95. 疑問と決心と告白と
「お父様!」
フェリックス殿下にエスコートされて、件のホールから出るとお父様が、ソファから立ち上がって迎えてくれました。
「グリーンフィールド公爵、お待たせしたね」
フェリックス殿下が、私の手をお父様の手にバトンタッチしました。まあ、お二人の間ではお話が付いていたのですね?
「殿下、お話は済んだのでしょうか?」
「うん。まあね。でもこれ以上は言わない。私とシュゼットが知っていれば良い事だから」
晴れやかに微笑むフェリックス殿下はそう言うと、お付きの近衛騎士と一緒に廊下を進んで行きました。私とお父様は、フェリックス殿下を見送る様に立っていましたが、侍従に声を掛けられて我に返りました。
「そうでしたわね。陛下に呼ばれていたのですわ」
「さあ、行こう」
お父様に腕を取られて顔を見合わせると、改めてゆっくりと廊下を進みます。
初めて見る王宮の廊下は、とても広く天井も高いのです。等間隔で大きな鏡が飾られ、その間にも有名な絵画や陶器などが飾られていて、ついつい足を止めて見入ってしまいそうになりました。
随分奥まった場所まで来たと思いますが、廊下をすれ違う人もいません。ここから先は、今日呼ばれた者しか入れないのでしょう。
「こちらのお部屋でお待ち頂きます」
さっきのホールとは少し様子が違う、重厚な扉の前で侍従が足を止めました。
「グリーンフィールド公爵様、並びにご令嬢のシュゼット・メレリア嬢のご入室でございます」
侍従の声に、背筋をしゃんと伸ばします。だって、この扉の向こうには私のよく知っている皆さんがいらっしゃるはずですから。
大きな扉が開かれて、眩いシャンデリアが煌めきました。
「急な呼び出しにも関わらず、よく来てくれた」
5年振りにお会いする陛下。フェリックス殿下によく似た銀色の髪に、グリーントルマリンの瞳。ええ、レイシル様にもとてもよく似ていらっしゃいます。確かに、コレール王族の血を感じます。
陛下の隣には、王妃様とフェリックス殿下が。そして、王族や高官の座る席にレイシル様が座っています。今日のレイシル様は、王宮神殿の神官長の装いです。その隣には、見たことはありませんが深緑のローブを着た文官様と、貴族院の議員様が数名席に着いていました。何だか物々しい感じですわ。
陛下の前で、婚約者候補である私とドロシア様、イザベラ様が揃ってカーテシーでご挨拶をします。私達の後ろには、父親である各家のご当主様が控えて最敬礼で陛下をお迎えしました。
あら、なぜローナ様がいないの? カリノ家のご当主もいらしていません。
カテリーナ様がいらっしゃらないのは判ります。ダリナスのお姫様で、フェリックス殿下の婚約者になるのですもの。今回の婚約者候補及び側室制度の撤廃に、敢えて関わらせないという事でしょう。
なら、何でローナ様がここにいないのでしょう? 何かあったのでしょうか?
「皆に伝える事がある。我がコレール王国に存在した婚約者候補、側室制度についての事だ」
すでに、お父様から聞いている私は、特に驚くことも無く陛下の言葉に耳を傾けます。多分ですけど、ドロシア様もイザベラ様も聞いていたのでしょう。お二人から驚きや動揺するような気配は、全く感じられません。
私には願ったり叶ったりの制度廃止ですけど、ドロシア様とイザベラ様には思惑のあった制度のはずです。
その先の陛下の言葉を聞き漏らさないように神経を集中させました。
「フェリックス第一王子の婚約者を、ダリナス国のカテリーナ姫とする。尚、婚約者候補として内定していたドロシア嬢、イザベラ嬢、シュゼット嬢、ローナ嬢についてはカテリーナ姫の婚約者決定に伴い、候補者の任を解き、尚且つ側室候補となる制度を廃止する。婚約者制度及び側室制度は只今より、廃止撤廃する事とした」
陛下はそう言うと、ゆっくりと立ち上がり私達の顔を見廻した。
「これより、ここにいる三人の令嬢は、新たに婚約者を決めて貰いたい。もう、王家に縛られる事は無いのだ」
私達婚約者候補の4人は、正式に発表される前にその任を解かれたという事ですか。
そして、デヴュタントが控えているので、その時には婚約者のいない令嬢として振る舞える。という事でしょう。まあ、タイミングとしては丁度良い、いえ。ギリギリセーフなタイミングです。
「陛下、なぜこの場にカリノ家がいないのですか? ローナ嬢も如何されたのでしょうか?」
発言を許された貴族院の議員が、陛下に向かって質問されました。
まるで、皆の質問を代弁した様な感じです。
「ああ、カリノ伯爵家にもこの事はすでに伝えてある。ローナ嬢はある事情から、暫く屋敷から出られないが、皆の心配は無用である」
暫く屋敷から出られない? カリノ伯爵家こそ、この制度の撤廃には言いたい事がありそうですけど? すでに言ってある? どういう事なんでしょう? ローナ様に何があったのかしら?
「ガーデンパーティーで、正式にフェリックスとカテリーナ姫の婚約発表を行う。そして君達には発表後のパーティーでブライズメイドとして振る舞って欲しいのだ。次代の王と王妃への餞に」
陛下はそう言って、ローナ様への疑問を切り上げると、私達に新たな役割を依頼されたのです。
つまり、ローナ様とカリノ伯爵家は何かしらの不興を買ったのでしょうか。判りませんけど……
ただ一つ言えることは、陛下はこの事についてこれ以上はおっしゃらないということ。
「ブライズメイドですか?」
ドロシア様が質問を許されました。ええ。確かにこれは初耳ですわ。
そもそも、結婚式の準備や当日に新婦の友人たちが担う事が、ほとんどだと思いますけど……婚約発表のパーティーでですか?
「ええ。是非皆さんにやって欲しいの。新しい庭園には三つの東屋を作ってあるのです。パーティーではその東屋も趣向を凝らした飾り付けや、お料理をご用意するのだけど、そこにシンボルとなる美しい令嬢に、おもてなし役になって頂きたいの」
それまでずっと黙っていた王妃様が、にっこりと微笑みながらおっしゃいました。ああ、双子王子の琥珀色の瞳は、王妃様似なのですね。
「三つの東屋は、それぞれにコンセプトが決まっていているの。美しくて、賢くて、礼儀も振る舞いも、申し分の無いご令嬢を探さなければと思っていたのですけど、皆さん以上にぴったりなご令嬢はいませんわ。ドレスはお庭のコンセプトに合わせてデザインを決めてあるから、色は皆さんが好きに選んで下さって結構ですのよ。是非、引き受けて下さらないかしら?」
まるで少女の様に頬を染めている王妃様。多分ですけど、この申し入れは、私達に対して特別な王家からのご加護。ご加護のお示しということでしょう。
あくまでも、制度の撤廃であって、私達の立場が貶められたものでは無いという事。それを証明する王室の気持ちの表れ。
「「「謹んで、お受けいたします」」」
私達三人と、後ろに控えるお父様達が深々と礼を執りました。
陛下が席を立ち、王妃様、フェリックス殿下が続いて広間を退出されます。私達は改めて礼を執ると三人を見送ったのです。
そして、陛下達が退出されると、王妃様付の女官長からドレスの採寸や色についての相談を、明日に行うので王妃様のサロンに来るようにと招待状を頂きました。初めての王妃様のサロンですよ。緊張しますね。
「ところで、シュゼット様は学院をお休み中ですけど、体調は良くなりましたの? 大丈夫ですか?」
ドロシア様が、心配そうに尋ねて来られました。
「ええ。ご心配をお掛けいたしました。大分良いのですが、まだ学院に行くのはお医者様から許可を頂いておりませんの。もう少し休まなければならないかもしれません」
セドリック様の事が脳裏を掠めました。幾ら意識が戻ったとは言え、まだまだ心配です。
「そうですか。今回の事についてもお話したいですわね。特に、彼女の事が気になりますもの」
イザベラ様が小声でそう言いました。確かに、そうですわね。私も気になります。
その後、ドロシア様とイザベラ様と別れ、私とお父様は別室に呼ばれる事となりました。多分、他の方々には知られないように気を遣われましたから、光の識別者についてでしょう。
ちゃんと、話をしないと。
お父様と共に案内されたのは、陛下の執務室に一番近いという大きな応接室です。こんな重要な場所に来たことなんてありません! 思わずごくりと喉が鳴りました。
「さあ、シュゼット嬢。その席に着いてくれたまえ」
……レイシル様から、声を掛けられました。
ソファには、陛下、フェリックス殿下、レイシル様。そして、対面するようにシルヴァ様、エーリック殿下……
コレールとダリナスの王族達です。
私とお父様は、皆様を見渡せる位置にある席に二人並んで座りました。ナニ? この緊張感。半端ないですわ。
「シュゼット。君のこれからを相談したい。そして、君に聞いて貰いたいことがある」
シルヴァ様が口を開きました。この場で? 陛下がいらっしゃるのに? 僅かな疑問が生まれましたけど、陛下もレイシル様も何もおっしゃらないので、これはそう言う段取り何でしょうか。
「はい。私も皆様にお伝えしたいことがあります」
シルヴァ様の片眉が、くいっと上がった様に見えました。
「シュゼット。君はレイシルにセドリックを治す力が欲しいと言ったそうだな。それは、光の魔法術を使いたいという事なのか?」
ああ。シルヴァ様にも、レイシル様にもちゃんとお話ししていないのです。私の決意を聞いたのは、セドリック様とお父様だけでした。
はっきり、お伝えしなければ。
「はい。そうです。私は光の識別者となって、セドリック様のお怪我を治したいと思っています」
そして、続けて話します。
「今は、セドリック様を治したい。それしか考えられないのです。そんな私が、光の識別者になれるのか。不安もあります。先代の光の識別者の事も伺いました。今なお、広大な土地に100年間の影響力を持つその力に、憧れも畏怖も感じます。私が真の識別者になる為に、何をすべきか何が必要なのか……お導き頂きたいのです」
そう言うと、私は立ち上がって膝を突き頭を垂れました。そこにいる魔法術の有識者達に。彼等に教えを乞うことが必要なのです。
「それが、君の選んだ道か?」
問いただす様なシルヴァ様の声に、私は顔を上げるとはっきりと大きく頷きました。
「はい。私が自分で決めたことです」
「……判った」
シルヴァ様が私の傍に来ると、手を取って私を立たせてくれました。思ったよりも温かいその手に、何かが身体の中を巡るような、駆け抜ける様な感覚を感じました。
「あっ!?」
思わず声が洩れました。そう、あの魔力の導入教育の時に感じた様な……?
「やはり。影響があるのか」
ずっと私の手を握ったままのシルヴァ様が、小さく呟くように言いました。
「シルヴァ殿、どうしたのだ?」
ピタリと停まったままのシルヴァ様に、陛下が問われました。その間もずっと温かな何かが、私の身体の中を巡っている様に感じます。
コレは、シルヴァ様の魔力なのでしょうか?
「皆さんにお話ししましょう。コレールで知られていない、先代の光の識別者のことを」
振り返って、陛下やレイシル様、フェリックス殿下やエーリック殿下を見廻すと、私の瞳をじっと見つめて続けました。
「私の指輪は、先代の光の識別者の物なのです」
ブックマーク、誤字脱字報告、イラストありがとうございます。
評価ボタンのポチもありがとうございます。
決心したシュゼットに、シルヴァが告白する事とは?
次話、指輪のことですねぇ。
そろそろ終盤です。100話は越えるかな?
書きたいエピソード迄頑張れるかな。
頑張りたいので、応援お願いします。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




