10話:裏切られた希望
今回のお話では、少しグロテスクな描写がありますので注意してください。
今回のマグマ・レックス討伐作戦において絶対に欠けてはいけないものがある。御剣達勇者である、彼らがいれば討伐作戦は絶対に成功する。それほどまでに勇者は強大な力を持っているのだ。彼らの存在がなければ、エアフの町やその近辺の村の人々は絶望で人生を諦めていただろう。
その希望であるはずの勇者達が作戦開始当日になっても到着しないことに皆混乱し、騒ぎとなっている。
「なんで勇者が来ねえんだ!討伐に参加するって返事貰ったんだろ!」
「そもそも王都から此処まで三日あれば来れるだろ!なんで最初の作戦会議の時に来なかったんだよ!」
「黄金級も銀級も数が足んねえのに、勇者も来ねえんじゃ勝ち目なんかあるわけない!」
到着しない勇者に対して不満をぶちまけ諦めの表情をしていく狩人たち、このままでは作戦開始前に逃げ出す者もいるかもしれない。
狩人組合の支部長は、大声で「沈まれ!」と叫ぶと手を振り上げ演説を開始する。
「確かに勇者は来ていない。だがそれがどうした!俺たちが戦わなきゃ街や村が攻め込まれて大勢の人が死ぬんだぞ!家族や恋人がいる奴だっている!」
「それでも逃げんのか!大勢の人の死を目の前にして平気で逃げんのか!てめえらそれでも男か!金玉ついてんのか!」
支部長の言葉に口を閉ざす狩人たち、彼らは混乱して本来の目的を忘れてしまっていた。”街や村に住む人たちを守る”それは彼らにしかできないのだ。自分たちが逃げてしまっては一体誰が、彼らを助けるのだ。改めて自分が参加した理由を思い出した狩人達は武器を掲げ逃げない意思を表示する。
ちなみに狩人の中にも女性はいるのだが、女性狩人は先ほどの支部長の台詞にツッコミは入れなかった。ツッコミを入れてしまえば場が白けてしまうと理解し、敢えて黙っていたのだ。どんな状況でも空気を読むことは大事なのである。
その後、皆覚悟を決め各々の配置に移動し祐二とエミールも移動を開始する。彼ら与えられた役割は予想通りの後方支援だった。バリケードの後ろからクロスボウを使い魔物の牽制が役割だった。
そろそろ正午になるという時間、マグマ・レックスの侵攻状況を調べるため調査を命じられていた魔物使いの狩人が村に到着し、大声で全員に知らせる。
「あと、一時間でマグマ・レックス達がこの村に到着する!」
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「来た。魔物の群れが来たぞ!」
伝令係が大声を上げ知らせ、祐二もスキル”遠見”を発動し確認する。今までの依頼では見たこともない魔物の群れが見える。その中で数匹、巨大な体躯を持ちマグマのような模様を持つ恐竜型の魔物が見える。恐らくあれがマグマ・レックスなのだろう。
狩人達に緊張が走る。勇者がいないこの状況勝てる確率は低い、それでも勝たなければ街の住人たちが死んでしまう。覚悟を決めた彼らは武器を構え戦闘開始を待つ。
魔物の群れがどんどん近づいてくる。300,200,100mを切る。
「今だ!後方支援組、魔法と矢を放て!」
支部長の合図で祐二を含めた後方支援組が魔法や弓を放つ、放たれた攻撃は一撃も外れることなく魔物の群れに直撃する。
突如放たれた攻撃に魔物の群れは驚き、動きを止めるが見た限りダメージはそれほど入っておらずマグマ・レックスに至っては無傷だ。だがそれで構わない、あくまで祐二達の役割は牽制による足止めなのだから。
「前衛組、突撃しろ!黄金級と銀級はマグマ・レックス、それ以外の騎士と狩人は他の魔物を相手しろ!」
村の外に作っていた溝に隠れていた者たちが、合図と同時に奇襲を仕掛ける。太田のスキルによりスキルレベルを上げられたことにより、今の彼らならある程度の数の不利は覆せる筈だ。
魔物たちは二重の奇襲により、混乱しており動きが止まっており、今なら攻撃し放題であり後方、前衛全員で攻撃を仕掛ける。もし魔物たちが動き出し侵攻を再開すれば一気に状況は悪化してしまうだろう。この瞬間に勝負を決めなければならない。
「いいかユージ!絶対攻撃の手を緩めるんじゃねえぞ!一匹でもいい、少しでも魔物を弱らせろ」
「わかってます!太田も矢が尽きそうになる前にちゃんと言え!」
「大丈夫!まだ残弾は残ってる!」
祐二、エミール、太田の三人はバリケードの後ろから後方支援を行っている。本来勇者であるはずの太田も前線に出るはずだが、戦闘系のスキルを持っていないため祐二から予備のクロスボウを借り後方支援を行っている。
前衛組と後方組の奮闘により魔物たちの群れが徐々に減っていく、その様子にマグマ・レックス達も不利を感じたのかダメージを無視して侵攻を再開する。
「やべぇ、奴ら動き出しやがった!」
「それでも攻撃を続けろ!少しでも奴らの動きを抑えるんだ!」
動き出した魔物の群れに怯える狩人を支部長が叱咤する。実際侵攻を再開したといっても、魔物の動きは鈍く狩人達の攻撃を受け続けており、状況は祐二達側が有利だ。
そんな中、群れの先頭にいたマグマ・レックス数匹が突如動きを止め全身を震えさせる。まるで何かの予兆のような動きに支部長は慌てて叫ぶ。
「スキルが来る!前衛組逃げろ!」
命令を受け急いで前衛組はバリケードに戻ろうとするが、一足遅かった。マグマ・レックス達は口を開け、獄炎を吐くと配下の魔物たちごと狩人と騎士を一掃した。
直撃を受けた者は一瞬で消し炭に、避けた者でも装備が砕け体の一部が炭となり、もう戦うことはできないだろう。マグマ・レックスはそんな彼らを路上の石でも見るような無感情な瞳で見下ろし、侵攻を再開した。
さっきまで有利だった戦況が一瞬にしてひっくり返る。そんな現実に祐二を含め皆が動きを止めてしまった。
もう自分たちの勝利はあり得ない、後方支援組は銀級が数人。後は鉄級と銅級しかいないのだ。
「ッ!全員急いで避難しろ!足が速い奴は前衛組を救難活動を頼む!」
先に意識を取り戻した支部長が皆に指示を飛ばしながら、武器を構えマグマ・レックス達に向う。恐らく殿を務めるのだろう。
祐二たちも魔物に牽制を行いながら避難を開始するが、その時太田が剣を構えマグマ・レックスの方向へ向かおうとする。
「何やってんだ太田!早く非難しなきゃ死ぬぞ!」
「でっでも、私のスキル封印を使えば多少は犠牲を減らせるし、それに私勇者だからみんなの為に戦わなきゃ」
「馬鹿か!攻撃系のスキルも持ってないのに近づけるわけないだろ!」
半泣きでマグマ・レックスに向おうとする太田を必死に止める。彼女は先ほどの戦いで勇者である自分が後方にいる事に情けなさを感じたのだろう。そして今少しでも犠牲を減らすために、”スキル封印”を使いマグマ・レックスの攻撃手段を減らそうとしているのだ。
だが、彼女のスキル”スキル封印”は相手に接触しなければならない。戦闘系のスキルを持っていない彼女に近づける道理はない。魔族との戦争時も”スキルLv上昇”による味方の支援がメインで”スキル封印”は捕虜に対してしか使っておらず、戦闘時の使用経験が全くないのだ。
祐二が太田の首根っこを掴み、避難を開始するが魔物の侵攻が思ったよりも早い。前衛組を倒したことで侵攻を邪魔する者がいなくなったためだ。このままでは、太田を含めた狩人達は避難を完了できず蹂躙されてしまうだろう。
祐二は覚悟を決め、太田や狩人達から離れるとスキル”挑発”を発動させる。”挑発”のスキルにより魔物たちの注意が祐二に向く。
「こっちだ!化け物!追いかけてみろってんだ!」
矢を放ちながら狩人達とは反対方向に祐二は走っていく。彼は自分が囮になる事で太田達の逃げる時間を稼ごうとしているのだ。だが巨大な体躯を持つ魔物と人間とでは進む速さが違う、あっという間に追いつかれてしまう。マグマ・レックスが餌を見つけたような目をし祐二に喰らいつこうとする。
祐二が死を覚悟した瞬間どこからか矢が飛来し、それがマグマ・レックスの目に命中しマグマ・レックスが苦しむ。突然の事態に困惑する祐二だが、更にあり得ないことが起こる。魔物たちが祐二から興味を失い、別方向へ移動を開始したのだ。
”挑発”は相手の注意を惹くスキル、それを発動している祐二を無視するには、祐二よりも高レベルの”挑発”スキル若しくは上位互換のスキルが必要だ。
そして、祐二の知り合いの中で彼よりもレベルの高い”挑発”スキルを持っている者は一人しかいない。
「エミールさん!何でここに!早く非難しなきゃ!」
「バカヤロー!それはこっちの台詞だ!お前も早く勇者連れて、ひな・・・」
それが、エミールの最後の言葉だった。エミールに注意を向けたマグマ・レックスが彼の上半身を食いちぎったのだ。勢いよく食いちぎられた結果、下半身は血を吹き出しながら何処かへと飛んでいく。
あまりに呆気ない知り合いの死のショックから、祐二は膝をつく。思考が停止し、逃げることすら思いつかない。やがてマグマ・レックスが祐二に興味を示し、今度は彼を喰らおうとする。太田や他の狩人が叫ぶがもう遅い。今から逃げ出してもあっという間に追いつかれるだろう。
祐二の目の前にマグマ・レックスの巨大な顎が近づく、もはや助かる可能性はない。祐二は”自分も死ぬのか”とわずかに回復した意識で思案する。
だが、彼が死ぬことはなかった。彼が喰われる寸前、光る斬撃のようなものが飛んできてマグマ・レックスの首を切り落としたのだ。それだけではない、上空から雷が落ち魔物のみをピンポイントに狙い撃つ。更に見たこともないような魔物が出現しマグマ・レックス達に襲い掛かる。
急に盛り返した戦況に祐二が疑問を感じていると、どこからか声が聞こえてくる。
「勇者だ!勇者が来てくれたぞ!」




