76. サルベージ -5-
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部屋中に広げられた文献の数々。
曲線が美しい模様を描く金属の吊り篭、貴重な瑠璃尾長鳥が飼われる様な、凝った造りの鳥籠? に鑑定石が淡く光りながら浮かんでいる。
シルヴァもこんな大きな鑑定石を、今まで見たことが無かった。
これはシュゼットの鑑定式で使用された石だそうだ。そして、この石が禁書の鍵でもあった。
もう一つ、導入教育で使った魔力を通した石があれば鍵になったかもしれないが、その石は光の雫と共に崩れてしまったので、今は鑑定式で使った石しか鍵になり得ないようだ。
「この石が禁書を開ける鍵になるというのも、俺の師匠から聞いた話だった。師匠も光の識別者に会ったことが無いし、禁書を読んだことがある者は、すでにこの世には居なかったから。どこまでその情報が正しいかは判らなかった」
レイシルが、禁書の頁を慎重な手つきで捲る。幸い、古代コレール文字もシルヴァには読む事が出来るので、二人で禁書を読みながらシュゼットの意識喪失の原因と、サルベージの方法の手が掛かりを探していた。
「お前の師匠は、正しい事を教えてくれた。ありがたい。助かったな」
「まあね? 良かったんじゃない? 開かなければ、墓石に落書きされるところだったから。聞いている限りの、恥ずかしい話をびっしり書いてやるつもりだったから」
憎まれ口を叩いている割には、随分と表情は穏やかに見えた。少しばかり赤味を残した頬は、氷魔法のシップが貼られている。
多分、人生初ビンタだったと思う。それから、ゲンコツも。
謝るつもりはないが……と、シルヴァは思っていた。こちらとしてもやったのは初めての経験だった。やった方もやられた方も、どちらにも痛みはある。出来れば、もう二度とやりたくない。
「しかし、過去の識別者の中に、シュゼットの様な状況になった方はいませんね? 叔父上達の方には何かありましたか?」
丸テーブルで、文献を読んでいたエーリックが声を掛ける。彼は、公の文献から情報を探していた。どこまで真実が書かれているか判らないが、情報を得るためには致し方ない。
「フェリックスの方はどうだ? 気になる個所はあったか?」
レイシルの問いかけに、フェリックスは文献から顔を上げて頭を振った。
「残念ながら、こちらにも見当たりません。やはり、サルベージは直接対話しか無いのでしょうか?」
フェリックスは、魔法術ではレイシルやシルヴァ、エーリックには及ばないが、コレールの古代文字や古書の解析などでは十分能力が発揮される。
それに、第一王子として国の歴史については、表も裏も教育を受けているので、光の識別者についても知識としては知っていた。
そう、裏も表も。だから、今回自分の力が及ばないとは判っていても、こうしてシュゼットのサルベージに加わっている。
「レイシル様、そろそろ昼食にしましょう。下に食事が来たようですから取りに行って来ます」
カイルが席を立つと、フェリックスも同時に椅子から立ち上がった。昼食の時間にしては、随分時間が経ってしまっていた。
「それでは、私はお茶を淹れよう。隣に侍女がいたはずだから、お湯を貰ってくる。良い茶葉を持って来ているから」
そう言って、置いてあった鞄から金色に臙脂で模様が描かれた紅茶缶を出した。王室御用達の香りに定評のある上等な茶葉だった。
「ああ。頼む」
レイシルの返事を聞くと、フェリックスはカイルと一緒に部屋を出た。
コンコン!
カイルが移動魔法の小部屋に入るのを見届けると、フェリックスが病室の扉をノックした。
「フェリックスだ。侍女殿、ここを開けてくれないか」
扉越しに声を掛けた。この病室には、シュゼットと彼女の信頼厚い侍女がいる。
「……フェリックス第一王子殿下。何用でございましょう?」
小さく開かれた扉口で、顔を確かめられると、直ぐに大きく開かれた。そして、見覚えのある侍女に頭を下げて挨拶された。
「君とは会ったことがあるね? ええっと」
「マリと申します。一度、貴方様がグリーンフィールド公爵家にいらした時にお会いしました」
「そうだった。マリ、済まないがお湯を貰いたいのだが」
「お湯? ですか?」
「そう。このお茶を淹れようと思って」
そう言って、マリに紅茶缶を見せた。
「失礼ですが、殿下がお茶を淹れるのですか?」
少し怪訝そうな声で聞かれた。確かに侍女からすれば、王子自らお茶を淹れるなど、想像出来ない事だと思う。でも、今はそのつもりだから返事をする代わりに頷いてみた。
「……宜しければ、私がお淹れ致します。殿下にお茶を淹れさせたと知られたら、お嬢様が目を覚ました時に、私が叱られますわ」
マリと名乗った侍女が、両手を差し出したので、苦笑いを浮かべて缶を渡した。
多分、淹れるお茶に相当信用が出来ないと思ったのだろう。まあ、彼女が淹れてくれる方が美味しいとは思うけど。
「じゃあ、悪いが頼む。中で待っていても?」
若干警戒されているような気がしないでもないが、彼女は頷いて、どうぞ。と部屋の中に通してくれた。
部屋にあるソファに腰かけて準備が整うのを待つ。
部屋の壁側には天蓋付の寝台があり、小さなふくらみに人が横たわっているのが見えた。昨日から眠ったようになったシュゼットがいるはずだ。
さすがに、マリが部屋の奥に行っている間に、眠るシュゼットに近寄るのは憚られた。多分、この侍女も自分が5年前にやった事を知っているはずだ。
警戒もされているし、良い印象では無いな。
先程の表情からもそう感じた。それもそうだ。大事な主人を傷つけた張本人だから。
この季節には珍しく穏やかな日差しが、窓から降り注いでいる。白いレースのカーテンが、開かれた窓からの風でふわりと揺らめく影を床に落としていた。
ふと、フェリックスは立ち上がって、窓辺に立った。
柔らかな風が、時が止まったような病室に、新鮮で爽やかな空気を運んでいる。
大きく深呼吸をしたフェリックスが、レースのカーテンを開くと青い空が一面に現れた。窓辺で光を浴びる銀色の髪が煌めくと、背中からさらりと靡いた。
「いい天気だ。風が気持ち良いね。ねっ? シュゼット」
振り向いて眠っているシュゼットに声を掛ける。
「聞こえていないか……」
しばらく窓の傍にいたフェリックスは、窓を閉めるとレースのカーテンを元に戻した。紅茶の良い香りが部屋に漂い始めたからだ。
いいタイミングで、カイルが声を掛けて来た。マリの分の昼食も運んでくれたらしい。マリが恐縮して受け取りを拒むと、付き添い者の食事はすべて魔法科学省で用意するから、遠慮は不要と言った。
「マリ、このお茶は預けるから、出来たら午後にも一度お茶を淹れてくれないだろうか? 勿論、君の分とシュゼットの分も淹れてくれて構わないから」
「……畏まりました。三時にお茶をお持ちします。それから、お茶はお嬢様の分を頂きます。良い香りのお茶でございますから、お口を湿らせる時に使わせて頂きます。きっと、喜ばれると思いますので」
マリは紅茶缶を抱きしめると、シュゼットの方を見て柔らかく目を細めた。
医術院に行くには、魔法科学省の広大な敷地に正門から入らなければなりません。私の様な少女が一人で入れるのか不安でしたけど、カリノ家の紋章入りの馬車は、問題無く入ることが出来ました。尤も、医術院にお見舞いだと言えば断られる事は無いのでしょう。
医術院から少し離れた場所に馬車を停めると、私は歩いて向かうことにしました。
フェリックス殿下がいらっしゃるか、確かめるだけです。いらっしゃらなければ、直ぐに帰ります。
そう自分に言い聞かせて、医術院の門をくぐった時です。
最上階の一室。開かれた窓辺に、その人の姿を見つけました。
「あっ!」
思わず私は、植木の陰に潜みました。
「……フェリックスさ・ま?」
見間違えるなんて事ありません。大きく開いた窓辺で、穏やかな表情が見えました。普段、なかなかお見せにならない表情に思えました。
銀色の長い髪が、風に靡いてキラキラと光っています。
彼女の部屋にいらっしゃるのですね。
しばらく空をご覧になっていたフェリックス殿下は、後ろを振り返えると、すぐに窓を閉められました。何か声を掛けたか、掛けられたように見えました。
お見舞いに来ていらっしゃるのですね。
お忙しいはずなのに。
きっと、呼び出されたのでしょう。あの方なら、やりそうですわ。
閉められた窓は、5階の最上階の角部屋です。
そこに、彼女はいるのでしょう。
ギリギリと胸の奥が痛みます。
いやな女!
イヤな女!
嫌な女!
私は、医術院の中に入ると5階までの階段を上りました。
1階の階段は足音を立てずに。2階の階段もそっとゆっくり。
3階の階段からは、走るように駆け上がりました。
4階の踊り場を過ぎて、もう少しで5階に着くと手摺を離した時でした。
パシィイイイッ!!
「あっ!?」
まるで、雷に打たれた様な、物凄い風圧の様な衝撃に、全身が弾かれました。
な、なに!?
手摺から離していた手は、弾かれた瞬間に宙を切り、足元に床の感触が無くなりました。
反転した目線の先には、階段が見えました。ゆっくりとスローモーションの様に世界が廻って見えます。
お、落ちるっ!?
そう思った時、
ぐんっ!と腕を引っ張られ、何かに包まれた気配がしました。
目の端に映った、アッシュブロンドの髪……
……アイスブルーの大きく見開かれた瞳……
次の瞬間、大きな音と共に、私の意識は途切れました。