彼が立ち上がった理由
今回は少し主人公の過去について描写します。
太田智花、異世界フェストニアに飛ばされた勇者の一人であり、現在は王国からエアフの街の守護を御剣と入れ替わる形で依頼され、その為の準備を行っていた。
王都にある王城の一室、そこは王族が勇者の為に用意した部屋であり、王都で一番有名な高級宿にも引けをとらない豪華さだ。そこの一室、太田に割り当てられた部屋の中で彼女は悩んでいた。
既に移動のための準備は終えている。後は出発する日まで待てばよいだけで悩む理由などはない。彼女が悩んでいる理由、それは王都を離れる事ではなくもっと別の事だった。
その答えは、いま彼女が持っている紙だ。紙には鬼面の男の似顔絵が描かれており、捕まえた場合の賞金額が書いている。俗にいう手配書だ。
「これ絶対大和だよ。」
勇者を襲った鬼面の男、この男の正体について既に彼女は彼が大和祐二であることに当たりを付けている。何度も自分に連絡を取り、勇者全員のスキルと特徴をしつこく聞いてきたのだ。それに合わせて起こった勇者襲撃、逆にこれが祐二でなかったら彼は一体何のために自分と連絡を取っていたのか?と聞きたくなる。
何か企んでいるとは思っていたが、まさかこんな大それたことをするとは思わなかった。そして自分も勇者襲撃の片棒を担がされてしまった。だが、彼女が悩んでいるのは犯罪の片棒を担がされたことではない。彼女自身も御剣達には思うところがあり、正直”ざまあみろ”と思っている。
「武岡にいうべきかな~」
彼女が悩んでいる事、それは鬼面の男が祐二であることを彼の親友である武岡に伝えるかどうかだ。鬼面の男は王国で指名手配されており、国も様々な対処を取っている。例えば勇者を囮に使い、現れたところ捕まえるなど様々な作戦を立てている。要は祐二が鬼面の男として活動を続ける限り、勇者とは戦わなければならないという事だ。
そんな中で武岡が自分が戦っている最中に鬼面の男の正体が祐二と知ってしまえばショックを受けるだろう。だったら、事前に正体を教えて戦わないようにすべきでは?太田はそう考えていた。
そして悩んで数時間、答えを出す。
「よし、正体を伝えよう。」
もし、正体を知らずに戦って死別でもしたら最悪だ。だったら正体を教えよう。そう決断し、武岡の部屋へ向かう。
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「武岡、入るよ。」
「ああ、どうぞ。」
扉をノックし許可が出たので部屋に入る。武岡の部屋は他の勇者達と同じように豪華な仕様なのだが、家具などは装飾が施されていないシンプルなものばかりで硬派な彼の性格がうかがい知れる。
そんな部屋の主は、椅子に腰かけながら一つの紙を眺めている。それは鬼面の男の手配書で、今まさに太田が話そうとしていた事だ。彼も鬼面の男を気にしていることに気づいた太田は覚悟を決め話を切り出す。
「実は武岡に伝えたいことがあってきたの。」
「応、なんだ?」
「その手配書の男の正体なんだけど。実は、、、、」
「ああ、大和だろ。」
「大和で、ってええええ!。」
覚悟を決めて話を切り出したのにあっさりと正体を知っていることを暴露した武岡に驚いてしまう。そしてそのまま疑問をぶつける。
「な、何でその手配書の男の正体が大和だって知ってるの?もしかして事前に聞かされてたとか?」
「いや、全く。一年くらい前に出会ってからアイツとは連絡とってねえし。」
「じゃあ、何で知ってるの!?」
「逆に何でお前は正体を知ってるんだ?」
武岡からの質問に太田は「ウッ」と澱んでしまう。何せこれを話せば自分が犯罪の片棒を担いでいることがわかってしまうのだ。だが覚悟を決めて此処に来た以上、話さなければならない。
「・・という訳なの。」
「成程、それで大和の奴は御剣に勝つことができたのか。」
「それで、何で武岡は手配書の男の正体が大和だって気づいたの。」
「あー、それは、」
言い澱む武岡に太田も何となく察しが付く。恐らく武岡が鬼面の男の正体に気づいた理由、それは祐二の過去と何か関係があり、それを勝手に話していいか悩んでいるのだろう。だが彼女も大和の企みに協力された身、巻き込まれた者として知る権利はある。引き下がるわけにはいかない。
「あんまり、気持ちの良い話じゃないがいいか?」
「うん、私だって大和が何でこんなことしたのか知る権利があるから。」
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大和祐二には、年の離れた一人の姉がいた。面倒見の良い性格で、両親が共働きの武岡も幼い頃よく祐二の家にお邪魔しお世話になっていた。
祐二と武岡が小学六年生になった頃、姉も大学に入学し下宿で一人暮らしをすることになり、家を離れることになったが、電話などで連絡を取ることが出来たので祐二は寂しくはなかった。
だが、やがて連絡を取る回数が少なくなり一年目の秋には音信不通となっていた。心配ではあったがきっと大学の講義が大変なのだろうと祐二の家族は考え、姉の負担を考えこちらからも連絡を取ることは控えた。
そんな時、姉が大学に入学してから一年目の冬、病院から電話がかかってきた。姉が倒れて病院に運ばれたというのだ。
「倒れたって、何が原因で?」
「過労と栄養失調さ、そん時俺も大和の家に世話になってて、俺も一緒に病院に向ったんだが酷かったよ。」
久しぶりに姉と再会した祐二は見た光景は想像を絶するものだった。頬はこけ、体もやせ細っていた。一年前とは似ても似つかない姿に祐二は言葉も出なかった。
そんな彼らの前に姉の恋人を名乗る男が現れ、姉が倒れた原因は自分だと言って謝罪をしてきた。
男が言うには、自分には親が残した借金があり姉と一緒にバイトをして借金返済をしてきたのだが、姉は自分の睡眠時間や食事代を削ってまで働いていたのだという。
「じゃあ、借金返済の為に無茶をして倒れたって事?」
「ああ、でもよ、話を聞いているうちに俺と大和は男のおかしい点に気づいたんだ。」
「おかしい点?」
「男がブランド品を身に着けてたんだ。」
借金があるのに何故ブランド品を身に着けているのか?疑問に思った祐二と武岡が両親に進言し、興信所に依頼をし、男の素性を洗い出した結果とんでもないことが判明したのだ。
男に借金があるのは本当だった。ただ借金の理由が嘘だった。男が借金をしている本当の理由、それはギャンブルや女遊びで金を使っていたから、そして遊ぶ為の金や返済に充てられていた金は姉が身を削り稼いでいた金であることも判明した。
「そんな、酷い!」
「ああ、本当にな。実際それを知った大和の親父さんは男をぶん殴って”二度と娘には近づくな!”ってキレてたよ。」
「それで、大和のお姉さんはどうなったの?」
「騙されたショックで完全に心がやられちまった。今は大和のお袋さんの介護を受けながらリハビリしてるよ。それからかな、大和が他人の金で遊び歩いている奴見るとブチ切れるようになったのは。俺らが此処に来る前、大和が御剣達とケンカしたこと覚えてるか?」
「うん、覚えてる。」
あれは忘れられない。いつもは大人しい大和が、御剣達が同級生から金をカツアゲしてる場面を見た瞬間激昂して彼らと喧嘩を始めたのだ。幸いその時は武岡と三井が納めたことで大事にはならなかったのだが。
「だから、今回も許せなかったんだろうな。御剣達が遊び歩いていることに、それでこんな大それたことを起こしちまった。俺が御剣達によく注意してたことも覚えてるか?」
「うん、御剣君達に”勇者らしく振舞え、遊び歩くな”ってよく注意してたよね。」
「ああ、それは奴らを戒める以外にも、大和を止める為でもあったんだ。もし”勇者が遊び歩いている”なんてアイツの耳に入ったら絶対動き出すからな。」
「そっか、そうだったんだ。それで武岡はどうするの?大和を止めるの?」
「いや、アイツを止めることは無理だし、御剣達も痛い目を見たほうが良いだろ。せいぜい俺達は勇者の名に恥じないよう活動しよう。」
「うん、そうだね。」
確かに大和の性格を考えたら、止めることは無理だろう。かといって勇者である以上、彼の味方をすることはできない。だったらせめて勇者の名に恥じない行いをしよう。自分達にできるのはそれしかないのだから。
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武岡の部屋を後にし、自室に戻ってきた太田は改めて荷物の確認をする。武岡の話を聞き自分達が世界を救うために呼ばれた勇者だと再認識した彼女は、今の自分にできる事として、エアフの街の守護を行い人々の信頼を取り戻すと決めた。
「大和がこうなったのは私達のせいだし。」
自分達がちゃんと御剣達を抑えていれば、大和が指名手配されることもなかったし、苦しむ人も現れなかった。全て自分達が勇者としてもてはやされて浮かれていたせいだ。
「今度こそ、勇者として頑張るんだ。」
次に大和に出会ったときに失望されないように、彼に認められるように、それが太田の原動力となっていた。
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この後、エアフの街に向った太田とニスア、アシュリーが出会うことである騒動が起こるのだが、それはまた別の話。
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