11話:勇者の真実と覚悟
「勇者だ、勇者が来てくれたぞ!」
漸く現れた勇者に狩人が喜びの声を上げる。そしてその声を合図に勇者、御剣達が攻撃を開始する。
その力は圧倒的だった。御剣が剣を振るとそれが複数の光る斬撃となり多くの魔物を切り裂く、海藤は杖を空に掲げると途端に曇り空になりそこから魔物のみを狙い雷を落とす。如月はマグマ・レックスよりも大型の魔物に命令を下し、突撃させる。
まさしくそれは勇者の力、あらゆる障害を跳ね除け世界を救う力であった。
「つーか、何だよ。この魔物弱すぎじゃね。こんなのに手こずるってこいつらどんだけ弱いんだよ。」
「それな、こんな雑魚に手こずるくせに狩人や騎士名乗るとか恥ずかしくないのか?」
「本当だよ。お陰で僕達がこんなところにまで来なきゃいけないなんて、人の迷惑も考えて欲しいよ」
魔物と戦っている最中も話す余裕があるのか、御剣達は祐二達狩人を馬鹿にしている。幸いなのは戦闘の音により、その会話が祐二達に聞こえていないことだ。
勇者到着から数分後、マグマ・レックスを含む魔物の群れは勇者達により完全に討伐された。
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マグマ・レックス討伐作戦
討伐内容:マグマ・レックスを含む魔物の討伐
作戦結果:全魔物の討伐を確認
死者:二十五名
重傷者:三十五名
軽傷者:百四名
無傷:三名
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魔物討伐が終了したのち、無事生き残った支部長が今回の作戦に参加した者達に声をかけ被害の確認を行う。本来マグマ・レックス数匹の群れ相手だったら全滅してもおかしくない状況であり、生き残りがいること自体が奇跡である。
皆その奇跡をもたらした勇者に感謝の言葉を告げ、御剣達はその賞賛が気持ちいいのか、顔に気持ち悪いくらいの笑みを浮かべる。
「大和、しっかりして、もう魔物は全部討伐されたんだよ!」
一方、祐二はエミールや他の知り合いの狩人が死んだショックと御剣達があっさりとマグマ・レックスを討伐した驚きからまだ立ち直れておらず、太田に肩を掴まれ揺らされている。
「あ・ああ、そうか終わったんだな。御剣達が全部倒してくれたんだ。礼を言わなきゃ」
「そうだよ。御剣君達逃げずに来てくれたんだよ。よかった、本当に良かった。」
覚醒した意識で立ち上がり御剣達に礼を言おうと祐二は立ち上がるが、太田の言った一言である疑問が浮かぶ。
”なぜ、御剣達はこんなにも遅れたのか?”太田からは、用事があるから遅れると聞いているが、一体どのような用事だったのか?本来ならば、作戦開始前日に到着していてもおかしくはないのに遅れる程の用事とは一体何なのか?祐二の中で疑問が膨らんでいく。
「なぁ太田、御剣達は用事があるから遅れるっ言ってたけど、どんな用事か知ってるか?」
「え、ううん知らない。私が聞こうとしても全部はぐらかされたから。」
「それじゃ、いつ頃その用事が終わるかも聞いてないのか?」
「うん。何度も聞いたけど、そのうち”しつこい!”って言われて。」
彼女との会話の中で疑問はさらに膨らんでいく。もし御剣達が用事を早く終えて到着していれば、先ほどの戦闘からみても犠牲はもっと少なくすることができたのだ。無論それは、たらればの話になり今更結果を変えることなどはできないのだが、”なぜ彼らはもっと早くこれなかったのか?”この疑問に対しある不安が浮かんでしまう。
エミールとの会話の中で聞いた勇者に関する噂話、”賭け事や女遊びに日々、金を費やしている”、”凶悪な魔物が出て、討伐を依頼されても王城に引きこもっている”、”勇者が遊びに使っている金は、民衆から徴収した勇者税だ”。
もしこの噂が本当だとしたら、御剣達が言っていた用事とは賭け事や女遊びではないか。若しくはギリギリまで魔物に怯えてこなかったのではないか。
”いや、まさかそんなはずはない。そんな事があっていいわけがない。何を馬鹿なことを考えているんだ俺は”祐二は必死に自分の頭の中に浮かんだ考えを否定しようとするが御剣達の用事がわからないため、どんどん悪い方向に考えてしまう。
このままではありもしない事も考えてしまうと感じた祐二は自分の考えにケリをつけるため、この後御剣達に彼らの用事とは何だったのか確認することを決める。
”彼らがそんなことをするはずがない。彼らは世界を救った勇者なのだから”胸に淡い希望を抱き、撤収を始める討伐帯に合流する。
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討伐作戦終了後、町に戻り祐二たちは大きな酒場で宴を開いていた。マグマ・レックス討伐記念と亡くなっていった者達への弔いを兼ねての宴会だ。宴の中に支部長と領主はいない、この二人は亡くなった者の遺族達にその旨を報告しに行っている。本来部下に任せれば良いのだが二人は作戦を建てた自分たちの責任だと言って譲らなかったのだ。
宴会の中心は勿論、勇者御剣達であり彼らに大勢の狩人が群がり感謝の言葉や強くなる秘訣を聞いている。一方御剣達も彼らが自分達を持ち上げていることに気分がよくなっているのか大声で騒いでいる。
本当なら未成年である祐二達は酒を飲んではいけなく、実際祐二と太田は飲んでおらず果実水を飲んでいるのだが、御剣達はそんな事お構いなしに酒を飲んでいる。
宴会も二時間ほど過ぎ、酔いがだいぶ回ったのだろう。御剣達が武器を振り回し、女性狩人や給仕の娘にちょっかいを掛けようとする。そろそろ止めないといけないだろう。それに酔いが回った今なら簡単に喋ってくれるはずだ。席を立ちあがった祐二に太田が不安そうな顔をするが「大丈夫、少し話をするだけ」と伝え、御剣達に近づく。
「よぉ、御剣本当に今日はありがとう。お前らのお陰で沢山の命が救われたよ。」
「あっれ~、負け組の大和じゃ~ん。負け組のお前が何でこんなとこいんの~?」
だいぶ酔っているのだろう呂律が回っていない。恐らく今の御剣達の状態ならベラベラと喋ってくれるだろう。
「ところで、この後時間あるかな?少し話したい事があるんだけど。」
「え~、でも俺達このあと狩人の女の子たちと遊びに行くんだけど~。」
「そーそー、俺達勇者でモテるからな~。モテないお前には一生縁がないだろうけど~」
「そう言わず、直ぐに終わるから頼む!」
「ッチ、しょうがねえな~直ぐに終わらせろよ~」
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「で、話ってなんだよ?」
あの後、祐二達は酒場の裏に移動し御剣達が祐二に話の続きを促している。”聞かない方がいいのではないか?きっと彼らにもやむを得ない事情があったはずだ”祐二の中で葛藤が続く、だがエミールをはじめ今回の討伐作戦でなくなっていった者達の事を考えると問いたださなければならない。覚悟を決め彼は勇者たちに問いただす。
「気になってたんだけど御剣達、何で到着に遅れたんだ?王都から此処までそんな距離はないはずだし太田から用事があるって聞いていたけど、どんな用事だったんだ?」
”あの噂は嘘であってくれ!”祐二は必死に祈りながら彼らに答えを求める。
「ああ、それな。王都の歓楽街で遊んでたんだよ。」
だが、御剣達の口からは出た言葉はあっさりと期待を裏切る言葉だった。御剣達は酔いが回り真っ赤になった顔で、楽しそうに続きを語る。
「お前、王都の歓楽街行ったことあるか?此処も中々だけど王都はもっとすげーぞ!賭博場も娼館の多いんだ。賭博場はいろんな種類の賭け事があるし、娼館は女の子がよりどりみどりなんだ」
「勇者ってだけで歓迎されるしな。ギャンブルで大負けしても何も言われないし、娼婦は選び放題だし!」
「武岡が別の魔物討伐に参加しててよかったよ。アイツいつも僕達が遊びに行こうとすると止めようとするんだもん。勘弁してほしいよ。」
「それな!アイツ何かと「勇者らしく行動しろ」ってうるさいんだよ。世界を救った勇者なんだから好きにしたっていいよなー」
話をしていくうちに盛り上がってきたのか、御剣達は祐二を無視して会話を続けており、祐二の顔に驚きと絶望が浮かんでいることに気づいていない。
「それで、御剣達は作戦に参加するのが遅れたのか?」
「ああ!別に遅れてねーだろ!ちゃんと魔物は討伐したんだから!つーかお前らもっと魔物の数減らしとけよ。」
「こっちは貴重な時間削ったんだぜ。なのにお前らときたら、あんな体たらくで情けなくねえのか!」
「それは、確かにそうだ。俺達狩人がもっと強かったら、怪我人や死者を出さずに済んだ。」
確かに御剣達の言う事にも一理ある。祐二達がもっと強かったら負傷者は少なくできたはずなのだ。だが、それでも遊んでいたから遅れたと言われて納得できるかどうかは別問題である。そして祐二は最後にある質問をする。”せめてこの噂だけでも嘘であって欲しい”エミールから聞いた噂の中でも最も酷かった噂だ。
「でも、そんなに遊んで金は大丈夫だったのか?無限に所持金があるわけじゃないんだろう?」
エミールから聞いた噂、”勇者が遊びに使っている金は、民衆から徴収した勇者税だ”もしこれが本当だった場合、勇者は民衆から金を巻き上げておいて、いざ助けを求められても遊びを優先してしまうことになる。もはやそれを勇者と言う者はいないだろう。
「大丈夫!大丈夫!王様から”勇者税”とかいう支援金貰ってそれ使ってるから。ぶっちゃけ今の俺達下手な貴族より金持ちなんだぜ。」
「そーそー毎月遊んで暮らせるくらいの金貰ってるんだ。装備もタダでくれるし勇者さまさまだぜ!」
「でも、勇者税の内何割かが騎士団に支払われるのは納得いかないよねー。国力の強化だって王様言ってるけど、戦ってるの僕達だよ。全額くれてもいいじゃん!」
さも遊びに勇者税を使うのが当然だという御剣達に祐二は怒りを覚える。最悪だ。民衆が苦しい生活の中で必死に出した金が遊びに使われていたのだ。そして肝心の勇者はそれに何の罪悪感も抱いていない。もう祐二は怒りを隠す気もなく、御剣達に突っかかる。
「・・・けんな」
「あ?大和お前、今なんかいったか?」
「ふっざけんな!!みんなの金を遊びに使っただと!!」
「な、何だよコイツ!急に切れやがったぞ!海藤、如月、コイツ押さえつけろ!」
殴りかかる祐二に御剣が驚きながらも海藤、如月に指示を出す。元々三対一な上に相手はウルトラレアスキル持ちの勇者だ。祐二か敵うわけもなく、あっという間に取り押さえられ自分が殴られる側になる。
御剣達が祐二を殴り続けて数分、顔がはれ上がり服の上からではわからないが体中が青痣だらけになったころ、御剣達も満足したのか祐二を殴るのを止める。立ち上がろうとするが体に力が入らず地面に横たわる祐二に御剣達は馬鹿にするような視線を向ける。
「ったく、何なんだよ急に切れやがって、遊びに使った?だから何だよ。」
「俺達は勇者だぞ。少し遊びに使っても罰なんか当たんねーだろ!むしろ世界救ったんだから正当な報酬だろーが!」
「あのさ~勇者の僕たちと負け組の君じゃ立場が違うんだよ。そこんとこ弁えてよ。」
倒れている祐二を放置し、御剣達は宴に戻ろうとする。その途中、御剣が厭らしい笑みを浮かべると如月にある提案をする。
「おい、如月あの事大和に教えてやれよ。」
「えっ、でもあれってバレたらまずいんじゃ」
「こんなやつの言う事なんか誰も信用しねーって、こいつに立場をわからせてやれって」
「え~しょうがないな~。」
しょうがないと言いつつも、楽しそうな顔をする如月は倒れている祐二の頭を踏みつけるとある言葉を発する。それは祐二にとって、いや今回の討伐作戦に参加した者達にとって衝撃の言葉だった。
「僕達が討伐したマグマ・レックス達、あれ実は元々僕が従えてた魔物なんだよ。」
「戦争が終わる一か月くらい前かな、従えた魔物の数が多すぎて少し野に返したんだよ。アイツら僕の魔物達の中じゃ弱い方だったし、でも前線で野に返したら仲間が襲われるって言われて戦争地帯から離れてる東部の山奥に放したんだよ。」
「でも、アイツらも結構懐いてたからね。もしかして今回王都に向ってきたのは僕に会いに来ていたのかもしれないね。」
本来、この地域一帯ではマグマ・レックスのような魔物は存在せず、存在したとしても群れがいきなり人里を襲うようなことはない。だから狩人達は疑問に思っていた。”なぜマグマ・レックスが現れ、王都に向ってきているのだ”と今その答えが勇者たちの口から放たれた。
マグマ・レックスが現れた理由、それは勇者が野に放ったから。王都に向った理由、それは勇者に会いにきたから、つまり今回の原因は全て勇者だったのだ。なのに彼らは何の責任も感じず、王都で遊びふけっていたのだ。悪い冗談にもほどがある。もはや笑うしかない。
「ハハ、ハハハハ、フフ、ハハハ」
「うわ、何だコイツ急に笑い出したよ。」
「ほっとけよ、頭いかれてるんだろ、それよりも早く戻ろーぜ。」
「だな、早くしないと女が逃げちまうぜ。」
「大和、このこと別に喋ってもいいけど。世界救った勇者の言葉と底辺のお前の言葉じゃどっちが本当か、考えなくてもわかるよな。実際王様は俺達にビビって言いなりになってるし。」
「これに懲りたら、大人しくしろよ。お前たち負け組は黙って搾取されてればいいんだよ。」
御剣達は祐二に興味を失ったのか酒場へと戻っていく、恐らく先ほどまで声をかけていた女性たちに絡むつもりなのだろう。
酒場の裏には狂ったように笑う祐二しか残されていなかった。
「ハハ、そうかよ。全部お前たちの仕業だったのか。」
「お前達のせいでエミールさんやお世話になった他の狩人も死んで、集落の皆も苦しい生活を強いられてるのか。」
”もう戦争は終わり、魔族との和平も結んだ。だったら勇者の役割も終わっているし、勇者税も必要ない。自分たちの金を遊びに使われるくらいなら、いっそのこと。”
この時、祐二の頭の中である考えが浮かんでいた。それは第三者から見たら犯罪行為であり、世界を救った勇者に対する冒涜でもある。少なくとも善か悪かでいえば間違いなく悪だ。祐二もそれを理解しているが、一度決めたことを決して曲げない祐二は実行に移すだろう。
「俺達の金を遊びに使うっていうなら、その金を奪い返してやる!」




