12話:狩るための準備
祐二が一年間暮らしている集落、今そこの出入り口の門でアシュリーとニスアが祐二の帰りを待っている。アシュリーと祐二が大ゲンカした翌朝、アシュリーが目を覚ますと祐二は既に討伐に向っていた。彼女は急いで町へ向かおうとしたが、祐二の考えは変わらないことを理解しており町へ向かうのを諦め代わりに祐二が返ってきたときのための準備を行っていたのだ。
そして討伐作戦開始から三日後、町から集落への距離を考えると今日戻ってくるはずだ。アシュリーから話を聞いたニスアとともに祐二の帰りを待っていると遠くから人影が見えてくる。
人影を確認したアシュリーとニスアが走りながら近づくとその人影は祐二だった。祐二が無事だったことに嬉しくなり思わずアシュリーが抱き着く。
しかし今までの祐二だったら思わず反応して慌てるはずだが、今の祐二は抱き着かれても何も反応を起こさない。違和感を感じたアシュリーが祐二の顔を確認すると彼の眼に見たことのないほどの怒りの感情が宿っている。
「祐二さん、生きて帰ってきてくれてよかったです!アシュリーさんから討伐作戦に参加したって聞いて心配したんですよ!」
「祐二さん人の話を聞いてますか!祐二さん!えっと祐二さん聞こえてますか?」
何度も声を掛けても反応しない祐二に不安そうな顔をするニスアに対し、突如祐二が彼女の肩を掴む。驚く彼女に対し祐二は語り掛ける。
「ニスアさん。以前言いましたよね。ここで暮らすか地球に戻るか。」
「え、ええ。確かに言いましたけど?」
「だったら、俺はもう決めました。どうするのか。」
「ど、どうするんですか?こっちに残るんですか?それとも地球に帰りますか?」
「俺は・・」
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マグマ・レックス襲来から二か月、あの事件の後エアフの町には勇者とお連れの騎士団が毎月交代で町の守護をすることとなった。本来いないはずの魔物が出現したことで王都の上層部が”魔物の生態系が変わった””魔族の侵攻ではないか”と疑ったためである。
守護を担当する勇者は討伐作戦で活躍した、太田、御剣、海藤、如月の四人であり彼らがローテーションを組んで守護を行っている。
そして、あの討伐作戦で衝撃の事実を知った祐二は、、、、
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森の中でフードを被った長髪の男が弓を構えている。彼は何かを待っているかのようにそこから動かない。そんな彼に対して木の陰に隠れながら一人の男が矢を放つ、その矢は真っすぐに男の頭を貫いた。貫いたはずだった。
だが矢が貫いたのは男が被っていたフードだけであり、男はその数メートル離れた場所に立っていた。矢を放った男が驚き動きを止める中、長髪の男は各指の間に三本の矢を持つという独特なスタイルで構えを取りそのうち一本を男が隠れていた木に向って放つ。
矢は寸分たがわず木に当たり、矢を放った男は自分の負けを認めた。
「いやー参った。もう俺じゃお前には勝てねえな」
「ありがとうございます。バンさん」
髭面の男バンと髪を切っていないため肩にかかる程に髪が伸びた祐二は、訓練を終え集落に変える途中だ。
討伐作戦の真実を知った祐二は、ある決意を固めこの二か月間準備をしてきた。今回の訓練もある”技”を実践で通用するレベルまで鍛えることを目的に行っている。
そして遂に今日の訓練で目標までのレベルに達したことを確信した祐二は、本格的に動くことを決める。そんな祐二の考えを知ってか知らずか先を歩いていたバンが振り返り祐二に問う。
「で、ユージお前何企んでんだ?」
「急に何すか?企むって何をっすか?」
「お前、ここ最近スレーヤ婆の所で薬の調合について学んだり、ユミルの嬢ちゃんにわけわかんねーモン作らせてんじゃねーか。何かあるって思わない方が不自然だろ。」
「だから、それは説明したでしょ。故郷に戻る為に一人旅でも大丈夫なよう準備してるって。」
祐二の説明に対して、納得していないような表情をしながらもこれ以上何も聞き出せないとバンは判断したのだろう。
「ユージ、体は大事にしろよ。」
最後に祐二を心配する言葉を掛け集落へと帰っていった。
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「それじゃ、ユージ君明日から旅に出るんだね。」
「はい、今までお世話になりました。」
アシュリーとの夕食後、祐二は明日集落を離れ旅に出ることを彼女に告げた。前から告げていたとはいえ祐二が出ていく事にアシュリーは悲しそうな表情をする。
「そっか、、それじゃまた明日から寂しくなっちゃうね。」
「ねぇ、ユージ君今からでも遅くないよ。考え直して、」
「すいません。もう決めた事なんです。」
アシュリーの懇願を断る祐二、もう彼の考えを変えることは無理だろう。祐二としても彼女を悲しませたくないのだがそれでも譲れないものがある。祐二はこれ以上会話をすると気持ちが揺らいでしまうと考え自分の部屋の戻り、旅の準備を進める。
祐二が明日の準備を終え寝ようとした所、扉がノックされる。「どうぞ」と入室を許可するとそこには寝間着姿のアシュリーがいた。普段着と違い生地の薄い寝間着により彼女の見事なスタイルを浮かび上がらせ色っぽい雰囲気を纏っている。
普段と違い色香を漂わせているアシュリーの訪問に祐二が驚いていると、アシュリーが口を開く。
「ねぇ、ユージ君今日は添い寝してもいいかな?」
「は?何で急に?」
「お願い、変なことはしないから」
アシュリーの今までも見たことのない真剣な表情に祐二が思わず了承すると二人で同じベッドで眠りに入る。しかし魅力的な女性と同じベッドで寝るという状況に祐二は落ち着かず、まったく寝ることができない。
明日朝早くに町に向うつもりだがこのままではマズイ、祐二が何とか眠りに入ろうと頭を必死に空っぽにしようとしていると突如アシュリーが祐二の頭に手を伸ばし、胸に抱きかかえる。
「ちょ、アシュリーさん寝ぼけてんすか?」
「ねぇ、ユージ君、何をするかは知らないけど多分君これから一人で危ないことをする気だよね?」
慌てる祐二に落ち着いた声色で質問をする彼女に祐二も落ち着きを取り戻し、返事を返す。
「何で、分かったんすか?いつ気づいたんすか?」
「気づいたのはマグマ・レックス討伐から帰ってきたときかな。あれから明らかに目つきが変わってるんだもん。」
確かに祐二が覚悟を決めたのはその時だが、まさか見てわかる程だったとは思わなかった。まだ彼は16歳、感情を隠せられるほど成熟していなので仕方ないかもしれない。
「確かにその通りです。でも大丈夫です。集落の皆さんには迷惑を掛けるつもりはないす。」
「アタシが言いたいのはそういう事じゃない。」
「え?」
「ユージ君て、一度決めた事は絶対に実行するよね。それがどんなに危ないことでも。この前なんか怪我人の治療に必要な薬草取るために、魔物の縄張りに突っ込んでいったよね。」
「う、その節はご迷惑をお掛けしました。」
魔物の群れに突っ込み怪我まみれになりながらも薬草を取ってきた祐二に対し、アシュリーは見たこともないほど怒っていた。そして彼女はその時のような無茶をしないか心配しているのだ。
「ユージ君、君を止めても無駄だってことは分かってる。だから止めない、でも辛くなったら戻ってきて。」
「心が折れそうなとき、心も体もボロボロなとき、逃げてもいいから、その時は集落に戻ってきて、アタシが傷がいえるまで甘やかしてあげる。」
「ダメ人間になりそうっすけど。」
「ダメ人間でも構わない、心が壊れるよりずっといいよ。だからお願い、無茶はしてもいいけど本当につらい時は戻ってきて」
祐二は答えることができなかった。自分がこれから行うことは犯罪だ。もし集落の人と関係を保ち続けていたら、彼女たちに迷惑が掛かってしまう。その為祐二は二度と集落に戻る気はなかった。
答えない祐二にアシュリーも答えを察したのか何も言わない。ただより力強く祐二を抱きしめ眠りに入った。
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翌日、早朝の集落の入り口には多くの人が集まっていた。皆祐二の見送りに来たのだ。
「皆さん、今までお世話になりました。」
「ようやく一人前となったら、直ぐ師匠の下を離れる。これだから弟子は嫌なんだよ。」
憎まれ口をたたきながらも、祐二に餞別として複数の薬品と調合のレシピを渡す薬屋のスレーヤ。彼女からもこの二か月様々な薬品の製法を学んだ。
「アンタのお陰で色々面白いもんが作れたんだけどね。また何か閃いたら戻ってきてよ。」
鍛冶屋のユミルは祐二に二つの籠手を渡す。一つは連弩と一体になったもので、もう一つは吹き矢やナイフなど色々なものが仕込める籠手だ。
「それで、これは一体何に使うモンなのさ?」
そう言ってユミルが渡したものはこの世界には存在しないもの、フリントロック式拳銃だ。勇者に対抗するための手段として銃火器が必要と考えた祐二が彼女に依頼したものだ。
ただいきなりオートマチックピストルやリボルバーは無理だったので単発式の拳銃になってしまい、しかも火薬はないので今は使えない。それでも火薬の存在は確かなのでいつか使える日が来るはずだ。
「ユージ、弓はサボってたらすぐ腕が落ちる。毎日練習は続けろよ。」
バンからは警告を受け、集落の長が祐二に多少の路銀を渡す。最後に残っているのはニスアとアシュリーのみだ。
「ニスアさん。すいません。俺がこれからやることはハッキリ言って神達の意思に背くことです。」
「それでも構いません。元々私たちの都合で祐二さんをフェストニアに連れてきたんですから、私に祐二さんを止める権利はありません。」
ニスアにはこれから祐二が行うことを話している。最初彼女は驚いていたが、祐二から理由を聞き納得をしてくれた。
最後に残ったアシュリーに祐二は顔を向ける。彼女は何とも言えない表情をしながらも、やがて笑みを浮かべて祐二に言う。
「いってらっしゃい!」
「っ!はい、行ってきます!」
荷物を纏めた籠を背負い、馬車に乗り込む祐二。御者が馬に鞭を打ち馬車が動き出す。きっとこれから彼には多くの苦難が待ち受ける。それでも止まるつもりはない。
勇者が民衆から徴収した税金で遊び、民衆に苦しい生活を強いているのだ。同じ故郷に住んでいたものとしてそのような暴挙はのさばらせておけない。覚悟を決め、祐二は勇者がいる町、”観光都市エアフ”へと向かう。




