7話:いざ舞踏会へ(その2)
王城で開かれる舞踏会、勇者が参加し暗い雰囲気のまま過ごす参加者達。現在その参加者の一人に勇者である海藤が言い寄っている。その参加者とは、祐二の妻役として参加しているミラだ。
「ね~お姉さん。俺と一緒に踊りましょうよ~。知ってる?俺勇者なんすよ~。そこにいる冴えない男よりずっと偉いんすよ~。」
仮面を付けている為、正体がわからない祐二を貶しながらミラを踊りに誘おうとする酔っぱらった海藤。彼の視線はドレスにより大きく開いたミラの胸元に向いており目的が一緒に踊るだけではないことを物語っていた。
一方のミラも助平な視線を向けられて内心不快に感じていたが、様々な重鎮がいる場所で態度に出すわけにはいかないため、海藤の誘いをやんわりと断った。
「勇者様にお誘いいただけるとは光栄ですが、申し訳ありません。私はランセ大陸の出身でグレーリア大陸の文化に疎いのです。一緒に踊りをしますと勇者様に恥をかかせるかもしれませんので、お断りさせていただきます。」
本来なら舞踏会に参加している以上、グレーリア大陸の文化に精通している事が条件の為、ミラの返事は”お前と踊る気はない”と言う意味であるのだが、酔っぱらった海藤はしつこくミラに付きまとう。
「大丈夫だって~。俺が手取り足取り色々教えてあげるから~。」
「申し訳ありません、勇者様。妻は体調が優れないようですのでご遠慮していただけませんか?」
「あ!誰だよお前!」
「彼女の夫のユーマと申します。以後お見知りおきを。」
無理やりミラの手を握ろうとしたところで、流石に海藤の態度に我慢が出来なくなった祐二は海藤の手を掴みミラに触れられないようにする。一方の海藤は自分の誘いを邪魔されたことに苛立ちを込めた目で睨む。
一気に空気が剣呑になる中ミラがせき込み、祐二にもたれかかる。この場を納めるために体調が悪いふりをして舞踏会から抜け出そうという事だ。祐二もミラの考えを察し舞踏会から抜け出そうとするのだが、また海藤が立ちふさがる。
「どうしました勇者様。妻は体調が優れないので早くこの場から立ち去りたいのですが?」
「そのお姉さん体調が優れないんだろ~。だったら王城にある俺の部屋で休ませてあげるよ~。俺も一緒に行くからさ~。」
「何?」
「だからさ~。そのお姉さんを俺のベッドで休ませてあげるって言ってんの!んで俺も酒飲んで酔っ払ちゃったし、同じベッド休もうかな~。まぁ酔っぱらってるから色々変なことしちゃうかもしれないけど」
「!!」
海藤の発言に一瞬で祐二は怒りに震える。それはつまりミラを抱かせろという事だ。ふざけた提案をする海藤を祐二が睨むと海藤は笑みを浮かべながら、耳元で呟く。
「あのさ~。俺世界を救った勇者だよ~。その勇者の頼みを断るってどういうことかわかってる?大人しく従った方が身のためだよ~。いや~しかし人妻を抱くってのは初めてで興奮するな~。」
立場を笠に着た発言に海藤に殴りかかりそうになるが、今ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。何とかして抜け出そうと考えている祐二に先程から海藤に媚びを売っていた貴族が祐二に話しかける。
「大人しく従った方がいいですよ。ユーマ殿。此処で大人しく従った方が後で”勇者税”の一部を貰えるかもしれませんし、後々得ですよ。」
「そうですよ。勇者税は大陸全土で集められますからね。一部でも膨大な金です。それだけの金があれば一晩で金貨が何十枚と飛ぶような女も抱けますから、奥様の事は諦めましょう。」
彼らは恐らく勇者に媚びを売ることで勇者税の一部を横領し、甘い汁をすすってきたのだろう。確かに勇者に媚びを売った方が楽だし、楽しい思いはできるだろう。だがそれで多くの人の生活が困窮している事に彼らは気づいているのだろうか?
ふざけた事をぬかす勇者にそんな勇者に媚びを売る貴族。祐二は遂に我慢の限界を超えて、近くのテーブルに置いてあった水の入ったグラスの中身を海藤に向って浴びせる。
「っ!テメー今何しやがった。」
「少し頭を冷やした方が良いと思いましたので、水をかけさせて頂きました。」
突然かけられた水に海藤が怒鳴る。そんな彼の大声に我関せずを決め込んでいた貴族や他の勇者、勇者に従者として付き従わられている令嬢達が視線を向ける。
「テメー!俺は勇者だぞ!勇者の俺にこんなことをして唯で済むと思ってんのか!」
「だったら、勇者らしく振舞ってください。」
癇癪を起している海藤に祐二は冷ややかな視線を向けるが、海藤は視線に気づかず怒鳴り散らす。
「勇者の怒りを買ったんだ!許してほしけりゃその女を寄越せ!そうすりゃ許してやるよ!」
「お断りします。」
「な!テメー俺が怖くねーのか!」
恐らく海藤の中では怒り狂った自分を見て祐二が腰を低くし、ミラを差し出すものと思っていたのだろう。
そんな海藤に"No"を突きつけた祐二は、次に自分が言う台詞に気恥ずかしさを覚えながらも覚悟を決める。此処ではっきりと拒否の意を示さなければ海藤はしつこく付きまとうだろう。だったら恥ずかしいなんて言っていられない。
今の自分はミラの夫役なのだ。であれば彼女が誰の物であるかを示さなければいけない。
「確かに勇者様の怒りを買うのは恐ろしいですね。」
「だったら、」
「ですが」
祐二はミラの肩を掴み自分に抱き寄せ、海藤をはっきりと見据え宣言する。
「私は愛する妻を貴方のような勇者の立場を笠に着た下衆に渡すつもりは毛頭ない!失せろ!」
”恥ずかし――!”祐二は正直今すぐ此処から逃げ出したくなったが、逃げ出すわけにはいかない。海藤が祐二の発言に呆気にとられた表情をしながらも祐二に突っかかろうとするが、そこで待ったを掛ける者がいた。
「おや、ユーマ殿ではないか?久しぶりだな。」
「っげ!第二王女!」
「む、そこにいるのは勇者か。確か名前は、、カイダルだったか?それで先程から騒々しいが何があったのだ?」
騒ぎに割って入ったのは片手に酒瓶を持った第二王女であるソニアだった。ソニアは先程から騒ぎを見ていたのだがある事を見極める為、傍観者の立場でいた。そして祐二が相応しいと判断し、騒動を止めに入ったのだ。
「ふむふむ、詰まりユーマ殿の妻の体調が優れないからと部屋を提供しようとしたと?」
「そ、そうだよ。なのにコイツ急に俺に水をかけてきやがって!」
「まぁまぁ、そう怒るなカイドー殿せっかくの酒が不味くなってしまう。」
ソニアはそう言うと海藤の口に無理矢理酒瓶を突っ込み飲ませる。彼女が持ってきた酒は下町で流通している味を度外視して、酒精を極限まで強めた酒だ。蟒蛇である第二王女はこの酒をとても気に入っていたが、少なくとも度数の弱い酒で酔っぱらっている海藤にラッパ飲みさせていい物ではない。
喉が焼けるような酒を無理矢理飲まされ海藤は顔を青くし、白目を剥いて倒れる。そして媚びを売っていた貴族に運び込まれると舞踏会から退場する。
無理矢理騒ぎを納めた第二王女は改めて祐二達の方を向き謝罪する。
「済まない。助けに来るのが遅れてしまった。」
「いや、俺の方こそもっといい方法があったかもしれないのに騒ぎを大きくしちまった。助けてくれてありがとう。」
実際、頭に血が上った結果、考えなしに取った行動だったため第二王女が納めなければ色々と大変なことになっていただろう。
「そう言われると助かる。ん?ミラ、どうしたんだ?先程からずっと俯いているが?」
第二王女の指摘通り、ミラはずっと顔が俯いている。具体的には祐二に抱き寄せられた時からだ。
「ご、ごめん!僕ほんとに気分悪いから、ちょっと外の風当たってくる。」
顔を二人に見られないようにし、走りながらテラスへ向かっていくミラ。そんな彼女を見て祐二は先程の自分の行動が原因と考えてしまった。
「ま、まさか俺が無理矢理抱き寄せたから、それで怒ってるんじゃ。あ、謝りに行くべきか?」
「謝りに行く必要はありませんよ。まぁ原因が先程の行動だというのは間違ではありませんが。」
謝罪をしようとテラスに向う祐二を止めながら一人の女性が近づいてくる。ソニアによく似た容姿、しかしどこか野性的な雰囲気を感じさせるソニアと違い、落ち着いた雰囲気の女性だ。
「彼女の事は私に任せてください。貴方は他の方達と話しながら勇者の情報を集めてください。」
「あ、ああ。分かった。」
「それではごきげんよう。」
そう言ってテラスへ向かう第一王女を見て祐二は一言呟く。
「今の誰?」
第一王女レイア・セインガルド、大切なファーストコンタクトであるはずなのに名乗るのを忘れていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「何喜んでんだ!何喜んでんだ!何喜んでんだ!僕は~!!」
王城のテラス、数多くの花々が咲き、静けさと相まって神秘的な雰囲気を出している場所でミラは悶えていた。顔を両手で覆いしゃがみながら首を千切れそうな勢いで振っている。鏡が無いのでわからないがきっと今の彼女の顔は、真っ赤に染まり口元はにやけているのだろう。このままいけば地面をゴロゴロと転がるかもしれない。
「ミラ、そこに居ましたか。」
「ひゃい。姫様!」
「ええ、姫様です。」
そんなミラの様子を暫く眺め、そろそろ声を掛けてもいいだろうと判断した第一王女に驚きながらもミラは必死に顔を隠す。
「どうやら、気分が優れないというのは嘘のようですね。まぁある意味間違ってはいませんが。」
「い、いつから其処に?」
「貴方がしゃがんで首を振りながら叫んでいた所ですかね。」
「全部じゃないですか~」
先程の自分の行動を全て見られてたかと思うとテラスから飛び降りたくなるが、必死に耐える。
「それで、もう大丈夫ですか?そろそろ戻らないと彼は心配してこっちに来ますよ。」
「も、もう少しだけ待って。せめて顔が普通の表情に戻るまで!」
「まぁ、あんな事を言われたら、恥ずかしいですよね。それでどうでしたか?嬉しかったですか?」
ミラが突如、テラスに向った理由、それは先程の祐二に発言が原因だ。体調が優れないふりをして舞踏会から抜け出そうとするミラにしつこく付きまとった海藤、その時ミラは内心諦めていた。これ以上下手に拒否すると騒ぎが大きくなって祐二や他の参加者にまで迷惑が及んでしまうと考えたミラは自分から勇者の誘いに乗ろうと考えていた。
既に汚れ切った体、この体を差し出せば全てが丸く収まる。まだ勇者に勝負を挑む時ではない以上、これが最善だし、祐二も受け入れてくれるだろう。
そう諦めていたのに祐二が驚きの行動に出た。勇者に水をかけ、自分を抱き寄せ”愛する妻”と言ったのだ。ミラが今まで出会ってきた男性は殆どが体目当てで嘗ての職業(娼婦として男を篭絡し、暗殺を行う)故、自分達に危機が迫ったら平気でミラを見捨てるような男が大半だった。そしてミラもそれに慣れていたため、今回もそうなるだろうと思っていたのだが、祐二はミラを庇った。
娼婦と言う自分の職業を知ってもなお、侮蔑の目を向けず一人の女性としてミラを見てくれる祐二、そんな彼にミラは好意の感情を抱いていたが自分はふさわしくないと諦めて感情を隠していた。それなのに今回庇ってもらうだけじゃなく、抱き寄せられ、しかもそういう役だとはいえ耳元で”愛する妻”と言われてしまったのだ。
好意を抱いている相手にそう言われてミラは自分の喜びの感情を抑えることが出来ず、にやけたり、赤面している顔を見られたくなく急いでテラスで自分の感情が冷めるのを待っていたという訳だ。
「ふふ、よかったですね。彼なら私も安心して貴女を任せられます。」
「だから、そんなんじゃないって、大体僕じゃ相応しくないし!」
そう言いながらも口元はにやけ顔は真っ赤なミラを見て第一王女はクスクスと笑う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あ、お帰りミラ、体調はどうだ?って何で睨んでるの?」
散々第一王女にからかわれた後、何とか口元がにやけるのは抑えられたミラ。テラスから戻ると彼女は真っすぐ祐二の正面に立ち、祐二を睨む。
「や、やっぱり抱き寄せたのはまずかったか?ごめん!あの時は海藤から離そうと必死だったから。」
ミラが抱き寄せたことに対して怒っていると勘違いした祐二は必死に謝るが、ミラはそんな彼にある指示を出す。
「ユージ、しゃがんで。」
「え、何で?」
「良いから!早く!後、目を閉じて」
よくわからないが急いでしゃがんで目を閉じる。すると祐二の額に柔らかい感触が伝わる。祐二が目を開けるとそこにはミラの顔が映っている。この近さで先程の感触、祐二は何となく先程の感触の正体に気が付いた。
「えっとミラ、今のは。」
「うるさい、黙れ、さっきのお礼。」
そう言うとミラは祐二の手を引き歩き出す。これから第一、第二王女の”勇者税”廃止に賛同した者達との顔合わせがあるのだ。
だが、果たして今の二人にまともに顔合わせができるかどうかと言えば、答えに困るとこだろう。そんな二人を見て第一王女が呟く。
「あの二人、相性は良いと思うんですけど、何とかくっつけたいところですね。」
感想、ご意見どんどん募集してます。
別作品も投稿していますので興味を持って読んでいただけると幸いです。
「魔法を使えない僕の職業が実は魔法使いをボコボコにする仕事なのはおかしい話ではない」
https://ncode.syosetu.com/n9129fy/
こちらは一話2000字から3000字ほどの気軽に読める作品となっております。あともの凄い厨二です。




