12話:彼は改めて覚悟する
「勇者タナカについての情報?」
「ああ、何か知ってないか?」
田中が元貴族の令嬢アルティに執着していることが判明した翌日、祐二は何故彼があんなに彼女に執着しているのか、そして舞踏会の日に貴族の令嬢達に言い寄っていたのか?
その理由を知るため、勇者に関する情報を王女の近衛騎士であるギールなら何か知っていないかと考え、特訓の休憩時間中に聞いていた。
一応、田中がアルティに執着している理由はミラが予想を立てたものの確信にまでは至っていないし、貴族の令嬢達に言い寄っていた理由も不明のままだ。
一応地球に居た頃の彼を知っている祐二は御剣達のような遊び歩くことは無いとしても、あの日見た彼の目からどうしても嫌な予感が頭から離れない。
「ふむ、そうだな。勇者タナカか。まず彼はスキルの関係上近距離ではなく、遠距離で戦う勇者だ。彼のスキルはお前も知っているだろう?」
「ああ、確か”必中”と”千里眼”、後”超感覚”だろ。正面どころか不意打ちでも勝てる自信がないわ。」
マグマ・レックス襲撃事件の後、クラスメイトの太田智花の助けを借りてグレーリア大陸に召喚された勇者達のスキルを調べ上げた祐二。
その際、できれば戦いたくない勇者として複数人候補に挙がっていたのだが、その一人が田中だった。別に知り合いだから戦いたくないという訳ではなく、田中の戦闘スタイル及び所持しているスキルが問題だったのだ。田中が所持しているスキルは三つ
・必中Lv5:ウルトラレアスキル、弓や投擲で放った物を狙った獲物に確実に命中させる。精度はスキルレベルに比例する。
・千里眼Lv3:ウルトラレアスキル、ありとあらゆるものを見通すことが出来る。障害物を透過し、遥か彼方にある物を目に捉えることが出来る。レベルを上げることで過去や未来すらも捉えることが出来る。
・超感覚Lv1:ウルトラレアスキル、五感の感覚を常人を超えた範囲で拡張し、ありとあらゆる状況に対応できる。感覚に倍率はスキルレベルに比例する。
そして田中の得物は祐二と同じ弓だ。もしこれで祐二と田中が戦った場合どうなるか?それは祐二の敗北である。
祐二が弓で遠距離からの不意打ちを仕掛けても”超感覚”でその存在を感知されて避けられ、物陰に隠れていても”千里眼”で位置を特定され、逃げようとしても”必中”によって攻撃を避けることが出来なくなってしまう。つまり武器が同じ弓でも田中は祐二にとって致命的に相性が悪いのだ。
御剣の場合は事前に武器を奪う事で勝てたが、田中の場合奪おうとしても気づかれてしまう。その為どうしても彼に勝つイメージが浮かばなかった。
「確かに今のお前では勝てないな。何か防御系のスキルや魔法が使えれば勝てたかもしれんが、生憎そんなスキルは無いだろう?」
「ああ、無い。俺は紙装甲だからな。それで他に何か情報は無い?」
「他か、後俺が知っていることは魔族との戦争時あまり活躍しなかったことと、奴隷を買いあさっていることぐらいか。」
「戦争の時あまり活躍しなかった?どうして?あんな強力なスキルがあれば活躍できたんじゃないのか?」
敵の攻撃は事前に読める一方、こちらは敵がどんな場所に隠れていても攻撃が必ず当たるのだ。むしろ活躍しまくったのではないかと祐二は違和感を覚える。
「確かに人間相手なら脅威だが勇者タナカの攻撃は魔族相手には威力が足りなかったんだ。それに一度に倒せる相手もミツルギやタケオカ、カイドウと言った勇者と比較すると少なかったからな。一般兵よりは活躍したようだが、それも結局他の勇者の陰に溺れてしまった。」
「フーン。それで奴隷を買いあさっているっていうのは?」
正直、戦争の時の活躍よりもこちらの方が重要な気がしてくる。もしかしたらアルティの件もこれに関係しているのかもしれない。
「ああ、それなんだが他の勇者も奴隷を数人、奴隷商から購入し引き連れているんだがタナカだけ他の勇者と異なるんだ。」
「異なるって、どういう風に?」
「正直口に出したくないんだが、勇者達が引き連れている奴隷は性行為が目的の奴隷が殆どで後は荷物持ちだな。ただタナカは何故か奴隷一人しか購入せず、購入しても何も命令せず、数日後奴隷から解放しているんだ。」
「奴隷を解放?何で?」
「さあな、俺にも分らん。そして奴隷を解放した後はまた別の奴隷を購入している。これの繰り返しだな。」
ますます意味が分からなくなる。なぜ奴隷を一人だけ購入するのか?何故何も命令しないのか?何故直ぐ奴隷から解放し別の奴隷を探すのか?田中の行動には理解できないところが多すぎる。
「ちなみに田中が購入している奴隷ってどんな人が多いんだ?」
「他の勇者と同じく、年若い女性だな。ああ、後そうだな。元貴族の令嬢ばかりだったな。」
「ふーむ。」
やはり意味が分からない。正直下衆の考えだが女性の奴隷を購入したら何かしら手を出すのではないか?それとも田中は同性愛者なのか?いや、だとしたら男性の奴隷を購入しているはずだ。考えが纏まらなくなる。
「俺からも一つ聞きたいんだが良いか?」
「ん?どうした。」
「お前に群がっているそのリスや小鳥は何だ?」
ギールの質問に祐二は自分の周りを見渡す。今彼の周りにはリスや小鳥など小動物が集まっており、祐二が指笛を鳴らす度に色々な動きをする。明らかに普通の状況ではなく、ギールは先程からその理由が知りたかった。
「ああ、この間エミから貰ったスキル”大道芸”のスキルの一つ”動物使い”の練習だよ。今はレベルが低くて小動物が限界だけど。」
レアスキル”大道芸”舞踏会で知り合った隣国の貴族、エミからスキルオーブを貰いこのスキルを習得した祐二。その後スキルの内容について調べたところ面白いことが判明したのだ。
・大道芸Lv1:レアスキル、大道芸若しくは曲芸と言われる技を習得することが出来る。習得できる数や技の規模はスキルレベルによって比例する。
つまり”大道芸”や”曲芸”と認識される技なら、そのスキルを所持していなくても、このスキル一つで複数のスキルを所持していることと同一となるのだ。
因みに祐二が試した大道芸は今行っている”動物使い”以外には、”綱渡り”、”ジャグリング”、”縄抜け”などがある。”縄抜け”の練習をする際、ミラに縛ってもらったのだが危うくSMの趣味を持っていると思われるところだった。どちらかと言うと祐二は縛られるより縛る方が好きである。
ただこれだけ便利なスキルなのだから欠点も勿論ある。それは簡単に言えば”広く浅い”だ。複数のスキルと同一の効果を得られる反面、それに特化したスキルと比較すると同じレベルでも大きく差が出てしまう。
例えば、今祐二が行っている”動物使い”という曲芸と”動物支配”というスキルを比較した場合、同じスキルLv1でも祐二は小動物を集めるのが精いっぱいだが、”動物支配”を持っていれば複数の狼クラスの動物を意のままに操つる事ができ、戦闘に用いることが出来る。
「成程、意外に便利なスキルだったようだな。だがもうすぐ休憩時間も終わる。そろそろ自然に返してやれ。」
確かにこのままだと訓練の邪魔になってしまう。祐二は指笛を鳴らすと小動物達に解散の指示を出し、それに合わせてリスや小鳥が散らばっていく。厳しい午前の特訓の疲れをリスとの触れ合いで癒していたソニアが恨めしそうな目で睨んでくるが仕方ないことなのである。
「後そうだ、ギール。もう一つ聞きたいことがあるんだ。」
「今度は何だ?」
「戦争で財産を失ったり、勇者税が払えなくて奴隷になった人達ってどれくらいいるんだ?多分だけど勇者が引き連れてた貴族の令嬢達もそうなんだろう。」
「っ!、ああそうだ。彼女達も勇者税が払えなくなったり、戦争の被害で財産を失い奴隷に墜ちた元貴族の令嬢だ。」
祐二の質問に驚きの表情をしたギールが答える。やはり御剣達に従っていた貴族の令嬢達も財産などを失い奴隷として勇者に付き従っていたのだ。
一方のギールは何か思いつめたような顔をし、ある決断をする。
「ユージ、午後の訓練は中止だ。お前に見せたいものがある。」
「俺に見せたいもの?」
「ああ、王女が”勇者税”廃止を決意したきっかけだ。」
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”王女が勇者税廃止を決意したきっかけ”ギールにそう言われて、午後の訓練を中止し今祐二は馬に乗り、王都から少し離れた岩山が立ち並ぶ場所に来ていた。
「ギール、此処は?」
「金貨の為の金を採掘する金山だ。他にも銅貨や銀貨の為の鉱脈もあるが今は此処で十分だ」
その後、岩山を進んでいくと建物が見えてきて喧騒が飛んでくる。建物とはいっても適当な木で骨組みを作り、ベニヤ板で床や天井を作っただけで少し強い風が吹いただけで崩れてしまう印象だ。そんな建物が幾つも存在し、人が暮らしている。
馬で進むのは苦しくなってきたので馬から降りて、二人は更に進んでいくと喧騒は大きくなっていく。何故か嫌な予感がしてくる。”この先を見たら後悔する”無意識にそう考えてしまうが、同時に”この先の光景を見なくてはいけない”という思いが沸き上がる。
そうして歩いていくと祐二の目に驚きの光景が写る。
「何だよ、これ、、」
そこは鉱脈の入り口で、多くの人間が入り乱れていた。何とか服と認識できる布を纏い、成人男性だけでなく子供、老人、女性が苦しみ、咳き込みながら入り口に入り採掘に励んでいる。
更に入り口の近くには金を溶かすためか巨大な炉が火を噴いており、防護服を身に纏っていない人達が火傷を負いながら炉に薪をくべている。
彼らは碌な食事をとっていないのだろう。体はやせ細っており、今にも倒れそうだ。いや実際何人かは倒れてしまっている。だが鞭を持った男が奴隷を叩き無理矢理立ち上がらせる。
「此処で働いている者達は皆、勇者税が払えず奴隷に身を落とした者達だ。」
「なあ、さっき他にも鉱脈があるって言ってたよな。もしかして、、」
「ああ、そこにも同じく奴隷に身を落とした者達がいる。此処はその一部に過ぎない。」
祐二が呆然とし、膝から崩れ落ちていると、鍋を叩くような音がしてくる。どうやら食事の配給らしい。だが、鍋の中身はクズ野菜が少し入った濁ったスープと硬くなったパン一つだ。明らかに労働量に対して栄養が足りていない。だが、それでも彼らには重要な食事で、皆我先にと列に並んでいく。
一方鞭を持った男達は、鶏肉やサラダが付いた食事を食べながら、奴隷を汚い物でも見るかのような目で眺めている。
「まさか、王都に人がいなかったのは、、」
此処で祐二はある事に気づく、王都に来た最初の日。王都を散策した際、人の数が少なく感じたのだ。その時は皆、金が無いので家にこもっているのだろうと考えていたが、それは違った。
彼らは勇者税が払えず、奴隷に身を落としこの採掘場で劣悪な環境の中働いていたのだ。
「此処の奴隷は解放されることはあるのか?」
祐二の質問にギールは苦い顔をする。祐二とてそんな甘い事があるとは思っていない。だがどうしても希望が捨てきれなかった。
「いや、彼らは勇者税が払えなくて奴隷になったからな。勇者税がある限り解放されることは無い。」
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あの後、自分達がいても邪魔なだけなので二人は王都に向って帰っていた。だが先程から会話はなく重い雰囲気が漂っている。
「王女様はあれに耐えられなくて勇者税廃止に動き出したのか?」
「ああ、そうだ。戦争が終わっても尚続く勇者税、奴隷になり劣悪な環境の中働き命を落とす国民。王女はそれに耐えられなくなって動き出したんだ。」
王女が動き出した理由、確かにあんなものを見れば、誰だって動き出すだろう。国民を愛している王族なら尚更。
「ギール。一つ聞いてほしいんだ。」
「何だ?」
馬を止め向かい合う。祐二は今まで心の奥底に隠していた思いを打ち明けた。
「俺は正直、今まで自分がやっていることは間違っているんじゃないかって思ってた。俺がやっているのは実際は強盗だし、また魔族との戦争が起こった時には勇者の存在が必要なのに勇者の力に疑問を持たせるようなことをやって、俺がやっていることは唯の自己満足で混乱を起こしているだけじゃないかってずっと考えてた。」
「ああ。」
「でもよ、あれを見て思ったよ。勇者税は無くさなきゃならない。俺のやっていることが正義なのかはわからない。いや、多分悪だな。それでも”誰か”が勇者税を無くさなきゃならない。別にその”誰か”に自分が相応しいとか自惚れてはいないさ、もっと相応しい奴が居たらそいつに任せるよ。でも今はその”誰か”がいない。だったらその”誰か”が現れるまでは俺がその”誰か”になるよ。」
「そうか。」
ギールは祐二が覚悟をし、彼が”錦の御旗”なる事聞き、口に笑みを浮かべ、馬を走らせる。
「だったら、俺はお前がその”誰か”に相応しくなるように鍛えてやる!覚悟しておけ!」
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