライディングする。壁の向こうで祐二を切り殺そうとしていた騎士の剣は虚空を切り裂き、壁に打ち付けられ甲高い音を響かせた。
一方の祐二はスライディングしたまま、矢を連続して放ち彼らの膝に当てていく。しかし奥に控えていた騎士の一人には避けられてしまい、倒れた前方の騎士を無視して祐二に切りかかる。
「死ねえ、不遜な侵入者が!」
「クッ!」
騎士の剣を腰のベルトに差している大型のナイフで受け止める。男は細見だったが、何かのスキルの影響か見た目からは想像もつかない腕力を誇っており、徐々に押されていく。
「まさかこんなところで鬼面の男に出会えるとはな!お前を捕まえれば手柄として第二王女の近衛騎士になれるかもしれん!」
指名手配犯の男を捕まえ、第二王女の近衛騎士になる皮算用をする騎士の男に対して、祐二はナイフを滑らせ相手の剣を受け流す。受け流された剣は王城の壁にヒビを入れるが、直ぐに騎士は体勢を立て直し祐二に切りかかろうとする。しかし、その瞬間、騎士の男の眼前に炎の嵐が広がっていた。
「うわあ!何だこれは火の魔法か!」
そして、次の瞬間顔面に強い衝撃を受けて、騎士は気絶する。そこに残っていたのは肩で息をしている祐二だけであった。
「はぁ、はぁ、ぶっつけ本番でも上手くいくもんだな。」
そう言いながら手元に持っていた酒瓶をしまう祐二、彼が騎士に使ったのは火の魔法ではない。彼は唯、火を吹いただけだ。
騎士の男が振り返る寸前、祐二は門番から盗んだ度数の高い酒を口に含み、腰の万能ベルトに入れていた、小さな火を起こす魔法の刻印が刻まれた木の棒(この世界でいうマッチ)に火をつけ、口から霧状に噴出した酒に引火させたのだ。
見た目は派手だが、余り威力は高くなく精々目くらまし程度だが、相手が怯んだ隙に祐二は倒れている騎士の男が付けていたであろう。転んだ拍子に脱げた兜を蹴り上げて相手の顔面にぶつけ、気絶させた。
正直、かなりギリギリだったが、何とか勝つことが出来、安堵するがまだ他の騎士は健在だ。急いでこの場から逃げ出す。
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その後も可能な限り、騎士との接触を避けてきたが徐々に騎士の数が増えてきている。しかし、それも当然だ。現在祐二は王城から逃げようと出口に向かって走っているが、相手もそれは理解している。その為王城の各出入り口に多くの騎士を配備している。
先程までは指揮系統が混乱していたため、まともに動いていなかったが時間が経ち、彼らも落ち着いてきた。まずは侵入者を逃がさないことを目的として出入り口に騎士を配備することにしたのだ。
それだけではない。騎士の中には”追跡”やそれに類ずるスキルを持つ者が複数存在し、彼らは侵入者の足取りを追跡し、確実に祐二を追い込んでいた。
「はぁはぁ、この様子じゃ、もう南側の出口は使えないな。何とか別のルートを考えないと。」
自分を追跡してきた騎士達を痺れ毒を塗った矢で撃退した祐二は、これまでのルートから別の逃走ルートを考える。しかし出口が塞がれている以上、正規のルートではもう逃げられない。
「練習しかしてこなかったけど、あの方法を使うしかないか。」
自分のスキルや王城の構造を頭に思い浮かべて、新たな逃走ルートを思い浮かべる祐二、だがそれは危険と隣り合わせで成功する確率は低かった。
だが、他に方法は無い。祐二は覚悟を決めると一旦、ギールたちが用意した逃走ルートとは別の道に進み、ある場所へ向かう。
祐二が向った場所、それは様々な道具が保管されている物置であった。此処には武器ではない梯子や大工用の道具などが保管されており、役立つ道具が沢山ある。
「多分此処の何処かに、、あった。」
祐二が探していたもの、それは丈夫な縄であった。無事目的の物を見つけ、持ち運びやすいように体に巻き付ける。これで準備は整った、後は見つからないように目的の場所へ移動するだけだ。
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王城は、祐二の発見が知らされた時よりも更に騒ぎが大きくなり、騎士ではない使用人達は自分達がどこに向えば良いのか分からず、自分達の部屋に引きこもっている。
そんな彼らには危害を加えないように細心の注意を払って、彼らの部屋を通り過ぎ、角に隠れながら逃げようとする祐二の目に驚きの人物が写る。
次第にこっちに向ってくる数人の人物、彼らは皆黒髪で顔立ちは祐二に近い。間違いないクラスメイトの勇者だ。恐らく王城に配備されている騎士団が協力を求めたのだろう。彼らは眠そうな目をこすりながら、こちらに近づいてくる。
更に悪いことは重なるものだ。”追跡”のスキルか何かを使ったのだろうか、十人程の武装した騎士達が後ろから近づいてくる。幸いまだ気づかれていないが、このままいけば確実に挟み撃ちだ。十人の騎士とチートを持つ勇者。どちらを相手にしても勝てる自信はない。使用人の部屋に隠れようとしても彼らに見つかって突き出されるのがオチだ。
「畜生」
多くの人に協力してもらいながら、結局水の泡にしてしまった自分を恨みながら祐二は地面に座り込む。流石の圧倒的不利の状況の中では、彼も諦めてしまう。
そして、騎士団が祐二を視認できそうな距離まで近づき、勇者達も次の角を曲がろうとした瞬間、祐二は肩を誰かに捕まれ、引き寄せられる。
「うわ、何だ!」
「シッ!静かに!」
唇に人差し指を当てて、静かにするようジェスチャーをする女性、服装は由緒正しいメイド服に身を包んでおり、それぞれに採寸を合わせているのだろう、その暴力的な胸が存在感を主張している。祐二が知っておる最も胸が大きいアシュリーに勝るとも劣らないサイズだ。そんな彼女は祐二を胸に抱きかかえ、扉に耳を当てて外の様子を伺っている。
『おや、勇者殿。そちらに怪しいものはおりませんでしたか?』
『ああ!いねーよ!そんな奴!ったく夜中に起こしやがって、こういうのはテメーらの仕事だろ!』
『そうよ!肌が荒れたらどうしてくれんのよ!明日はお気に入りの貴族とデートの約束してたのに』
その後も騎士団と勇者の会話を盗み聞きし、彼らが此処から去っていく事を確認すると使用人の女は祐二を解放する。
「もう大丈夫よ。どう、私の自慢の胸の感触は?」
「ああ、ありがとう。いや!助けてもらったことにだからな!へんな勘違いしないでくれよ!」
使用人の女性に助けてもらったことに感謝の言葉を言ったのだが、先に使用人の女性が言った台詞により、まるで自分が彼女の胸に抱きかかえられた事に感謝しているように聞こえてしまい、慌てて祐二は訂正する。
どうやら、此処は彼女が住んでいる使用人に割り当てられた部屋らしく、部屋には彼女一人しかいない。
「それで、何で俺を助けた?」
彼女が自分を助けてくれたことには感謝するが、何故彼女が助けてくれたのか?祐二は指名手配犯であり、彼を突き出せば多額の報奨金が出るのだ。なのに彼女はそんな事はせずに祐二を助けた。
その理由を祐二が聞くと、使用人の女性が祐二に近づく。先程までは勇者達に気を張っており気づかなかったが、もの凄い美人で第一、第二王女に勝るとも劣らない美貌だ。長い艶やかな黒髪、雪のように白い肌まるで人間ではないかのように思えてしまう。
「その理由は簡単よ。私は貴方に興味があるの。」
「興味?」
「ええ、ウルトラレアスキルを持つ勇者に勝ち、勇者税を奪った貴方。そんな貴方に私はとても興味があるの。貴方がこれからどのようにして動くのか、貴方の道の果てに何があるのか私はそれが見たいの。」
耳元にねっとりとした声で囁く女性に、祐二は何故か自分が恐ろしいものに目を付けられてしまったような感覚になるが、そんな事に構っている暇はない。
使用人の女性の部屋は王城の外壁の近くにあるらしく、窓の外から外壁が見える。此処からなら、新たな脱出ルートに向うことが出来る。
「よくわかんないけど、礼は言っとくよ。」
そう言うと祐二は、窓を開け王城の壁にナイフを突き刺しながら登っていく。部屋に残っているのは使用人の女性だけとなった。
「ふふふ、勇者税徴収の日に何か行動を起こすだろうと思って使用人に変装したけど、まさか本人に合えるとはね。」
一人きりになった部屋で女性が呟きながら、窓の外を眺める。そして開けっ放しの窓から風が入ってきて彼女の髪を持ち上げた瞬間、彼女の見た目が変わる。
容姿や体型に変化はないが、黒髪は銀髪に、雪のように白かった肌は褐色の肌に変化していく。その姿は王都にある魔族の捕虜が経営する娼館の主であり、魔族を統べる6人の王の一人そのものであった。
「さあ、鬼面の男。これから貴方の前にはどんな障害が立ちふさがるのかしらね。そして全てを乗り越えたその果てで、私と戦いましょう。ああでもダメね。もしかしたら我慢が出来ずに戦いを挑んでしまうかもしれないわ。」
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ナイフを使い、王城を登り切った祐二は、周りを見渡すが誰もいない。どうやら騎士達は祐二が王城の中にいると考え出口を固めながらローラー作戦で祐二を捕まえるらしい。
「のんびりしている暇はない、急がないとな。」
追手が来ないとはいえ、安心できるわけでもない。祐二は物置から盗んできたロープの両端の先に対魔法使い用に用意した粘着弾を付けると、片方は王城の壁にもう片方は矢の先に巻き付ける。
そして騎士団の弓兵部隊が使っている弓に矢を番え、狙いを定め引き絞る。放たれた矢は、狙い通り外壁の上部に刺さり、同時に縄の先の粘着弾も外壁に取り付く。
こうして王城と外壁に一本の縄が張られ、逃走用のルートが確保できた。後は騎士達に見つからないように素早く”綱渡り”をするだけだ。
「しかし、本当に便利だな”大道芸”のスキル。まさかこれを見越して渡してたんじゃ。」
余りの多彩さを発揮する”大道芸”のスキルに祐二はこのスキルを渡したエミに対して感謝の念を抱く。もし彼女が”大道芸”を渡してくれなかったら、作戦はもっと厳しいものになっていただろう。
それから、縄の強度を確認した祐二は縄の上を走っていく。何度も練習したおかげか、ふらつくこともなく順調に進んでいき、後数歩と言うところまで進んでいく。
そしていよいよ最後の一歩を踏み出そうとした瞬間、足に激痛が走りバランスを崩す。痛みを感じた祐二が右足を見ると、矢が刺さっていた。”どこから放たれた!”王城の屋上には誰もおらず見つかっていないはずだ、なのに足を射抜かれた。
できれば射手を探したがったが、そんな事よりも今はバランスを整えることが優先だ。しかし射抜かれた足では碌にバランスも取れず、縄を踏み外してしまう。
このままいけば祐二は落ちて地面に激突するだろう。良くて大怪我で済み騎士団に連行、悪ければ即死だ。
だが、彼は諦めなかった。もう此処まで来たのだ。あと少しで作戦は成功する。諦めるわけにはいかない。
「おっらぁぁぁぁ!」
バランスが崩れる中、必死に右腕を前に向けて伸ばし外壁を掴み、しがみつく。金貨数百枚や各種装備の重量が右腕に加わるが、それでも手は離さない。そのまま右腕を使って外壁を越えようとする。途中”ビキビキ”と右腕全体が悲鳴を上げるがそれでも構わずに力を加えた結果、祐二は見事外壁を越える。
だが、そこで限界だった。外壁を乗り越えたはいい物も、後はそのまま外壁の外に落ちていくだけだった。右腕、右足は動かず着地体制を取ることも出来ずに祐二は外壁の外にある森へと落ちていった。
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「チッ!あと少しだったのに!」
王城の一角、そこで弓を構えた勇者の一人が虚空を見ながら何かを呟いていた。
いつも感想ありがとうございます!これからも精進していきますので今後ともよろしくお願いいたします!
また、誤字報告などもとても助かっております。




