14話:勇者を狩る(後編)
後編です。
御剣にとって異世界転移は最高だった。元居た地球でも好き勝手にやっていたが問題が起こるとすぐ責任を取らされてしまうから困っていた。幸い三井や武岡に頼めば彼らが責任を取ってくれたので良かったが、その代わりに彼らに頭が上がらなくなることが不満であった。
だが異世界に勇者として召喚されてからは、そんなことはもう起こらない。皆自分をもてはやし好き勝手暴れても、「勇者だから」と許してくれる。しかも金が勝手に入ってくるので働く必要もない。
散々国から甘やかされた結果、御剣のタガは完全に外れてしまい責任感や罪悪感などの感情は消えてしまっていた。そして自分に意見をしようとする人間はいないとまで考えるようになってしまっていた。
だからだろう。今御剣の前に立つ一人の男に彼が混乱しているのは、自分は勇者でこの世界で一番偉い存在であり、対峙する人間などいるはずがない。しかし実際に男は存在し、自分に敵意を向けてくる。部下の騎士は男を見て逃げてしまっており、今大通りにいるのは二人のみ。
御剣は頭を振ると考えを纏める。自分は勇者であり、この世界を救う者つまり”正義”だ。そして自分に敵意を向ける男は勇者に仇なす者つまり”悪”だ。ならば勇者である自分がこの男を殺さなければならない。御剣はそう考え、腰に携えてある剣にてを伸ばす。
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”一人逃したか”御剣を睨みながら祐二は作戦の修正を考える。二人の騎士を捕縛した後勇者を追跡したのだが、酔いも醒めかけていたのだろう。部下がいなくなっていることに御剣が気づいてしまったのだ。このままでは彼らが警戒をしてしまう、それではコモンスキルしかない祐二では勝ち目がなくなる。
勝負を一気に決めるため祐二は連弩で町の街灯を破壊し、暗闇に隠れて奇襲をかけることにした。”聴覚強化”のスキルを持っている祐二なら暗闇で目が見えなくても音で相手の位置がわかるからだ。
奇襲は最初成功した。突然の暗闇に御剣達はパニックになり、碌に行動できていなかった。しかし祐二が眠り薬を嗅がそうと近づいた瞬間、部下の騎士が”光魔法”で周りを照らしたのだ。部下の男は突然目の前に現れた鬼面の男を見て逃げ出したが、”光魔法”の残滓によりまだ周りは明るい。祐二の姿は御剣に捉えられている。
もう奇襲はできない、作戦は失敗だ。かといってこのまま逃げることもできない。”正面から戦うしかないか”祐二は覚悟を決め戦闘態勢を取る。
「テメー何者だ!他の奴らもテメーがやったのか!」
「ああそうだ。他の奴らは俺がやった。俺は勇者が嫌いな泥棒でね。有り金全部頂くぞ。」
「ふっっざけんな、これは”勇者税”って言って俺の金だぞ!」
「お前の金じゃないだろう。」
”勇者税”は民衆が勇者に世界を救ってほしいと生活の中から苦しい思いをして出した金だ。勇者が遊ぶための金ではない。だが今の御剣には何を言っても通じないだろう。
「勇者から金を奪おうっていうんなら、お前は”悪”だよなー!」
「ああ、俺は悪だ。動機も八つ当たりだしな。」
「じゃあ、死ねよ。」
そういうと、御剣は腰に携えた剣を振りかぶる動きをする。避ける暇はなく、直撃を受けて祐二は死んでしまうだろう。だが、、、、、
「あ、あれ、俺の剣は?どこ行った?」
「探し物はこれか?」
「な、何でテメーが持ってんだ!」
斬撃が放たれないことに違和感を感じた御剣が腰を確認すると、そこにあるはずの剣がなくなっていた。そして自分の愛剣を何故か鬼面の男が持っている。
剣を取り戻そうと男に殴りかかりながら近づくが剣を取り戻す事は出来ず、逆に男から腹に膝蹴りを喰らってしまう。蹲る御剣に男が冷たい視線を向ける。
「剣がなければ勇者もこの程度か。」
祐二が御剣のスキルを見て気づいたこと、それは彼のスキルは全て剣に依存していることだ。確かに御剣が持っているスキルは強力だが全て剣がある前提のスキルであり、無い場合に使用できるかは不明である。”ならば、剣を奪えば使えないのではないか?”と考えたのだ。祐二の考えは見事に当たり、今の御剣は突撃しかできない雑魚になり果ててしまっている。
「い、いつ俺の剣を盗んだ?」
「教える義理はない」
いつ祐二が剣を盗んだか、それは先ほどの暗闇での奇襲の時なのだが、下準備は更に前に済ませていた。御剣が酒場を出た後にぶつかった男、それは祐二でありその時にナイフで剣とベルトを繋ぐ鞘に切れ込みを入れておき、少し力を入れれば簡単に剣が外れるようにしたのだ。そして奇襲の際に盗んだというわけだ。
完全にスキルを封じられ成す術がなくなった御剣に祐二が眠り薬を嗅がせようとすると、突如御剣が立ち上がり複数の斬撃を祐二に向って放つ。それは小さい斬撃で何とか躱せたが直撃を受けていたら、大怪我では済まなかっただろう。
使えないはずのスキルに祐二が驚いていると狂ったような笑いを浮かべる御剣が、派手な装飾が施されたナイフを見せびらかす。
「いや~俺としたことが忘れてたぜ。”勇者の短剣”の存在がある事を。」
「”勇者の短剣”?」
「王族が作った俺達を勇者って証明する短剣さ。こいつがあればどこでも勇者って認められてチヤホヤされるんだよ。」
要は身分証明書のようなものだろう。見た目は派手だが切れ味はあまり良くなさそうだ。しかし剣に関するウルトラレアのスキルを持つ御剣が使用することで必殺の武器となっている。
逆転した状況に御剣が笑みを浮かべていると祐二が突撃を仕掛ける。やけになって特攻を仕掛けてきたと御剣は判断し、止めを刺すべく斬撃を放つ。
「はは、死ねよ雑魚が!」
今度こそ斬撃は放たれ直線状にいる祐二に命中する。御剣は鬼面の男が血まみれになり、自分に許しを請う姿を想像した。しかしまたしても予期しないことが起こる。斬撃は直撃したはずなのにそこに男はおらず、男が被っていたフードが細切れになり宙を漂っている。
御剣が呆然としていると横から頭に強い衝撃を受け、意識を失う。そこにいたのはフードを取り仮面で顔を隠している祐二であった。
「なんとか、間に合ったか」
斬撃が放たれる直前、祐二はある”技”を使っていた。それはエミールに教えられ、この二か月間必死になって習得した技だ。
スキル”挑発”を使い相手の意識を自分及び自分が身に纏っている物に向けさせる。そして相手が攻撃する瞬間に”挑発”を解き、身に纏っている物の一部を囮として残して”音遮断”を発動し移動する。相手は”挑発”の残滓から囮の方を攻撃し、その間に本体は奇襲や逃亡を謀るという技であり、ランセ大陸では”変わり身”と呼ばれる技だ。
ただこの技タイミングがかなりシビアであり、一歩間違えば攻撃を喰らってしまうのだ。そのタイミングを見極めるため集落ではバンに特訓に付き合ってもらっていた。
その結果、”変わり身”は見事成功し、御剣の攻撃をよけ頭に蹴りを入れることに成功した。部下の騎士は逃してしまったが、目標である勇者への襲撃は成功したので祐二の勝ちといってよいだろう。
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気絶している御剣の体を縛り、彼から”勇者税”の金が入った袋を回収すると、裏路地から拍手の音が鳴り響く。”逃げた男が増援を呼んだか!”祐二が警戒し、連弩を路地の方に向ける。
だが、そこにいたのは逃げた男ではなく生地の薄い服に身を包んだ女性だった。年齢は祐二と同じくらいか、髪は短く中性的な顔立ちと合わせて少年的な雰囲気だが、確かな存在感を放つ胸や細い腰は色気を振りまいており、顔立ちとのアンバランスさが却って彼女の魅力を引き立てている。
「誰だお前は、いつからそこにいた。」
連弩は女に向けたまま質問をする祐二、女が敵か味方かわからない以上いつでも逃げられる準備はしておいたほうが良い。周りを確認しながら逃走ルートを頭に浮かべる。
「ちょっと、そんな武器構えながら睨まないでよ~。別に君に危害を加えようって訳じゃないんだからさ。」
「僕はミラ、この先の娼館で娼婦をやっていてね。そこで倒れている勇者のお気に入りだったんだ。君の活躍は最初から最後までずっと見ていたよ。」
「では、なぜここにいる?」
「それは秘密かな。とりあえず僕は君の敵じゃないから、武器を下ろしてくれないかな?」
ミラの服は薄く、武器を隠せるような場所はない。格闘系のスキルを持っている可能性もあるが、敵ではないという言葉を信じて祐二は連弩を下ろす。
「それにしてもすごいね~君、ウルトラレアスキル持ちの勇者とスーパーレアスキル持ちの騎士を倒すなんて。」
「一人逃がしたがな」
「だとしても凄いよ。それで今度はこっちが質問する番だけど、君は何者で勇者を襲って何をするつもりなのかな?」
顔に笑みを浮かべながらも目は全く笑っていないミラの質問に祐二はなぜか恐怖する。彼女は武器を持っておらず距離も離れている。なのになぜか”答えを間違えると自分は死ぬ”と祐二は確信する。それほどまでに今の彼女からは、得体のしれない殺気が漂っているのだ。言葉を間違えないよう祐二は細心の注意を払いながら質問に答える。
「俺は、勇者が嫌いな泥棒だ。」
「へ~、それで”勇者税”を盗んでどうするつもり?」
「元の持ち主に返す。」
嘘、偽りなく自分の本心を伝えるとミラは一瞬呆けたような顔をした後、腹を抱えて笑うと同時に殺気を解く。
「フフッ、元の持ち主に返すか、それじゃ君は”勇者税”で遊び歩く勇者から民衆のために金を取り戻す義賊って訳だ。」
「そんな立派なもんじゃない。始めた動機は、八つ当たり、憂さ晴らし、自己満足、言葉はいろいろあるけど碌な理由じゃない。」
祐二が勇者から”勇者税”を奪うと決めた理由、それには勿論あの”マグマ・レックス襲撃”も含まれているのだが実は別の理由もある。
祐二には”働いて稼いだ金を他人に遊びで使われる”という事に関してトラウマともいうべき経験があり、そのトラウマが今回御剣達の行動で呼び覚まされ、居ても立っても居られなくなったという訳だ。
御剣達からみれば勿論それは八つ当たりでしかないので、祐二は自分が褒められるような人間ではないと考えている。
「だとしても、君がやったことは結果的に民衆の助けになるよ。少なくとも僕はそう思う。」
「それじゃ、僕はそろそろ退散しようかな~、店の娘たちも心配してるだろうし。」
「俺を見逃すのか?」
「娼婦をやってるから男を見る目は自信があってね。君は嘘をつくような人間じゃない。その金は言葉通り全部元の持ち主に返すだろうさ。」
ミラはそういうと踵を返そうとするが、立ち止まると祐二の方に振り返り真剣な表情で質問する。
「でも”勇者税”を取り返すだけじゃ、また徴収されてイタチごっこになるけど君はそれでもいいのかい?」
「良いわけないだろ。”勇者税”を奪うのはあくまで手段、俺の目的は”勇者税”の廃止だ。」
「フフッそれは良かった。お陰で僕の仕事もはかどるよ。」
妙な言い方をするミラに祐二は首を傾げてしまう。今の言い方だとまるで娼婦以外にも仕事があるような言い方だが、質問をしようとしても彼女は笑顔ではぐらかしてしまう。
「一つ、忠告しておくよ。君は今後大陸で起こる騒動の中心人物になる。気を付けたほうが良い。」
「ちょっと待て、どういう意味だ。」
「これ以上先は言えないかな~、僕にも守秘義務があるし。そ・れ・よ・り・も♪」
急に近づいたミラが祐二にもたれ掛かる。胸板を指でなぞり色気を振りまき、先ほどまでのシリアスな空気から一転若干ピンク色になってしまった空気に祐二が慌てる。
「この後暇なら、娼館に行かない?君になら僕、どんな激しいことされても構わないよ♪むしろバッチコイ!だよ♪」
「断る!離れろ!」
「え~、どうして?僕これでも娼館で人気No1なんだよ?」
「とにかく離れろ!」
「あっ!もしかして初めてだった?だからそんなに慌ててるの?だったら大丈夫、僕が手取り足取り優しく教えてあげる♪あっ、でも僕が初めての相手じゃきっと、僕なしじゃ生きられなくなるかも」
「さっさと離れろー!」
耐えきれなくなり、投げ飛ばすようにしてミラを引きはがす。ミラは不満げな顔をしながら「ヘタレ!」と叫び裏路地に消えていく。
「何だったんだアイツは?」
正直勇者よりも手ごわかった。大和祐二 16歳、女の扱いはまだまだである。
祐二の過去やミラの正体などは今後投稿していくサイドストーリーで書いていきますので、少しの間お待ちください。




