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俺TUEEE勇者を成敗 ~俺にチートはないけれどもチート勇者に挑む~  作者: 田中凸丸
勇者の恐怖と民衆の希望の誕生
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15話:勇者の恐怖と民衆の希望の誕生

 彼にとってこの街”観光都市エアフ”は命よりも大切なものだった。彼は”観光都市エアフ”の領主を務める貴族で、先代であった父からこの街の権利を譲り受けた。

 立派な父や自分を応援してくれる領民の期待に応える為に、彼は身を粉にして経済を学び街を発展させていき、遂に王国でも一番の観光都市となったのだ。そしてよりもっと街を大きくするため彼は身を捧げるつもりだった。


 しかし、彼の夢は打ち砕かれた。二か月前に起こった”マグマ・レックス襲撃”、そして現在街に滞在している勇者が原因だ。

 ”マグマ・レックス襲撃”では多くの狩人が命を落とし、命は無事でも二度と狩人として活動できない体になってしまった者もいる。本当なら補助金などで彼らや彼らの家族を支えていきたかったのだが、”勇者税”徴収直後で金がなく謝罪しかできなかった(貴族などは金貨三枚とは、また別の勇者税が徴収される)。あの時ほど自分が情けなく思ったことはない。


 その後、勇者が街に滞在すると聞いた当初はとても嬉しかった。彼らならどんな魔物も倒してくれるし、元気がない町民の希望になってくれると思ったからだ。

 だが実際は違った。彼らは街を守ってはくれず、むしろ街にとっては害だった。日々賭け事や女遊びに現を抜かし、歓楽街では問題を起こす勇者とその部下に町民は失望の目を向けていた。

 そして勇者達が自分達の収めた”勇者税”で遊んでいることを知ると、町民はもはや彼らを勇者とは思わなくなった。

 流石にこれには自分も我慢ができず、注意したのだがその日の夜。屋敷に勇者達が殴りこんできて自分や自分を守ろうとした部下に怪我を負わせ、笑いながら帰っていった。


 その結果、自分を含め皆、心が折れてしまった。”酷い目に合うくらいなら生活は苦しくても勇者の機嫌を取ろう”皆、口には出さないがそう考えるようになってしまった。

 実際、今日勇者に”勇者税”を渡したのだが、遊びに使うことを楽しそうに語る勇者に対して領主は何も言えなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「悔しくはないのか?」


「だ、誰だ!」


 勇者に”勇者税”を渡した日の夜、自分の弱さから逃げるように酒を飲んでいると窓際から声が聞こえてくる。

 視線を向けるとそこには鬼面を被っている男がいた。強盗かと思い男を睨むが、男は領主を気にせず質問を続ける。


「悔しくはないのか?」


「何がだ!」


「納めた”勇者税”を遊びに使われることにだ。」


「!」


 男からの質問に領主は口を閉ざしてしまう。本音を言えば悔しい、だが強大な力を持つ勇者に太刀打ちできるはずもなく我慢するしかない。だから酒を飲んで自分を慰めていたのだ。

 しかし、逆に酒を飲んでいたからだろう。男からの質問に領主は本音で答える。


「悔しいに決まっている!悔しいさ!私や街のみんなが苦しい思いをして納めた金が遊びに使われて、悔しいはずがない!奪い返してやりたいぐらいだ!」


「その言葉を聞きたかった。」


「え?」


 鬼面の男はそう言うと、領主の机の上に沢山の金貨が入った袋を投げる。そして袋には"勇者税"であることを示すマークが刺繍してある。

 領主は驚き目を見開く、間違いなくこの袋に入った大量の金貨は今日勇者に渡した”勇者税”であるからだ。


「こ、この金はどこから!?」


「勇者から奪った。」


 淡々と語る男に領主はさらに驚く、勇者や部下の騎士は全員ウルトラレアかスーパーレアのスキルを持っているのだ。そんな最強の勇者から金を奪うなど、この男は命知らずにも程がある。


「アンタに頼みたいことが二つある。」


「頼みだと、私が聞くと思っているのか?」


「聞いてくれるさ、アンタも勇者や”勇者税”には思うところがあるんだろ?」


 確かに鬼面の男の言う通り、勇者達には思うところがある。だとしてもこの男は勇者を襲った犯罪者。話など聞かずに衛兵を呼び国に突き出すべきだ。


「頼みとはなんだ?」


 だが、領主の口から出た言葉は拒否の言葉ではなく、肯定の言葉だった。少なくとも男の話を聞いてやるぐらいには男の考えに共感していた。


「一つ目は、この金を納めた人達に返して欲しい。」


「それは構わないが金を奪われた勇者が要求したら、また納めなければいけなくなるぞ。」


「その心配は必要ない。少なくとも来月の徴収日まではな。」


「どういうことだ?」


 男の言葉に疑問を浮かべる領主、”勇者税”とは勇者を支援するための金であり、納めるのは我々の義務だ。そしてあの勇者は金を奪われたと知ったら、すぐさま要求するだろう。そしたら納めなくてはいけないはずだ。


「勇者に納める前に盗まれたなら、また納めなくちゃいけないだろう。でもアンタ達は既に納めてある。」


「つまり義務はもう果たしていて、”勇者税”の所有権は勇者に移ってるんだ。その上で奪われたなら、それはもう勇者の責任だ。」


「あ、ああ、そうか成程!」


「むしろ勇者が要求してきたら、責めてやればいい”自分達が納めた金を盗まれるなんて本当に勇者か!”とかな。それで暴れたなら国に報告すれば、流石に動くだろう。」


 祐二が今回勇者から直接”勇者税”を奪った理由、それは所有権が移動するのを待っていたからだ。”勇者税”を奪うだけであれば、徴収した金が一時的に収めてある領主の館に忍び込んだ方がよっぽど楽であったが、それだと勇者に”勇者税”を納めていないことになり、また金を要求される恐れがあるのだ。


 だが、勇者に”勇者税”を納めた後だと話は変わる。納めた時点で所有権は勇者に移っており、その金で何をしようがその責任は勇者にあるのだ。ゆえに遊びに金を使っても誰も文句は言えないが逆に盗まれても、それは勇者の責任であり誰にも文句は言えないのである。

 むしろ文句を言った場合、勇者は責任を果たした民衆を責め立てている事になるので、非難される恐れがあるのだ。


「わかった。税金を納めた町人の名簿があるから、”勇者税”は全額、元の持ち主に返そう。」


「頼むぜ、因みに少しでもネコババしたら、、、」


「君が襲ってくるんだろ?安心してくれ。私とて領主の端くれ、領民達に恥ずかしくなる真似はしないさ。」


 これまで領民の期待に応えるように働いてきたのだ。今更彼らを裏切るような真似を領主がするはずがない。祐二も領主の人柄を知っているからこそ彼に金の返却を頼んだのだ。


「それで、もう一つの頼みと言うのは一体何だね?」


「ある噂を流して欲しい。その内容は、、、、」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「わかった。明日、早速部下に頼んで噂を広めよう。」


「しかし、一つ聞きたいのだが君は一体何を企んでいるんだ?」


「”勇者税”の廃止。」

 

 いとも簡単に言う男に領主は言葉を失ってしまう。”勇者税”は各国で決まっている制度であり、それを廃止するという事はつまり、国の考えを変えるという事だ。そんな大それた考えを抱く男に領主は傅きたくなってしまう。

 横暴な勇者から民の為に立ち上がり、国を動かそうとする。彼こそ本当の”勇者”だと思わずそう考えてしまう。


「君は一体何者なのだ?」


「勇者が嫌いな泥棒さ。」 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「何で、金が貰えないんだよ!」


「ですから、先ほど申し上げた通り我々は既に”勇者税”を納めております。」


 祐二が御剣から”勇者税”を奪った翌日、領主の館では怒鳴る御剣達と彼らの文句に淡々と答える領主の姿があった。

 ミラとの出会いの後、祐二は御剣達の身ぐるみを全て剥がし、街の大通りに縄で縛って放置していた。その結果、朝早く商売の準備を始める露店の商人達に発見され領主の館で保護されている。

 その後、金が盗まれたことを知り、御剣が領主に追加の”勇者税”を求めたところ領主が断った。というのが現在の状況だ。


「それが盗まれたんだ!”勇者税”を納めるのがアンタ達の義務だろ?だったら、追加の金をくれよ!」


「確かに”勇者税”を納めるのは我々の義務です。ですが我々は今月分の”勇者税”を既に勇者様に納めており、責任を果たしています。そして”勇者税”を受け取った時点で金の所有権は勇者様に移っております。ですので盗まれたと言われても、それは盗まれてしまった勇者様に責任があり、我々にはどうすることもできません。」


 領主の反論に御剣は口を閉じてしまう。元々口は上手くなく、暴力で解決してきたのだ。碌に言い返せるわけがない。


「しかし、我々が苦しい思いをして収めた金が盗まれるとは、勇者様には失望しますね。」


 ”ハァ”と勇者を見下すようにため息を付く領主に御剣は思わず殴りかかろうとするが、領主がそれを見越したかのように言葉を続ける。


「あまり、暴力は振るわないほうが良いですよ。今後も”勇者”として扱われたいなら。」


「どういう意味だ!」


「納めた税金をみすみす盗まれた上、逆上して暴力を振るう人間を国は”勇者”として認めますかね?”国王は勇者の言いなりになっている”と噂も流れていますが、流石にこれには国王も動くでしょう。誰も面倒事しか起こさない人間に金は払いたくありませんから。」


 確かに領主の言う通り現在国王は御剣達のような横暴な勇者の言いなりになっている。だが同時に自分たちの事を疎ましく思っていることも知っている。これ以上、好き勝手にやっていたら本当に”勇者”として扱われなくなってしまうかもしれない。そうなってしまうともう二度と贅沢はできなくなるのだが、御剣は絶対にそれだけは避けたかった。

 御剣にとってフェストニアで守るべきものとは”民衆”ではなく”勇者としての生活”であり、その為なら何でもするとまで考えており、同時にそれが弱点となっていた。


 御剣は振り上げた拳を降ろすと乱暴にドアを開け、領主の館から出ていき、そんな彼の背を領主は勝ち誇った顔で眺めていた。


 その数日後、観光都市エアフや付近の村に住む人々に嬉しい事が起こった。領主から派遣された部下が”特別補助金”として各家庭に金貨三枚を支給されたのだ。”勇者税”を納めたばかりで懐が寂しい時に支給された金貨に民は歓喜した。それと同時に彼らの間である噂と手配書が流れる。


”勇者がそこら辺のゴロツキに襲われ金を全て盗まれたらしい”


 そして、手配書には鬼の面を被った男が描かれており、罪状は”勇者襲撃”と描かれている。


 勇者達に納めた額と同じ金貨が戻ってきたと同時に、勇者を襲った男の手配書が流れた事で彼らは確信した。この鬼面の男こそ自分達の為に勇者から金を取り戻してくれたのだと。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ”やはり、一人も逃すべきじゃなかった”祐二は王都行きの馬車で出発を待ちながら後悔していた。領主に頼んだ内容の二つ目は、”勇者がそこら辺のゴロツキに襲われ金を全て盗まれたらしい”という噂を流して欲しいという内容だ。

 目的は民衆に対する勇者への不信感の植え付けと勇者達に危機感を持ってもらうためだった。誰だって騒ぎしか起こさない役立たずに金は払いたくない。

 勇者が名もなきゴロツキに襲われることで”勇者はそれほど強くないのでは?”という疑問を民衆に持ってもらい、それを広めることで”強くない勇者に税を払うのは意味がないのではないか”という考えを広めていく計画だったのだ。


 その考えが広まっていけば、国も何かしら行動を起こすだろうし勇者も汚名返上の為に少しは真面目に働くだろうと考えたのだ。無論上手くいく保証はない。最悪の場合、国が武力をもってそういった考えを無理やり抑える可能性もある。そうなった場合祐二は名乗りをあげ、自分が全ての責任を取り処刑される覚悟だ。


 だが、ここで予想外の事が起こった。それが勇者を襲った男の手配書だ。御剣達を襲ったあの日、逃げた一人の男が王都に戻り、勇者が襲われた事を国王に報告したのだ。その結果国は直ぐに男を指名手配し、手配書をばら撒いた。

 本来の計画であれば”名もなきゴロツキ”に”勇者”が敗れることで”勇者”に不信感を抱かせるはずだったのだが、”名もなきゴロツキ”が”鬼面の男”に変わってしまったことで不信感を抱かせることには成功したが、同時に民衆から”鬼面の男”が祭り上げられる結果になってしまったのだ。これでは悪目立ちしてしまい、活動に支障が出るかもしれない。


「でもま、過ぎたことは仕方ないか。」


 どのみち活動を続ける以上、目立つことは避けようのない事だった。それが少し早まっただけの事だ。

 祐二が前向きに考え出発の時間を待っていると遅刻しそうだったのか、一人の女性が慌てて馬車に乗り込んでくる。女性の顔を見た瞬間、祐二は驚きで目を見開く。


「いや~、危なく乗り遅れるとこだった。ん?お兄さん僕の顔に何かついてる?」


「い、いや、知り合いに顔が似てて驚いただけだ。」


「ふ~ん、そっか。あっ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はミラ。お兄さんの名前は?」


「ユ、ユージだ。」

 

 馬車に乗り込んだ女性は、数日前に出会ったミラであった。”なぜ彼女が此処に、まさか正体がバレたのか!”と祐二は慌てるが、仮面を付けていた事を思い出し何とか初対面のように振舞う。


「お兄さんも王都に行くの?」


「あ、ああ、王都に出稼ぎに行こうと思って。」


「へ~、僕もなんだ。前の仕事でお得意さんが来なくなってね。僕も王都に出稼ぎさ。」


「でも、鬼面の男には感謝かな。お得意様は金払いは良かったけれど、仕事仲間に暴力を振るっていたから、正直二度と来ないでほしかったから。」


「勇者たちはそんなに横暴に振舞っていたのか。」


 その後、ミラと他愛ない話を続けていくが話が終わりかけたところでミラがある質問をする。


「ところで、一つ聞きたいんだけど?」


「ん、どうした?」


「僕、お得意様が勇者だって言ったっけ?」


 笑顔で質問をするミラに脂汗を浮かべる祐二。仮面を付けて出会った際、ミラから彼女は勇者のお気に入りだと聞いていたため、お得意様を勇者と気づき話していたが彼女は一言も勇者とは言っていないのだ。何とかごまかそうとする祐二にミラは質問を続ける。


「ねえ、君と僕って数日前にも出会わなかったけ?具体的には勇者が襲われた日の夜。」


「き、気のせいだろ。」


「え~、でも君これがすっごく似合いそう。」


 そう言ってミラが取り出したのは手配書に書かれてある鬼面と同じデザインの仮面だ。彼女はそれを祐二の顔に重ねると、ある提案をする。


「ねぇ、僕達これから一緒に王都に向うんだからさ、暫く一緒に行動しない?」


「い、いや俺は狩人組合に登録してる狩人けど、アンタは違うだろ。」


「前の前の仕事は狩人だったよ。これでも鉄級なんだ。」


「いや、でも、しかし。」


「い・い・よ・ね♪」


 笑顔でものすごい圧を放つ彼女に、”これ以上拒否すれば正体をばらす”と理解した祐二は頷くことしかできなかった。やがて馬車が発車し王都に向う。天気はとても晴れやかなのに祐二の心は計画の最初の段階で躓いた事により、沈んでいた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 王国の各地に散らばった鬼面の男の手配書はあらゆる場所で波紋を呼んだ。海藤や如月のような”勇者税”で遊び歩く勇者には、自分が襲われるかもしれないという恐怖の存在として、民衆からは”勇者税”で遊び歩く勇者から金を取り戻してくれる希望の存在として扱われるようになった。


 この日、勇者の恐怖と民衆の希望が誕生したのである。



 

これで第一章は完です。ここから暫くは本編の内容を補完するサイドストーリーの投稿や今書いている新作の完成を進めていきます。その後第二章を投稿していきます。

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