10話:奴隷の令嬢
異世界転移物では奴隷のヒロインって王道ですよね!
奴隷、それは異世界を舞台にした創作物ではありふれた物であり、特に主人公の男性がヒロインとなる奴隷の少女との交流を深めていく物語は、よく見かけるだろう。
異世界であるフェストニアにも奴隷制度は存在するが、きちんとした法律で定められており理不尽な理由で奴隷に貶められることはない。
グレーリア大陸に存在する奴隷は、二種類存在する。一つは”借金奴隷”。税金を納められなかったり、事業の失敗で多額の借金を背負い払えなくなった者達がなる奴隷だ。彼らは国から正式な許可を得ている奴隷商にスキルや学歴、奴隷になった経歴を説明し奴隷として登録される。
その後は奴隷商によって値段が付けられ、買い取りたい人間が現れるまで奴隷商から礼儀作法や家事を学び商品としての価値を上げながら使用人として生きていく。但し給料は払われず、最低限の衣食住が保証されるのみだ。
給与を支払わなくても良いと言われても衣食住の保証や礼儀作法を教える必要があるため、奴隷商の多くは、潤沢な資金を持ち礼儀作法に詳しい貴族が運営している。
もう一つは”犯罪奴隷”。こちらの奴隷は奴隷商では扱えず、国が管理している。主に彼らは過去に大量殺人などの犯罪を犯し、本来なら処刑されるはずだが高レアのスキルを持ち殺すには惜しいと判断された人間達だ。
彼らの仕事は危険地帯での任務、狩人の中でも白金級が数人がかりで行うような依頼を無償で行ったり、魔族の領地への隠密活動など、いつ死んでもおかしくないような危険な場所へ派遣されていた。無論怪我などをしても何も保証されず、死んだところで別の犯罪奴隷が派遣されるだけ、だがそれでも惨たらしく処刑されるよりはマシなため多くの犯罪者が”犯罪奴隷”として登録されている。
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「ここがアンタの家なのか。でかいな」
「いえ、私の家ではなく私の雇い主の家です。私は此処の使用人として雇われているのです。」
悪質な狩人達に犯されそうになった女性狩人、祐二とミラは彼女を助けたのだがその際に何故、女性狩人が彼らの誘いに乗ったのか理由を聞いたところ「自分が仕えている主が勇者に奴隷として買われてしまう」と言う返答だったのだ。
勇者に喧嘩を売っている立場上、勇者に関係することは放ってはおけないと祐二は詳しい話を聞くことにし、落ち着ける場所で話すため彼女が住んでいる家まで案内してもらっていた。
そして、案内された家は飾りは少ないが、大きな庭を持つ豪邸できちんと手入れをされているのか、庭園のそこかしこで季節の花が咲いている。しかもこの家がある区画は王都の中でも上位の貴族だけが住める区画だ。恐らく女性狩人の主は相当、爵位の高い貴族なのだろう。
女性狩人が玄関の扉をノックすると、執事服を着た初老の男性が迎え入れてくれた。男性は最初祐二とミラを警戒していたが、女性狩人が事情を話すと奥の部屋へ案内してくれた。
「それでは、暫くお待ちください。」
祐二達に紅茶を振舞うと、初老の男性は部屋を出ていく。漸く落ち着ける場所に来れたと祐二は話を始める。
「それで、アンタの主が勇者に奴隷として買われるってどういうことだ?」
「ああ、それなんだが、もう少しだけ待っていただけないだろうか?今からお嬢様がこちらに向われるのでな。お嬢様が来てからの方が話が進めやすい。」
それから暫く紅茶を飲みながら待っていると、扉がノックされて初老の男性が入ってくる。彼の後ろには14~15歳ほどの少女がおり、初老の男性や女性狩人の態度を見る限り恐らく彼女が女性狩人が仕えている主のお嬢様であるのだろう。
祐二は彼女の姿を見て少し驚いた。祐二が今まで見てきた貴族は全てが人間であり、唯一違ったのはドワーフの王族だけだ。
そのため”貴族は全員人間だ”という先入観あり、驚きから我を取り戻すのに少し時間が掛かってしまった。
貴族の令嬢は獣人だった。獣人とはいってもアシュリーのような犬耳があるような哺乳類の獣人ではなく、トカゲや蛇のような爬虫類の特徴を持った獣人だった。体型や顔立ちは殆ど人間と変わらず手の甲や首の一部に鱗のようなものがあり、腰からは爬虫類特有の尻尾が生えている。また瞳も金色に輝く有隣目でそれが却って彼女の魅力を引き立てている。
胸の大きさはミラやニスアには及ばないが十分な大きさを誇っており、顔立ちと相まって言い方は悪いが”かなりの上玉”と言えるだろう。
「セイン王国では獣人の貴族が珍しい故、気味が悪いかもしれませんが何卒ご容赦ください。」
「い、いや、こちらこそ、いきなり失礼な態度を取って悪かった。」
恭しく頭を下げる令嬢に、自分も失礼なことをしていた祐二が慌てて頭を下げる。そんな祐二の態度にミラや令嬢がクスクスと笑い、和やかな空気が流れる。
「私は、アルティ・レイモンドと申します。この度は我が家の使用人を助けていただき誠にありがとうございます。このお礼は必ずお返ししますので少々お待ちいただけないでしょう?」
「お礼はありがたいんだが、それよりも聞きたいことがある。アンタの所の使用人が言っていたんだが、アンタが”勇者に買われる”ってどういうことだ?」
長椅子で対面する祐二に礼を言う令嬢は、祐二の言葉から使用人が事情を話してしまったと女性狩人を睨んだが、話してしまった物はしょうがないとして溜息を吐く。
祐二が此処に来た目的が詳しい事情を聴きに来たのだと判断した令嬢は隠し事をするのを止めにして、全てを話す事にした。
どこか覚悟を決めた令嬢を不思議そうに祐二が眺めていると突如、令嬢が来ていたドレスの首元の紐を緩め始めた。”まさか、いきなりここで脱ぐのか!”祐二がもの凄いアホな事を考え停止している中、アルティは首元を露にする。
「ダメですよ!そんな若いお嬢さんがいきなり、男の前で脱ぐなんて!」
「ん?ちょっと待ってユージ、彼女の首元見て。」
脱ぎ始めた令嬢を前にし、手を顔で覆い、目を閉じ明後日の方向を見ていた祐二にミラがアルティを見るように言う。ミラに語気からふざけた様子はなかったので恐る恐るアルティを見ると驚くべき物がそこにあった。
「え、それって奴隷の首輪?」
「はい、私は”借金奴隷”なのです。」
彼女の首元にあった物、それは動物の皮で出来た首輪だった。首輪には複雑な模様が描かれており、祐二も見るのは初めてだったが、ギールとの勉強で知識だけは知っていた。
”奴隷の首輪”特殊な魔法陣が刻まれ、主人に対して害を与えることが出来ない魔法が付与されている。もし主人に危害を加えようとしたら首輪が閉まり、呼吸が出来ず気絶ししまう代物だ。
ちなみに最初期は金属製の首輪だったのだが、”重いし、作るの金掛かる上に加工も大変だし、動物の皮とかで良くね?”と言う理由で動物の皮で作られるようになった。
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「お嬢様の家は元々、武勲で名を挙げた家だったのです。」
アルティが祐二達に奴隷の首輪を見せた後、使用人の女性狩人が改めて事情の説明をしてくれている。一方のアルティは首元とはいえ男性に肌を見せるのは恥ずかしかったのか顔を赤らめている。
「魔族との戦争時にも、そのスキルを大いに活用し前線で奮闘しておられました。お嬢様もご両親から受け継いだスキルを持っていたのですが、”まだ戦争を体験させるべきではない”とご両親が判断をされて屋敷で暮らしており、私はお嬢様の警護を任されておりました。そんなある日、私達の元に一通の手紙が届いたのです。」
女性狩人はそこで一端話を区切ると拳に力を入れる。よく見るとアルティも震えており、これから言う事は彼女達にとって相当苦しい事らしい。
「それはお嬢様のご両親が戦死されたという通知でした。勇者達が前線に来るまでの間、時間を稼ぐために殿を務め、魔族の大軍に特攻を仕掛けたと。そういう内容でした。」
「私は魔族を憎んではいません。戦場に行く前、父と母は言っていました。”私達は戦争で死ぬかもしれないが魔族と言う種を憎んではいけない”と”もし魔族を憎んでしまったなら戦争はどちらかが滅ぶまで終わらないだろう。””きっと勇者はそんな滅びから世界を救うために、魔族と他種族が分かりあうために神が使わしてくれた希望だ”と、それでも私は父と母に帰ってきてほしかった。」
震えるアルティに女性狩人が優しく背中を撫でる。彼女は両親を本当に愛し、尊敬していたのだろう。
「その後、お嬢様の家宛に国王から直筆の手紙が届きました。内容は”勇者の支援の為の資金として貴殿の財産及び土地の全てを勇者税として徴収する”と」
「はぁ!何だそりゃ!財産と土地全てっておかしいだろ!」
「きっと、国王や他の貴族はお嬢様のご両親が亡くなった事でお嬢様から騙して財産を全て奪おうとしたのでしょう。幸い私や他の使用人、お嬢様が全力で抗議したことで屋敷は残りましたが、財産は殆どが持っていかれてしまいました。ですが、国王が要求したことはこれだけではなかったのです。」
「まだ、あんのかよ」
幼気な少女から両親が残した財産を奪うだけでなく、更に要求を重ねるとはセイン王国の国王はどれだけ勇者の言いなりになっているのか、もしくは余程自分の私腹を肥やしたいのか、どちらにせよ、ろくでもない人間性だけは確かだ。
祐二は呆れと怒りが混じったため息を吐く。
「国王はお嬢様に対して、勇者の使用人として仕えるよう命令してきたのです。ですが、内容を聞く限り唯の使用人で終わるはずがありません。」
それは確かにそうだろう。武岡なら絶対に手を出すことは無いが、御剣達なら迷わず手を出して純潔を奪うだろう。それも嫌がる相手を無理矢理。アルティは美人なのだから尚更。
そう言えば御剣達には貴族の令嬢達が使用人と言う名目で傍にいたが、もしかしたら彼女達もアルティと同じように国から財産を奪われ、使用人として働くことを強制されていたのかもしれない。
「そこで、私達使用人は勇者にお嬢様を渡さないよう知恵を絞りました。そして私達は奴隷商を立ち上げ、そこでお嬢様を奴隷とすることにしたのです。」
「ん?すまん話が飛びすぎて内容が良く理解できなかった。詳しく説明してくれるか?」
「はい。まず”借金奴隷”は買い手が決まるまで奴隷商で生活することになっており、買い出しなどの事情が無い限り、奴隷商から抜け出すことはできません。これにより奴隷商を立ち上げた私達は常にお嬢様の身を守ることが出来るのです。次に奴隷商は扱う奴隷の値段を自由に決められます。それこそ銅貨一枚から金貨千枚など私達はそれを利用し、、」
「お嬢様を”誰にも買えない値段”にして勇者に身柄を渡さずに済むようにした?」
「はい!その通りです。無論貴族が奴隷に墜ちるなど不名誉なことで、私達も当初は悩みました。」
「ですが、私がそれで構わないと言ったのです。貴方達が必死になって私を守ろうとしてくれるなら、名誉など構わないと。」
そこで祐二は納得する。何故使用人の彼らが主を奴隷にしたのかを。奴隷商は奴隷の値段を自由に決められる。それを利用し勇者にすら手が届かない値段にすることで勇者から主を守ったのだ。
奴隷を無理矢理攫うのは犯罪だし、御剣達なら金貨千枚払って女性の奴隷を手に入れるより、金貨千枚を使って娼館で様々な女性たちと交わる方を選ぶだろう。主を奴隷にするなど失礼にも程があるが、本人たちが納得してるなら祐二が言う事ではない。
「それじゃ、勇者から無事身を守って終わりじゃないのか?」
「はい、実際ミツルギやキサラギとかいう勇者はお嬢様を諦めたのですが、最近、、、」
女性狩人が続きを話そうとすると、慌てて初老の使用人が入ってくる。彼が言うには勇者の一人がこの屋敷に奴隷商の客としてやってきたそうだ。
慌てて祐二とミラは部屋に合った大きな衣装棚に隠れる。衣装棚の中身は没収されたのか空っぽで二人が入っても問題はなかったが、ミラと密着していることで彼女の甘い体臭が鼻腔を刺激し、祐二に問題が発生しかけていた。
「でも、勇者ッてお嬢さんを諦めたんだよね?何で今更?」
「さあ?見ればわかるだろ。お、入ってきた。」
そして先程まで祐二とミラが居た部屋に勇者が入ってくる。祐二とミラは少しだけ棚の扉を開け、勇者の顔を拝見した。
「って、アイツは田中か!」
入ってきた勇者は、体がやせ細っており、どこか病的な印象を与える祐二のクラスメイト田中敏行だった。
いつも感想ありがとうございます!これからも精進していきますので今後ともよろしくお願いいたします!
また、誤字報告などもとても助かっております。




